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村上世彰・堀江貴文・田沼意次

 

個人的な感想としては「市場から堀江さんも村上さんもいなくなり寂しくなったなぁ」と思います。両者とも悪いことをした、世間を騒がせた、という点では問題が有り、善悪で言うと「悪」ということにはなるでしょう。しかしこんな世間から袋だたきにあう程悪いのかなぁと思っています。

皆さんお思いでしょうが「インサイダーなんて氷山の一角だ」「誰でもやっているが度が過ぎたから見せしめで捕まった」というところでしょうね。派手であればあるほど効果的ですから。そして踏んではいけない虎のしっぽ(タイガースファン?)を踏んだ、そして経済界の重鎮を怒らせてしまったという部分もあるでしょう。ただニュースを見ていると色々な街行く人々が口々に村上氏を非難していますが、なんだか単なる嫉妬から来ているような気もします。うーん、株式市場を知らない人は仕方ないとして、株をやっている皆さんはどうお考えですか?

村上さんの「物言う株主」の姿勢はぬるま湯の日本企業の経営体質に一石を投じる出来事として認知されています。含み資産に着目し割安に放置されている銘柄に投資する手法も広く個人投資家に認知されました。彼の手法を真似する個人投資家もいます。彼の残した功績も大きいでしょう。堀江さんと共に「乱世の奸雄」とも言えます。

江戸時代に田沼意次という政治家がいました。当時悪化した幕府の財政赤字を食い止めるべく、重商主義政策、つまり商業を重視し、今で言うところの資本主義化を促進しました。その結果、幕府の財政は改善に向かい、景気もよくなったのですが、町人・役人の生活が金銭中心のものとなり、そのためにワイロが横行する結果となりました。

その後、田沼意次にとっては間が悪く、江戸の大火・浅間山の噴火・天明の大飢饉といった災害が立て続けに発生し、彼は責任を取らされ失脚します。それから日本史の授業で覚えさせられる「寛政の改革」で松平定信がワイロ等の取り締まりを強化、質素・倹約で財政再建に着手します。しかしその姿勢は庶民にまで及び、庶民の着物の柄にまで制限を加えたとか。それに嫌気をさした庶民が詠じた狂歌として有名なのが「白河(松平)の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」と残っています。

 

つまりワイロがなくなってキレイにはなったけど、多少濁って汚い世の中の方が気楽で住みやすいなぁという、まあ言ってしまえば庶民の勝手な願望ですね辛い事があればすぐ「昔は良かった」なんて事を言い出します。私もそうですが

世の中ちょっとは汚い部分もありきでできているわけですよ。翻って皆さんもそうじゃないですか?何となく上場企業に勤めている人から「最近うちの会社忙しいんだ」とか聞いた事ありません?その線引きは非常に難しいものです。

そして「村上ファンドが買ったから追随買いしよう」「キナ臭い動きをしているからこの銘柄を追ってみよう」って考えた事はありません?仕手株だとわかっていて投資する、追随買いする。自己責任という名の下、それを根拠に売買している個人投資家は実際たくさんいるわけです。いるからこそ株価は急騰したり急落したりする。相場は買い手、売り手の両方が居て形成されるわけで、どちらか一方では成り立ちません。

逆に言うと私は市場には「この位の汚さを許容できる程の懐深い物であって欲しい」わけですよ。色々なタイプ、色々な要素で株価が上下するからやっぱり株は面白いと思うわけです。私は決して仕手株や投機的資金の流れを否定するものではありません。仕手やインサイダーがどうしても嫌いだという人には先物とかFXとか用意されているわけでそちらで稼ぐという選択肢もあります。

堀江社長や村上氏逮捕のニュースで株価が大きく下げたということは、すなわちそれだけ株式市場もこの二人に(結果として)依存していたということになり、そんな個々人に依った日本の株式市場はまだまだ成熟しきっていないとも言えるのでしょうね。

田沼意次の場合はその後歴史研究が進み、政策の進歩性などが開明的政治家として再評価され「産まれてくるのが早すぎた政治家」とも言われています。江戸時代の平均と比べて逆にワイロは少なかったという説も。今回の堀江、村上両氏の逮捕劇は後世にどう評価されるのか。ガリレオ=ガリレイのように随分後になって評価されるという事もあるかも知れないですね。

 

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