日記


ブログと内容が重複することがよくありますので、これからは上記のブログに記していきます。
2月15日(水)
VARIATION TRISTE・・・

友人のお母様が亡くなられた。
クリスチャンではない自分にまで、信仰の素晴らしさを感じさせてくれる輝きのある方だった。

牧師さまの涙ながらのお話は、深い悲しみと癒しに溢れ、
まさに VARIATION TRISTE(=音楽) を奏でていた。

この牧師さまのもとで友人は必ず救われると確信した。
愛する人との別れは、我々に救いをもたらしてくれるのだろうか・・・
1月23日(月)
オンリー・ワンについて・・・

人は体験するいろいろな出来事に、感情や思考の意味を付け加えて記憶し、執着している。
つまり、過去を背負って生きているのである。

私たちは、今の自分の感情をしっかりと見る必要がある。
そして、それを創り出している過去の体験を思い出し
「あるがままの自分」を受け入れことが大切だと思う。
自分を受け入れることにより、束縛から自由になり、
ありのままの自分に接することができる。
そして、そのことによって、自分が本当にやりたいこと(人生の目的)が明確になってくる。

響太の場合は、音楽である。
ピアノを好きなことが、多感な少年時代の一種のトラウマのようでもあり、苦しいことが多かったが、
それらの痛みを受け入れることによって、オンリー・ワン(自分の使命)に目覚めることが出来た。

〜過去を受け入れることにより、今を変え、そして、未来も変えることができると確信する〜

 『僕は、自分自身が音楽家としてオンリー・ワンであると同時に、
                     オンリー・ワンに輝くコンサートピアニストを育みたい。』
1月6日(金)
魂の自己実現にむかって・・・

今日やっと「呼吸のよるサウンドボディ・リラクゼーション」のCDをゆっくり体験することができた。
これは、響太の30年来の友人であり、素晴らしい音楽家である
松原夫妻が作成したものである。

誘導に身をまかせ、呼吸を深めていくと、手術の記憶と共に、
お二人と共演した、感動のステージがよみがえってきた。
解説書の冒頭に“魂の自己実現のために”と書かれていたが、
大腸癌から心身共に力強く復活したことも含め、
正に「今ここに・・・音楽家として」を、再認識することができた。

「呼吸のよるサウンドボディ・リラクゼーション」・・・素晴らしいCDだ!!
そして、
今年は、「今ここに・・・音楽家として」をテーマに、機会あるたび積極的に講演もしていきたい。
12月31日(土)
兄を偲んで・・・

今年も年の暮れ。
また新しい年、2006年がまもなく始まろうとしている・・・

    「人間は、自分の生が一つの波ではなく、
     永久運動であることを、
     永久運動が一つの波の高まりとして、
     この生となって発現したに過ぎぬことを理解したとき初めて、
     自分の不死を信じるのである」・・・トルストイ

                            兄は生きている!!
11月30日(水)
現代社会において、音楽活動の意義って何なのだろうか・・・
 
現代日本の情報社会は、ある意味において、自分を見失ってしまう、心の不安定な時代でもある。
第12回世界精神医学会で、日本の自殺率が世界第1位であると発表された。
これは、誇るべきことではない。深刻な問題である。
いまこそ、世代やジャンルを超えて、共に心から音楽を楽しみ、幸福感を共有することが必要である。
音楽はダイレクトに感情に響き、心身のストレスを発散させることが医学でも解明されている。
音楽は力だ!! 人が人として、生きて行く上で、必要不可欠なものだ!!
いま、何らかの社会的音楽活動をすることが、音楽家の使命であると痛切に感じる。
10月27日(木)
終戦60年を祈念して“昭和のうたをショパン風に”・・・

photo♪戦後の日本復興の歌・・・「リンゴの唄」
      赤いリンゴに 口びるよせて
      だまってみている 青い空
      リンゴはなんにも いわないけれど
      リンゴの気持は よくわかる
      リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ・・・

戦後の焼け野原に、この歌が流れた時、
敗戦に打ちひしがれ、日々の生活の糧を求めて喘ぐ人々の心は、
どれほど癒れたであろうか・・・
人生の重大な岐路に立たされたとき、
音楽は深く、あるいは優しく、心の琴線に触れ、生きる勇気を与えてくれるものである。

自分は戦後(昭和26年)の生まれであり、
戦争の経験はなく、もちろん、まったくの無知であるが、
りんごの唄や、鐘の鳴る丘・・・に、涙した。
“平和”であることが何よりも大切だと思っている。

  今年、終戦60年という節目をむかえて、
       「自分らしく何かをしたい・・・
            自分にできることはないだろうか・・・」と思っていた。

今日、あそび心で、演歌(北の宿から・・・等)を、ショパン・バージョンにして、弾いていると、
「現在の平和と繁栄の礎を築いてくださった、戦没者の皆様への感謝と、ご冥福をお祈りしながら
≪復興繁栄の昭和のうた(=苦しみ・悲しみ・不満・怒り・喜び・楽しみ・希望etc.・・・日本人の心)」≫を、
ショパン風に演奏したい。」という、思いもかけない願望が涌いてきた。

祖国の独立を願いながら他国で生きたショパンは、ある意味で「戦場のピアニスト」そのものである。
そして、自分にとって
「少年の心=戦場に生きる青年ピアニスト」である。
数年前のリサイタルで、戦いの英雄の讃歌と題して、ポロネーズ全曲(英雄ポロネーズ等・生前出版)をとりあげ、男性的なショパンに触れることができ、感銘をうけた。
今回も、なにか陽性な接点を見つけることができるかもしれない。
とにかく、12月の“お茶コン・サンデー”のアンコールでやってみよう。
9月28日(火)
ショパンのマズルカが弾きたい・・・

 「ショパンの指がピアノの鍵盤の上をまさぐる・・・何げなく触れた鍵盤のある一音から、心が開かれ、そこから音楽がはじまり、たしかな表現となって形を整えていく・・・ある一音から何がはじまるのか、その一音がどのように発展してゆくのか、目を離すことのできない不思議な音楽のはじまりである・・・」
・・・佐藤允彦著「ショパンとピアノと作品と」より

  ショパンは、彼自身の健康状態から、常に死を身近に感じていた。
  響太も
大腸癌を患って以来、死を身近なものに感じている。
  ショパンに、何かしら“心の探究”のような共感を覚えた。
  自分は力強く「復活」することができた!
  ショパンを「共に今を生きる喜び」につなげたい。
  彼のマズルカが弾きたい・・・・・・

 ショパンは60曲近いマズルカを作曲した。その内容(愛国的な心情表現)は、正に『祖国:ポーランドを愛する ショパンの“音の日記”』であると、捉えることもできるだろう。
 10月から「ショパン=心の旅」と題して、マズルカ(全曲)を“お茶コン・サンデー”のプログラムに、シリーズで組み入れることにした。
 この演奏が、広い意味において、求心的な自己探究の旅となり、また、聴いてくださる方々と、その心情を分かち合うことができれば、願ってもないことである。
8月15日(月)
終戦60年を迎えて・・・

戦没者の皆さんのご冥福を心からお祈りいたします。

日本が、戦後の60年の長い間、戦争を起こさなかったのは、日本国憲法第9条を維持しているからである。
この憲法は日本国民300万人の犠牲によってつくられたものである。そして、世界に平和の重要性を発信してきた役割は大きい。
いよいよ「戦争を知らない」我々の世代が、後を引き継がないといけなくなってきた今こそ、我々は、決してこの憲法9条を捨て去ってはいけないと強く思う。
もし、我々日本人が、この憲法9条を捨て去ったならば、きっとまた戦争を引き起こすことになるだろう。

憲法第9条  戦争の放棄,軍備及び交戦権の否認
1、日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力に よる威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。
7月11日(月)
ロンドン中心部で7日発生した同時爆破テロ事件・・・
ロンドン警視庁は10日、キングズクロス駅付近で爆破された地下鉄車両から複数の遺体を収容したと発表した。
確認できた犠牲者の総数は49人のままだという。
事件の実行犯は「英国で生まれ育った人物なのはほぼ確実」で「恐らく教育水準の高い人物」そして「アルカイダのテロ攻撃に刺激された人物」と推測している。
捜査線上には国際テロ組織アルカイダに連なる英国内のイスラム過激派人脈が浮かんでいる。
英捜査当局が過去5年間に少なくとも8件テロを未然に防いだと述べた。
日本国内のテロ防止対策も「9.11」以降、「爆弾テロ防止条約」と「テロ資金供与防止条約」・・・等、強化されているようだが、徹底した対策と国際協力が必要だ。
そして、個々人が注意をしているだけでテロは防ぐことができものではないが、防衛は国にのみ頼ることができないという認識を持つことが大切であると思われる。
6月9日(木)
ユングの集団的無意識・・・
この集団的無意識は、個人が培うものではなく、遺伝として受け継がれる。
さらに、これらの受け継がれた特性は、経験に対していかなる反応をするかを決定するばかりでなく、
いかなるタイプの経験をするかをも決定する。
集団的無意識は、われわれを過去に結びつける。
すなわち、動物も、われわれの祖先も含む、進化の全段階を包含する過去へとつながっていくものなのである。

ユングは、芸術作品を生み出す源は「無意識の神話的領域にあり、その原始のイメージは人類共通の遺産である」と信じていた。
芸術的体験「それは、まるで今まで響いたことのなかった和音がわれわれの内に鳴り響くような、
あるいは、今まで気付きもしなかったような力が解き放たれるようなものだ・・・・・・
そのような瞬間には、われわれはもはや個人ではなく、人類である。
人類すべての声がわれわれの内に鳴り響くのだ。」 

子供のころに見た、映画の感動(少年の心をご覧下さい)、その恍惚とした状態は、この力の現われだったのだろうか?
その時のピアノの響きは、自分の内に受け継がれ、解き放たれるのを待っていた音楽的性向の発露を促すものだったのだろうか?
5月5日(木・祝)
photo 「或る年の始めふるさとの友へ」
            河井 酔茗
    年ごとに
    ゆづりゆづりて
    譲り葉の
    ゆづりしあとに
    また新しく
 

「ゆずり葉」        

子供たちよ。
これはゆずり葉の木です。
このゆずり葉は
新しい葉が出来ると
入り代わって古い葉が落ちてしまうのです。

こんなに厚い葉
こんなに大きい葉でも
新しい葉が出来ると無造作に落ちる
新しい葉にいのちをゆずってー

子供たちよ
お前たちは何をほしがらないでも
すべてのものがお前たちにゆずられるのです
太陽のめぐるかぎり
ゆずられるものは絶えません。

かがやける大都会も
そっくりお前たちがゆずり受けるのです。
読みきれないほどの書物も
幸福なる子供たちよ
お前たちの手はまだ小さいけれどー。

世のお父さん、お母さんたちは
何一つ持ってゆかない。
みんなお前たちにゆずってゆくために
いのちあるもの、よいもの、美しいものを、
一生懸命に造っています。

今、お前たちは気が付かないけれど
ひとりでにいのちは延びる。
鳥のようにうたい、花のように笑っている間に
気が付いてきます。

そしたら子供たちよ。
もう一度ゆずり葉の木の下に立って
ゆずり葉を見るときが来るでしょう。

ショパンの会講座を終えて、この詩が優しく疲れを癒してくれた。
4月10日(日)
「愛することは行動すること」・・・19世紀フランスの大文豪ヴィクトル・ユゴー(1802−1885)は、この言葉の通り、文学活動のみにとどまらず、民衆の幸福と勝利のために敢然と戦った。
我々の行動は、常にその動機となった考えを強めている。
行動は、人格や運命までも変えることができる。

「愛することは行動すること」・・・この言葉が 深く 深く 心に響いた。

人間には音楽が必要であること、そして音楽がどんなに価値のあるものであるかを、社会的見地からはっきりさせることが、音楽家の使命である(音楽・教育・人間参照)。大切なことは一歩踏み出すことだ。
門下生のAさん(演奏学科ピアノ専攻)が 今年 大阪芸大を総代で卒業することになった。
中学・高校・大阪芸大・・・と、長年にわたり指導してきただけに自分のことのように嬉しい。
人間頑張れば必ず報われる・・・正に人間は運命を創ることができる!!
これからも精進を重ね、一個の素晴らしい芸術家に成長して欲しいものだ。
響太も 最近体調がどんどん良くなってきている。
音楽・潜在能力開発・・・等、前向きに活動してプラス思考で精一杯生きていこう。
『正(まさ)しく、運命を創造するがごとく・・・』である。

               <出来る>

          出来る 出来る 必ず 出来る
          やる気があれば 必ず 出来る

          出来ないと思えば 出来ない
          出来ないと考えず 出来ると信じ
          永遠に 自分は 進歩したい

          出来る 出来る 必ず 出来る
今日、『熊野の歌』の録音を終了した。
故・橋爪啓先生・今年1月末に亡くなった兄等・・・先人への想いと感謝を込めて、力の限り、熊野路の“魂”を歌い上げた。
演奏(CD作成に用いる録音)は、全体を通して歌ったもの(カットや繋ぎ合わせをすることなく)を、使ってもらうことにした。
それだけに、問題点は多々限りなくあるが、それのほうが二人の心が伝わると思ったからである。
体調 その他・・・色々な意味において、これが現在の自分の力量の限界だ。
志村哲氏をはじめスタッフの方々 そして 響華の優しい心配りにも心から感謝である。
夜 志村氏から「ご夫妻の心のこもった良い録音がとれたと思います・・・」と メールを頂き 目頭が熱くなった。
※CD完成は本年3月予定。

                        <記>
          ◆タイトル=熊野路:世界遺産登録記念CD『熊野の歌』
          ◆作詞=橋爪 啓 (歌人)
          ◆作曲=千秋次郎 (作曲家・大阪芸術大学教授)
          ◆バリトン独唱=オサム・ショパンスキ・オガタ
          ◆ピアノ伴奏=小片志津恵
          ◆録音チーフ=志村 哲 (学術博士・大阪芸術大学助教授)
          ◆録音エンジニア=飯野誠利 (E−Sound)
          ◆録音日時=2005年2月24日
          ◆録音場所=大阪芸術大学3号館ホール
          ◆使用ピアノ=ベーゼンドルファー(Model 290 Imperial)
2005年1月4日(火)
「翼をください」・・・・・・山上路夫
              
今 私の願いごとが
かなうならば 翼がほしい
この背中に 鳥のように
白い翼 つけてください
この大空に 翼を広げ
飛んで 行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ
翼 はためかせ 行きたい

        今 富とか名誉ならば
        いらないけど 翼がほしい
        子供の頃 夢見たこと
        今も同じ 夢に見ている
        この大空に 翼を広げ
        飛んで 行きたいよ
        悲しみのない 自由な空へ
        翼 はためかせ 行きたい

ふと この歌がこころに浮かんできた。いい歌だ。
12月31日(金)
京都・清水寺で発表された今年の漢字は「災」だった。
「天変地異」・・・10回もあった台風の上陸や新潟県中越地震、スマトラ沖巨大地震と大津波・・・
来年は、災い転じて・・・とまでは行かなくとも、「災いなき年」でありたいものだ。
11月1日(月)
イラク人質殺害
 「すみませんでした……また日本に戻りたいです」。香田証生さんの声は、ずっと忘れられないだろう。この短い言葉が呼び起こした胸の締めつけられるような思いも、これから先、何度も振り返ることになるに違いない▲もしかしたら日本語の分からぬ犯人にすら、この青年がどんな悪意とも無縁であることが伝わるかもしれない。そんな希望すら抱かせた香田さんの声だった。だが、それもすべて知っての所業なのか。無残にも首の切られた遺体がバグダッドで見つかった▲一人の青年のイラクの現状を自分の目で見たいという無防備な好奇心は、まがまがしい暴力の暗闇に迷い込み、永遠に失われてしまった。悲しいことだが、この世にはむき出しの荒々しい力がぶつかり合い、人の血が際限なく流される場所がある▲人の善意をあざ笑うようなそんな場所を少しでも減らし、人が平和に暮らせる場所を広げるのが政治の役割であろう。だが、今のイラクの多くが暴力と混とんの支配する場所になったこと、香田さんが不用意にもそこへ足を踏み入れてしまったことは今さらながら残念でならない▲イラク市民の間でも人質殺害への批判は強い。人の首を切る残忍さが、熱狂ではなく冷酷な政治的打算にもとづいているのは、犯人らのメディア利用術で明らかだ。だが彼らがどんな計算をしようと、罪のない人を殺すさまを誇示する人々が政治的に生きのびる場所は21世紀にはないと信じたい▲悪意に無警戒な青年が不幸にも踏み込んだ暴力と混とんの場所は、異世界でも何でもない。私たちが吸っているのと同じ空気が満ち、人がそこで暮らす現実である。耳に残った香田さんの声は、そんな世界の一員である私たちがなすべきことを改めて問いかける。
・・・毎日新聞 2004年11月1日 0時19分

むき出しの荒々しい力がぶつかり合い、人の血が際限なく流される世界に・・・せめて、葬送行進曲を・・・
どうしようもなく怒りが込み上げてきて、体が震え息が苦しくなる・・・残念だ!! 無念だ!!

「今回の事件は直接は影響しない」。首相は31日、自衛隊派遣問題への影響について否定の言葉を繰り返した。「テロに負けないように、妨害する勢力に屈しないように、イラク人の国づくりを支援すべきだ」と「テロとの戦い」の継続を首相は強調した。理不尽な行為によって国家の基本政策が歪められる事があってはならないとは思うが、12月14日に期限切れを迎える自衛隊の活動が安全に継続できるのかどうかを、冷静に点検する必要がある。 政府は今後イラクの厳しい現状をきちんと見すえて対応しなければならないだろう。
10月30日(土)
今日午後、イラクのバグダッド北方で発見された遺体について、在クウェート日本大使館の医務官が確認したところ、武装グループに拘束された香田証生さんではないと発表した。

しかし、戦いはこれからだ・・・テロリスト達に屈しないで、水面下で動いている日本政府の力を信じたい。
9月11日(土)
9・11から3年・・・テロで大きな打撃を受けたニューヨーク市の経済も復興の兆しが見えてきたようだ。

しかし、このテロ以後、世の中が不安にかきたてられるようになり、病んでいる。
この痛みを、悲劇を乗り越えた、力強い希望に変容させることが出来ることを信じて、平和を祈念しよう。

未来の勝利を宣言する、ショパン「英雄ポロネーズ」を、また弾きたくなった。
9月9日(木)
「生きる力」・・・・・・・・・柴田 トヨ 93才 (産経新聞“朝の詩”より)

  九十を超えた今
  一日一日が
  とてもいとおしい

  頬をなでる風
  友からの電話
  訪れてくれる人たち

  それぞれが
  私に
  生きる力を
  与えてくれる

柴田トヨさんの瑞々しい感性に乾杯!!
9月8日(水)
ロシア南部の北オセチア共和国で起きた学校占拠テロ事件は、死者・不明は500人を超える惨事だ。

勇気あるハッサン・ルビエフ少年は、テロリストに正面切って抗議して殺された。
・・・「あなたの要求にはだれも応じない。われわれを殺しても何の役にも立たない」・・・
堂々と正義を訴えて散った「13才の少年」を心からたたえたい。

それにしても、卑劣極まりない30数人の武装テロリストたち・・・怒りで体が震える!!
7月25日(日)
松原誕嘉鴣さんの朗読コンサート「家族に遺した愛の日記“神様五分前”」を聴きに京都に行った。
死を決意した大塚晟夫氏(特攻死した青年)の死の10日前の日記「我が愛すべき 姉妹に贈る」を、ご主人の廣始さんのサポートを得て、自作自演のピアノと歌を織り交ぜて、約90分にまとめあげた、素晴らしいステージだった。
お二人はきっと「心を奏でる天才」だ。終了後、体が震えて・震えて・・・しばらく立つことが出来なかった。

響太は松原さんご夫婦に歩調を合わせるために、死を直視する機会を与えられた気がする・・・またコンサートをご一緒できることは、最高の喜びである・・・本当に思いがけない奇跡が起きるかも知れない!
7月15日(木)
いま、患部(癌手術の)に手を当てると、入院中のすべてを記憶している、体(=心)の声が聞こえる。
肉体と心に残る、この消えることのない深い深い傷跡が、自分の善知識(師)となり、導いてくれるように思える。
大きな流れ(大我)に身を委ねて生きる糸口が、ここにあるように感じている。

思いがけない奇跡が起きるかも知れない・・・
7月5日(月)
入院の手記を読み返した。頑張っていた自分が愛おしくて、はじめて思いきり泣いた・・・泣けて 泣けて 泣けて・・・止まらない・・・全身が硬直して、しびれてしまった。
死にたくない!・・・いつまでもみんなと一緒に生きていたい!!・・・死ぬのはイヤだ! 悲しすぎる! 受け入れられない!

しかし・・・しかし・・・「受け入れられないことを、受け入れられないこととして、あるがままに受け入れて」・・・大きな流れに身を委ねて、前向な行動を選択して、日々大切に生きて行こう・・・『時は命なり』
6月17日(金)
今日も梅雨のなかやすみ、晴天である。退院と誕生日が結びついて、響太の「第二の人生=正(まさ)しく、運命を創造するがごとく、生きよ」を祝福してくれているようで嬉しい。「Stop! Look! and then choice!」・・・惰性に流されず「止まり、見て、選択する」・・・無駄を省き、残された人生を有意義に生き抜こう。 
6月16日(水)
いよいよ明日は退院だ。今日はじっくりと、今回の入院を振りかえりながら、感謝を込めて「さよなら」しよう。
先生・友人・お弟子・親戚・家族・・・皆さん大変優しく、力強く支えてくださり、また医師・看護師さんの、至れり尽くせりの処置、特に主治医のF先生は、優しい人柄で、お会いするたびに心も癒された。
それに、病室から眺める景色は最高だった。昼間は、金剛山を背景に、堺市の高層ビルやマンション、そして緑に囲まれた住宅が見える。夜になると、それらに灯りがともり、生活の温もりを感じさせてくれた。僕は昼夜に関係なく、いつもブラインドを全開にして、それらを眺めていた・・・今日は「梅雨の晴れ間」、雲ひとつない晴天である・・・何となくパリの風景を思い出した。
「生き方」が、そのまま「死に方」であると言うが・・・死を直視したときに「感謝」が溢れてきた・・・自分のこれまでの「生き方」は、曲りなりにも「間違ってはいなかったのだ」と実感できて、嬉しかった。
明日は、53才の誕生日・・・正に「第二の人生」のスタートだ・・・キーワードは『正(まさ)しく、運命を創造するがごとく、生きよ』である・・・これは、兄に小学生の頃に教えられた言葉=「われ運命を創る」と、同じく京都のM氏が、小学生時代に、亡くなられたお父様にいただき、思い出とともに響太に贈ってくださった言葉=「正(まさ)しく生きよ」をあわせたものである。
6月11日(金)
ショパンは旋律とリズムとの関係を大切にした作曲家で、旋律があふれるように流れるシューベルトの作品はショパンの認めるところではなかったらしいが・・・「冬の旅」や「ピアノ・ソナタ集」を聴いていると、やはり深く癒される・・・特にケンプの演奏は素晴らしい、表現がオーソドックスで普遍性があり、思わず指揮をしてしまう、けっして奇異をてらわず、温かい人格がにじみでている・・・響太の理想の演奏スタイルだ。
この機会に、ポーランドの演奏家によるショパン全集(ヘンリーク・シュトンプカのマズルカが「正にショパンの音の日記」を感じさせてくれて、心に響いた)、バックハウスのショパン:エチュード、ゴドウスキ編曲の超絶技巧用「ショパン・エチュード」、グールドのバッハ、フルトヴェングラーのチャイコ・ブラームス・ベートーベン:シンフォニー、ベームやアンセルメのモーツァルト・フォーレ:レクイエム、ヘンデル:メサイヤ、協奏曲(このジャンルでは、ベートーヴェンの「皇帝」が傑出している。最高だ。(
恩師:東貞一先生のことや、大阪フィルと協演したことが夢のように偲ばれた)、その他、パヴァロッティやマリア・カラス、合唱曲、日本歌曲・・・等、色々と聴いている。
特にショパン:チェロ・ソナタは何度も聴いた・・・1楽章は素晴らしいし、2楽章のスケルツオも面白いと思うが、3楽章とフィナーレは、チェロとの絡みが物足りない気がする。ある意味で、過渡期の未完の作品であるように思う。特にコーダに十分な説得力がない。全体的としては尻すぼみ的な傾向にある。以前、東ヨーロッパでチェコのチェリスト:ラッタイ氏と共演したときは、そこまで考えなかったが・・・来年のリサイタルは、この曲がメイン・プログラムになる。これをカバーするための、演奏のテンションが必要である・・・とはいえ、確かに新しい音楽への扉を叩いている、重要な作品であることに、ちがいはない・・・頑張ろう。
6月10日(木)
瞑想は大いなる自己・神との交流である。人は瞑想によって、そのエネルギーを享受する必要がある・・・ちょうど食事をするように。僕は瞑想によって救われた。真に求めるなら、すべての営みは瞑想に通じていると確信した・・・「求めよ。さらば、与えられん」


「輝いて」  松原誕嘉鴣

死ぬるまで
輝いて
いたいと
思いませんか

どうすれば
できるのかな
おしえてください

神様と
仲良く
できれば
いいのでしょうか


「ほしと たんぽぽ」  金子みすず

あおい おそらの そこ ふかく、
うみの こいしの そのように、
よるが くるまで しずんでる、
ひるの おほしは めに みえぬ。
   みえぬけれども あるんだよ、
   みえぬ ものでも あるんだよ。

ちって すがれた たんぽぽの、
かわらの すきに、だァまって、
はるの くるまで かくれてる、
つよい その ねは めに みえぬ。
   みえぬけれども あるんだよ
   みえぬ ものでも あるんだよ。
6月9日(水)
素晴らしい「気づきへの旅」も、残すところ、あと一週間くらい。いよいよフィナーレである。最後の一滴まで味わい尽くそう。人間は体験を通して、はじめて「心と体」で理解するものだ・・・要は体験学習にある。これからは、まず積極的に行動を起こして体験的に学んでいこう。


兄への手紙から

体調はどうですか?・・・心配しています。
突然のことで、びっくりしたと思います。心配かけてすみません。
現在、術後の経過も良く、日々どんどん回復に向かっています。安心してください。
今回、沢山の気づきがありました。それを伝えたくて書いています。

さて、学生時代に、貴方とKちゃんが応援してくれたお陰で、無事大学を卒業することができ、音楽一筋に生きることができました。
そして、これまでの長い年月を経て、音楽はいつしか僕を「瞑想の世界」にいざなってくれました。
お陰で、「癌の値(CA値)が高く、転移が考えられる」・・・等、死を直視せざるをえないような状況の中でも、逃げないで、生きる喜びを持ち続けることができ、無念さに苛まれることもなく、感謝で一杯でした。
好きなことをさせていただいて、本当に有難うございました。

現代の、癌治療とこれに対する意識の発達は驚くばかりです。手術もほとんど苦しむことがありませんでした。
これは、亡き父や姉・・・そして多くの人達のお陰です(Mの米国での「肝臓の研究」も頼もしい限りです)。人間の伝承する力・歴史に感謝・感動です。

小学生のころ、貴方に教えてもらって、いままで心にひびき続けていた言葉があり ます・・・それは「われ運命を創る」です。
覚えていますか? 40年以上も昔のことですが・・・今ようやく、その意味が「心と体で」理解できました。
この言葉を胸に、残りの人生を、精一杯、前向きに、創造的に生き抜きます。素晴らしい言葉を、有り難うご ざいました。

入梅で連日の雨です。くれぐれもご自愛のほど・・・そして、生意気ですが、生の最後の一滴まで、人生を謳歌してください。

僕は、以前にも増して心身ともに元気です。また、故郷で会えますし、遠いところ、 わざわざお見舞いに来ないで、今は体調を整えてください。Kちゃんにもよろしくお伝えください。
6月4日(金)

「春に Wiosno」
        ステファン・ヴィトヴィツキ 訳/吉上昭三

露のしずくは光り、
泉は牧場にざわめき、
若き雌牛の鈴が、
ヒースのかげで鳴る。

美しい牧場はたのしげに、
見わたすかぎりひろびろと、
木立に花は咲き、
かぐわしき匂いをあたりにただよわす。

草をはめ、さまよい歩け、牛たちよ、
岩かげに腰おろし、
甘くたのしい歌を、
ひとりわたしは口ずさむ。

人里はなれた、静かな快い土地よ!
思い出は苦く、
心うずき、
涙は目ににじむ。

涙はしたたり落ち、
せせらぎはわたしに声あわせ、
空の高みでヒバリが
わたしにこたえる。

その飛びゆくさまの速いこと、
ほとんど目にもとまらず、
ヒバリはますます高く、高く・・・・・・
やがてその姿を雲間にかくした。

しかしなおヒバリは、
その歌声を野と畑にひびかせ、
やさしき大地の歌を、
空の彼方まで運びゆく!
6月3日(木)
詩は素晴らしい・・・音楽の響きとなり、心の琴線を奏でる。


「見あげると 空に・・・」 新川和江

見あげると 空に
星があった

星があったことよりも
見あげる ということを
思い出したそのことに
涙ぐまれた

なんと あくせく
下ばかり向いて
世間ばかり見わたして
暮らしつづけてきたことか

こころが
ふかくふかく 吸われていった
ひろくひろく 広がっていった

ふるさとの河原の
洗われた小石のように
空じゅうで
それが 光っていた
5月29日(土)
5月12日からの「気づきへの旅」は、いま、クライマックスを経た。やはり抱えきれないほどの気づきに恵まれた。マーフィー理論・ヨーガ・森田療法・・・それぞれに感じていた矛盾や疑問が解けて、統合され、第二の人生の船出を祝福する鐘が鳴り響いた。響太にとって、この旅は必要であった・・・第二の人生は「正(まさ)しく生きよう」
※「正(まさ)しく生きよ」・・・この言葉は、京都のM氏が、亡くなられたお父様から頂いたものらしいが、この旅に寄せて、大切にしている思い出とともに、響太に贈ってくださった。
5月7日(金)
先日5月2日・3日の「ショパンの会:2004年度公開講座=スリコフスキ教授のピアノレッスン」で、2日間行動を共にすると、教授のポーランドの血を強く感じ、同時に響太は東洋人であることを改めて自覚した。そして、以前にダン・タイ・ソンの演奏を聴いて東洋的な幻想を感じたことを思い出した・・・内田光子の場合は意識的にそれを表現しているかのようだが・・・人間の心は奥底で繋がっている・・・民族を超えて地球人として考えれば、東洋のショパンもまた良いものである。
4月24日(土)
4月20日(火)
昨夜から今朝にかけて、瞑想的な穏やかな眠りの中で、自分の人生を振り返ってみた・・・ズタズタに傷ついていた頃の自分が今では愛おしく感じられる。人はみんな「醜いアヒルの子」・・・他人に自分を承認してもらうために自傷行為をするのではなく、自分自身を受け入れること、言い換えれば自己探究に目覚めることによって、いつの日か大空を自由に羽ばたける日が必ずやってくる。それぞれに「本物の白鳥」に成長するのだ。響太は現在 優秀なお弟子に恵まれているが・・・「未完の大器」・・・生みの苦しみでもある。 今朝、この苦しみをいつの日か大きな喜びに変容できることを願って「私の自己探究」を書いていく決心をした。まずはジョセフ・マーフィーの理論から・・・
4月5日(月)
暗譜して演奏することにはなんら芸術的価値は存しない。「記憶して自由に演奏する」ことで作品を再現する。・・・これはひじょうに美しい言い回しであるが・・・かえって芸術的成果を傷つける可能性が与えられる。。。音楽の授業に真に専心しようと思っている生徒に「暗譜演奏」の重荷を負わせるのは、ことのほか邪道だといわなければならない。彼らがマスターすべきものは、広い分野の教育に適した作品なのではないか・・・大曲をほんの少数、暗譜学習することより、教育に適した作品を・・・楽譜を見ながら・・・数多く学習することのほうが利点が多い。。。???  そういえば自分も暗譜にとらわれていたときは名曲だけを弾いていた。それにピアノを知り尽くしていた「天才:ショパン」は視奏だった。いわんや「凡才:響太」は・・・フムフムフム・・・考えさせられるナ!

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