つばめが飛んだ空 3

Written By 桜 月桂樹さま

「輝ちゃんは大学いくンだよねー。」
 すっかり舞い上がって、必要以上に笑っている萩本の胸の内を 知っているのかいないのか、その言葉と自分に向けられた笑顔に 輝もその名の通り光り輝くばかりの笑顔で頷いた。
「うん。矢代くんと同じ学校なの。 でも萩本くんともう毎日会えないかと思うと、少し淋しいかも、 って思ったりもするんだ。」
「萩本はいつもバカ騒ぎしてるもんねー。」
 耳を疑うような言葉に、すかさず矢代並みに鋭いツッコミを 絶妙なタイミングで入れたのは、輝の隣にいた友達の華恵で── ──その言葉に一瞬だけひきつったけど、萩本は意図的に無視して 笑顔を浮かべなおした。
 …さっきまでの威勢はいったいどこへ?
舞い上がりっぱなしの萩本の後ろで憮然とした表情を浮かべながら、 それでも矢代は沈黙を守っている。
でも肝心なことをなかなか切り出せないのはなにも自分だけに 限った事じゃないこともまたわかっていて、萩本が切り出せずに いる姿を黙っているしかできない。
…だって、彼の問題は自分のものじゃないから。
 萩本は、意中の彼女の口から「淋しいかも」なんて言葉が出て もう天にも昇りそう、すっかり有頂天でひたすら照れ続けている。
だけどそんな萩本の背中を見ながら、矢代は口に出さずに ある言葉を呟いていた。
「ああ、かわいそうに」
 彼女はお金持ちのお嬢様、誘拐なんかされないよう毎日送り迎えを してくれるボディガードがいつも傅いている。
 眼鏡をかけた、背の高い涼しげな目もとと黒髪の色男。
 地味だけど、いい体格をしている大人しそうな好青年。
そんな男たちに傅かれている彼女が、ただの高校生の自分たち みたいな男を男性という目で見ているとは到底思えない。 きっと興味すらないだろう。
 その事を考えると萩本の告白の末路も目に見えるみたいで、ただ そのことが不憫で口に出して止めることも、でもため息をつくことも できなくて、矢代は憮然とした表情のままで彼らのやり取りを 黙って見守っていた。
「萩本くん、何か用事だったんじゃない?」
 なかなか用件を切り出さない萩本の様子に、輝の方から促す。
その言葉に萩本がどきりとして顔を紅くして、別の意味で矢代も どきりとする。でも萩本は呆れる矢代に啖呵を切っただけあって、 顔を紅くしたまま、どもりながら、喉に言葉を引っかからせながら それでもありったけの勇気を振り絞って口を開いた。
でも──────
「こ、これで最後かもしれないから言うけど」
「ひかる、卒業おめでとう。」
 萩本の決死の告白の言葉に、低い声が被さってきた。
固まってしまった萩本の前で輝は声の方を向き、隣の華恵は嬉しそうに 表情をぱあっと明るくして───矢代が声のほうを振り返ると、 少し離れた所に、背の高い黒髪の色男が立っていた。
 ダークブラウンのスーツに紅茶色のシャツ、そして光線の具合で 色を変えるミックスシルクのネクタイ───綺麗な黒髪を矢代たちと 変わらないくらいの長さで揃えているけど、長い前髪の奥の涼しげな 目もとが、彼を「大人の男」に見せていた。
携えているふたつの大きな花束が、一層彼を引き立たせている。
 その顔には見覚えがあって、矢代は記憶の糸をたぐり寄せ始めた。
 萩本は、ひきつった笑顔のままで固まっている…。

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