2016年2月28日、「歌おう第九 伝えよう感動」をテーマに、「32nd国技館すみだ5000人第九」が行われました。かつて、セカンドテナーに在籍された今は亡き大靏さんと初めて参加したのをきっかけに、今回で続けて13回目の参加です。
前日のリハ、当日の本番の合間に、いつものように「ぶらり歩き」をしてみました。
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◆ 2月25日(木)
◎国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑(千代田区)
4ヶ月ぶりに千鳥ヶ淵へ。静寂の中、今も南洋に眠るであろう従兄と義父へ白・黄菊を献花。
◎青山霊園(港区)
こちらも10月以来の青山霊園で髙田三郎先生、髙木兼寛先生・先賢お二人のお墓参り。
◎知人と歓談(千葉県我孫子市)
いつもは都内で会う二人、今回は執筆に多忙な知人を夜、千葉県へ訪ね時事放談。
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◆ 2月26日(金)
◎原爆の図 丸木美術館(埼玉県東松山市)
丸木位里・俊夫妻による「丸木美術館」を1年ぶりに再訪。この「原爆の図」は、敗戦後の1950年~1953年にかけて、その一部がヨシダ・ヨシエ氏等による国内での巡回展があり、百万人に近い人々が参観。西日本巡回展として、1953年3月に宮崎県内でも宮崎・都城・日南で開催され、参観者は宮崎市20,000人、日南市15,000人、都城市1,700人とのこと。
◎箭弓稲荷神社(埼玉県東松山市)
優勝には程遠いが、プロ野球ひいきのセ・パ2チームの必勝を祈願して、野球ならぬ「箭弓稲荷神社」へ参拝。
◎わだつみのこえ記念館(文京区)
なげけるか いかれるか はた もだせるか きけ はてしなき わだつみのこえを
1943年10月、徴兵猶予制度を解き文系学生を在学のまま徴兵した、いわゆる「学徒出陣」で、還らなかった若者たちの遺言集。私も約半世紀も前に読み、映画も観た「きけ
わだつみのこえ」。
将来にわたって平和への営みを続ける現在、あの時代の再来を危惧する。
◎東京大空襲・戦災資料センター(江東区)
戦争の惨禍を風化させず、次代に伝えるとともに、学びあう場として活動しているこの施設。今回訪問の収穫として、
些少ながら初めてセンター維持の年会費を納めることが出来た。館長・早乙女勝元氏ほか40名の戦争体験「語りつごう あの日 あの頃」(2015年9月初版発行)をいただく。
◎埼玉の男声合唱グループと交流(中央区)
恒例になった、埼玉で活躍中の4団体「男声合唱プロジェクトYARO会」のみなさんと6名での音楽談義。今年の会場は、大間まぐろの高値入札で名の通った、築地の㈱喜代村「すしざんまい 奥の院」。埼玉&宮崎の合唱界の情報交換に時間の経つのも忘れる。
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◆ 2月27日(土)
◎恐竜公園(江戸川区)
中国残留孤児帰国者の子供たちは、日本語が不自由なため授業について行くのが困難で、学校では差別やイジメを受けていたと聞く。彼らは寂しさを紛らすため、夜ごとここ恐竜公園に集まった。当初は暴走族まがいのグループが、やがては総勢数百人の「怒羅権(ドラゴン)」を組織し、暴力団も恐れる関東一の集団と化した。
怒羅権とは、「日本人に対する怒り、団結、権利」を表す。先日、NHK-TVで当時の中心メンバーが、服役を経た過去を公園の現場で振り返るシーンを観る。今は「こども公園」として管理されている。
◎すみだ第九国内交流委員会(墨田区)
国技館内の審判部屋で開催の「すみだ第九国内交流委員会」に参加。交流紙「パスカル」を通じて、各地からの参加者百数十名と情報を交換。その後、第九のリハ。
◎岩手の男声合唱グループと交流(墨田区)
今年も第九に参加した岩手のグループに招かれて、18時から14名、両国「花の舞」で歓談。来年7月、青森の八戸で開催の「じゃむか八戸」に話が弾む。
じゃむか八戸(青森県八戸市)
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◆ 2月28日(日)
◎国技館すみだ第九を歌う会本番(墨田区)
指揮:松尾葉子、S:小林沙羅、A:増田弥生、T:山本耕平、B:福島明也
合唱指揮:栗山文昭、北川博夫
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
増田さんと福島さんは、かつて宮崎県で開催された時の第九に来演あり。今回は外国からの合唱参加者は20名。
第一部として、すみだ少年少女合唱団・カルメン合唱団、管弦楽
トリフォニーホール・ジュニアオーケストラによる歌劇「カルメン」があり、「ハバネラ」のソロを菅有実子さんが聴かせた。
◎在京穆佐会と交流(墨田区)
終演後、今年も会場へ聴きに来てくれた穆佐会のメンバーと6名で両国の「日本海」で交流。ふるさと懐かしメンバーと話は尽きない。在京穆佐会とは、関東地区における宮崎県高岡町穆佐地区出身者の親睦会。
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◆ 2月29日(月)
◎宮澤賢治旧居跡(文京区)
かつて、岩手県の男声合唱団「コールM」の定期演奏会を聴きに盛岡へ行った折、花巻市に宮澤賢治の生家を訪ね賢治の甥にあたる宮澤和樹氏(林風舎代表)と会った際に聞いた話で、「賢治がある時期東京に住んでいた」とのことを思い出し、本郷三丁目を歩く。急な坂のある街を歩き回り旧家跡を確認。
◎山田洋次ミュージアム(葛飾区)
「身につまされるような作品」、「他人事ではないような作品」を制作の基本に置き、最近では「母と暮せば」や「家族はつらいよ」などの作品を世に送り出している監督・山田洋次氏の世界を再確認するため1年ぶりに再訪。
◎寅さん記念館(葛飾区)
柴又は寅さん一色、帝釈天に通じる参道の街角や石垣の間から、ひょいと例の姿が現れそうである。折から麗らかな春の日差しを浴びて、江戸川沿いの堤防に暫し憩う。
◎障害者雇用施設「柴又まちの駅 ファンタジア」(葛飾区)
昼食は「ファンタジア」。受付・配膳などに手際よく生き生きと従事する障害のある人たち。マスターに施設の運営状況などを聞く。
合唱を通じて、北海道や沖縄など各地の最近の状況を知り、自分の来し方を振り返るひとときはとても有難いことです。お互いに健康に留意し来年の再会を約して、おかげさまで天候にも恵まれた5日間を過ごしました。
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