つばめが飛んだ空 2

Written By 桜 月桂樹さま



「あぁキミはこの学園に咲いた一輪の白百合!
か細い体に情熱を隠し、琥珀色の瞳はどんな宝石よりも高貴で」
「…陳腐だな。15点。」
「ちゃかさないでよ矢代ちゃ~ん。」
 話の腰をものの見事にへし折られた萩本が、やっと正気に戻って 冷静に批評してくれた矢代を恨めしそうに軽く睨み付けた。
そんな彼の様子を気に止めるでもなく、矢代は友人の表現にぴったり 当てはまる女生徒の検索を続けている…けれど、あまりの語彙の少なさに 限定するのは困難を極めることは目に見えていた。
 …ほっとけば自分から勝手に言うだろう。
そう浅いつき合いでもなくて、矢代は萩本の行動パターンを きっちりと分析していた。
そして萩本も、矢代の期待を(色んな意味で)裏切らない男だった。
「特Aクラスの矢代ちゃんは面識ないかもしれないけどさ、オレのクラスにゃ どすげえ美少女がいンの。
小っちゃくッて可愛いのに頭良くて可愛くて…今行くよ輝ちゃん!!オレの愛を届けに!」
 …ほら、思った通りに吐いてくれた。
でも矢代はその名前を聞いた途端に切れ長の目を丸くして、 萩本の言葉をすぐに理解することはできなかった。
その固有名詞には、どうやら思いあたりがあるようで───
「…輝ちゃん、って…もしかして、お前のクラスの藤原さんのこと?」
 …もしかしたら、この友人のコト───何か勘違いしているのかもしれない。
そう思った矢代が、念を押すように思いあたりの人の名を口にする。
 だけど思い過ごしでもなんでもないらしい、萩本は矢代の口から 出た名前に笑顔で頷いて、酔っぱらいよろしくまだ何か言いたそうに 口を開いた。そんな彼の言葉を、矢代が強引に遮る。
「お前なぁ、藤原さんってったら大財閥のお嬢様だぞ? 毎朝毎夕黒スーツのお兄さんがおベンツ様で送迎しているんだぞ? …だいたいお前エンドルフィンの出過ぎだ、頭冷やして来いよ。」
「うるさいッ愛の前にはンなモン障害でもなんでもないね!!」
 こめかみのあたりを指さしながら、小さくくるくると指を回して 呆れている矢代の表情も耳に痛い言葉もものともせず、とうとう萩本は 地に足が着いていないままで飛んでいってしまった。
そのあとを、ため息をつきながら矢代が追う。
「───よ、輝ちゃん」
 矢代の読みは、萩本に関しては外れたことがない。
そして今回も正解率を落とすこともなく、萩本は予想通りに ある二人組の少女に声を掛けていた。
 すらりとしたポニーテールのスポーツ少女。
 腰までありそうな長く明るい栗色の髪の小柄な少女。
そして萩本の呼びかけに振り返ったのは小柄な少女の方で、いきなり ファーストネームを呼ばれたというのに嫌な顔ひとつせずに 萩本の方に向き直ると、声の代わりに笑顔を返した。
 矢代の記憶にも鮮明に残っている、彼女が萩本の憧れの君「藤原 輝」。
小耳に挟んだ噂話では、彼女の祖父はこの国を動かせるほどの発言力を 持っているらしいけど───彼女には、そんな素振りは微塵もない。
もちろん自分の素性を改めて語るなんて真似もしない。
毎朝校門から少し離れた裏道で運転手付きのおベンツ様から降りては 自分の足で、校門まで続いている緩やかな坂道を護衛付きで歩いてくる ───細かな、だけど自然な心配りが自分の大事な彼女とどこか似ているから、 人目を強く惹きつける美少女だから鮮烈に覚えていたのだろう。
 冷静に状況を把握しようとしている矢代とは正反対に、彼女の前に出た萩本は、もう完全に舞い上がっている………。

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