2014年のYARO会

 




さよなら 小澤誠さん

2014年12月24日ご逝去
亡くなる前日の最後のお姿


2014年12月31日  加 藤 良 一




 男声合唱プロジェクトYARO会のベースの要でもあった、男声合唱団イル・カンパニーレの小澤誠さんが2014年12月24日、心臓発作のため亡くなられました。亨年59歳、還暦目前です。本当に突然のことで言葉もありません。



 小澤さんは、去る127日に行われた、小髙秀一先生のメモリアルコンサートでは、いつもと変わりなく元気で歌っておられました。そして、さらに驚くことには、亡くなられる前日の23日にはイルカンの練習のあと、忘年会にも参加し皆と楽しく飲んで歌っていたのです。冒頭の写真は前日の練習のときのものです。人の一生とは本当に一寸先も分からないものです。告別式でお兄様が、「短い人生だったが、59分の59、人生を全うした…」 とご挨拶された言葉が身に沁みます。

 小澤さんは埼玉県合唱連盟の監事としてもうずいぶん前から県連の会計監査を担って来られ、毎年の総会で会計報告するのが習わしとなっていました。
 私も一時監事をご一緒に担当したことがありました。小澤さんのご職業柄でしょうか、かなりの分量がある会計資料を手ぎわよく処理されるのには感心したものでした。

 そしてなにより、小澤さんのソフトで周囲の声と馴染むベースは多くの方から称賛され、なかなかの好評でした。YARO会に欠かせない存在といって良いでしょう。
 歌が好きで、お酒が好き、人が好き、ちょっとお茶目なところは小髙親分に似ていたかも…、でも親分ほどエッチなことは堂々とはできない、そんな小澤さんの周りには、いつも和やかな雰囲気がありました。
 本当にあっという間にみんなの前から消えてしまいました。天国の小髙親分はきっと 「オメエな、来るのがちょっと早いんじゃねえか。まあ、いいやイッパイやろうや!」 と杯を片手に待っていますよ。出棺のとき、居合わせた合唱仲間が 『遥かな友に』 を静かにしめやかにハミングしながら、お見送りをしました。

    静かな夜更けに いつもいつも
     想い出すのは お前のこと
      お休み安らかに 辿れ夢路
       お休み楽しく 今宵もまた…

 安らかにお休み下さい。








小髙親分の遺してくれたもの

《ありがとう
先生 小髙秀一メモリアルコンサート》


 
2014年12月17日  加 藤 良 一




 埼玉県の合唱音楽を育て、支えてこられた、小髙秀一先生のメモリアルコンサートが2014127日、本拠地の川越市市民会館大ホールで開かれました。先生が亡くなられたのが20131128日ですから、一周忌の追悼演奏会です。

 今回のコンサートには、小髙先生の指導を受けた合唱団が総出演しました。

混声合唱団 川越牧声会
ラ・シレーヌ(女声)
男声合唱団 所沢メンネルコール
女声コーラス「秀麗」
アンサンブル・ルチェーレ(女声)
鶴ヶ島混声合唱団ステラ
埼玉県立川越高等学校音楽部OB会(男声)
Mellow
コール(女声)
男声合唱団 イル・カンパニーレ
飯能市民合唱団(混声)
女声合唱団「美歌」

コンサートは各団ごとの得意曲の演奏から始まりました。そして後半に、男声合同合唱 「いざ起て戦人よ」 「秋のピエロ」(指揮:浅井一郎)、女声合同合唱 「むぎや」(指揮:青木昌恵、ピアノ:野島万里子)、混声合同合唱、筑後川より 「河口」(指揮:國弘雅也、ピアノ:角田智子)とステージに乗り切れないほどの大合唱が続きました。

今回のプログラムはイルカンの正木さんによるもので26頁にも及ぶ力作です。使われた写真も140枚に及んでいます。このホームページに掲載している写真も何枚か使って頂きました。
 小髙先生ありし日の思い出を詰め込んだプログラム、<コンサートに寄せて>のコーナーには、たくさんの方々のごあいさつが掲載されています。元埼玉県合唱連盟理事長の田尻明規先生が書かれた 「親愛なる小髙秀一くん!」 では、当時まだ副理事長だった小髙先生と 「おとうさんコーラス大会」 を立ち上げたエピソードが紹介されていました。サッポロビール川口工場講堂で行われた第一回から参加している私としても懐かしい思い出です。場所が場所だけにこの大会の主旨が分かろうというものです。
 同じく元理事長の宮寺勇先生は、小髙先生のご自宅で正月に行われた合唱連盟理事会の 「もちつき大会」 のことに触れられていて、これも楽しい行事だったことを懐かしく思い出します。川越のご自宅がまだ改築される前のことでした。広い庭で小髙先生の手ほどきを受けながら理事さんたちが交代でもちをつき、テーブルを囲んで賑やかにもちを頬張ったものでした。もちろんそのあとは引き続き宴会になったことは言うまでもありません。

 今回のコンサートで中心的な役割を担った男声合唱団イル・カンパニーレは、「川越に本格的な男声合唱団を作ろう」 という小髙先生の呼びかけで1984年に設立されました。そのイルカン団長宇佐美平和さんが今回の実行委員長を務めました。小髙先生の亡きあとは牧野美紀子先生が継ぎ、人数も倍増してあらたな歩みを始めています。

 いっぽう、小髙先生は男声合唱プロジェクトYAROの 「親分」 としても多くの男たちに親しまれていました。近隣にはもの凄い数の 「子分」 がいます。第1YARO会ジョイントコンサート(2003.11)のプログラムに小髙先生の男声合唱に込める思いが書かれています。



YARO会を指揮するにあたり》    指揮者 小髙秀一
 埼玉県内の小グループの男声合唱団が集まってジョイントコンサートをしようという話を聞いたときは嬉しかった。各合唱団共に熱心な活動はしているのですが人数は増えない、練習にも集まれない合唱団であることは知っていました。「頑張れよ」 「潰れないでくれよ」 という思いを持っていました。今回のジョイントコンサートでお互いに刺激しあい、情報交換し協力しあって、より発展していくことを願っています。
 縁あって合同練習の指揮をすることになりました。意欲的なメンバーが揃っていて圧倒されそうですが自分なりの音楽作りをし、少しでも男声合唱の醍醐味を表現出来たらと思っています。「夢見るような春の富士」「のどかな野から眺める富士」 「尊厳のある大いなる黒富士」 「黄銅色の中にうかぶ紅色の富士」 「雨雲の上の夕映えの富士・大驟雨」。心に響く草野心平の詩です。多田作品の中でもスケールが大きく、デリケートな難易度の高い曲です。挑戦するつもりで指揮をします。よろしくお願いします。

 

      
 YARO会発足のきっかけとなった第13回関東おとうさんコーラス大会 in 小出郷(新潟)、野外での全員合唱で 「♪またネ~!」 のポーズを決める当時の小髙理事長(左)と宮寺副理事長(右)。
 とってもお茶目で少しエッチな小髙先生お得意のこのポーズ、今でも連綿と受け継がれています…(^_-)  
  


 小髙先生が遺されたものの大きさを今さらのように実感し、あらためて「ありがとう先生」 と申し上げます。

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    【小髙先生に因んだ情報
 関東おとうさんコーラス大会の歴史(小髙先生は第4回(1993)のときに理事長に就任されました)
 男声合唱プロジェクトYARO会 第1回ジョイントコンサート(2003/11/23
 男声合唱プロジェクトYARO会 第3回ジョイントコンサート ステージ写真(2008/12/27
 男声合唱団Vive la Compagnie 第53回埼玉県合唱コンクールに挑戦
 男声合唱団Vive la Compagnieの記録
 小髙秀一先生ご逝去

 

 


 


男声合唱団Vive la Compagnie ヴィヴ・ラ・コンパニー

3回全日本男声合唱フェスティバル in 岡山 に出演

 


 男声合唱団Vive la Compagnie ヴィヴ・ラ・コンパニーは、2014年11月29日~30日、全日本男声合唱フェスティバル in 岡山に関東支部を代表して出演しました。
 埼玉では11月1日に “彩の国男声コーラスフェスティバル2014” を開催したばかりでもあり、同じ月に行われる全国大会に参加できる団はほとんんどいないのが現状です。そうはいっても、今年全日本合唱連盟の新理事長に就任された岸信介さんや副理事長に就任された関東支部長(新潟県連理事長)梅山登さんを応援する意味でもここは何とか埼玉から出ないわけにはいかないと、男声合唱プロジェクトYARO会の中から有志を募って岡山に馳せ参じた次第です。

    今回の参加メンバー:
    トップテナー:宇佐美平和、新祖章、関根盛純
    セカンドテナー:小沼達也、秋山公雄、加藤良一
    バリトン:伊藤博行、中村壽宏、伊藤孝雄
    ベース:須田信男 、渡辺毅新島聡幸

 メンネル A.E.C.を中心に、イル・カンパニーレ
、コール・グランツ、ドン・キホーテ、ポパイ、それに埼玉県連副理事長を加え、指揮は埼玉県連理事の南めぐみさんにお願いしました。ヴィヴ・ラ・コンパニーとしては初の女声指揮者でしたが、メンバーの評価はとても高く、これまでにない演奏につながったと思います。
(詳しくは  をご覧ください。)







Vive la Compagnie ヴィヴ・ラ・コンパニーとは


あらためて名前の由来を



 男声合唱団Vive la Compagnie ヴィヴ・ラ・コンパニーは、男声合唱プロジェクトYARO会(※)の中から、コンクールその他いろいろなイベントに随時参加するユニットです。メンバーは都度召集するので不定です。

(※)
男声合唱団 イル・カンパニーレ(川越市)

男声合唱団 コール・
グランツ(久喜市)
男声合唱団 ドン・キホーテ(志木市)

男声あんさんぶる 「ポパイ」(春日部市)
男声合唱団 メンネル A.E.C.(上尾市)



 Compagnie語源は、ドイツ語Kompanie、英語company、フランス語compagnieからきています。英語ではカンパニーですから、われわれはドイツ語やフランス語によっていることになります。

                                        

 男声合唱の愛唱曲に “Vive L'Amour” ヴィヴ・ラ・ムールという乾杯ソングがありますが、その歌詞の中に Vive la compagnie! が出てきます。


♪ Let every good fellow, now join in our song, Vive la compagnie!
  Success to each other, and pass it along, Vive la compagnie!

Chorus:  
Vive la, vive la, Vive l'amour. Vive la, vive la,Vive l'amour.
  Vive l'amour, vive l'amour, Vive la compagnie!!

♪ A friend on your left, and a friend on your right, Vive la compagnie!
  In love and good fellowship, let us unite, Vive la compagnie!

 

                                        


 半世紀も前の
1950年代の日本、街には コンパ という名のパブが林立していました。学生時代そんなところでバカ騒ぎした思い出があります。コンパとは、仲間と親睦を深めるための飲み会です。そこから、合コン、新歓コンパ、追いコンなどが生れたようですね。コンパは明治時代に始まり、これが旧制高校や大学を経て現在に至っているらしいです。

http://www.ric.hi-ho.ne.jp/neo-rkato/yaro/2011vivecom_flamepagetop.html

 


 



男声合唱プロジェクトYARO会

加 藤 良 一



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