そりゃないゼ くるっぽー



−− 後 編 −−



 …………さて。「巣立ちを待とう大作戦」の展開を心に決めたはいいが。……ところで、鳩っていつごろ巣立ちするんだろう? この基本的な疑問には誰も答えてはくれない。いや〜ん(爆)。←馬鹿
 よっしゃ、こうなったら、じ〜〜〜〜〜っと見守るしかないな! OK! まあ、ほっとけばそのうちいなくなるだろうし。ま、気がついたらいなくなってるってのはありがたいしね。そうなったらあらためて、巣を撤去すればいいのさ、あはん
 …そこへ、タイミングよく、メールが届く。

メル友 : 巣立ちしたらすぐに撤去しないと、次の鳩が入居して、出来てる巣に即座に卵産むから気を付けてね。

 ………読んで落胆。
 …ふふ…いつもいつも…ナイスなタイミングで助言っつーか、ツッコミありがとう。なるほどね…家を新築するよりも、中古で買ったほうが即入居可なわけなんだな。……んじゃ、作戦名を変更しよう。「巣立ちを待って、即座に巣を撤去しよう大作戦」だな。

 そして、作戦の主な方向性及び作戦内容の確認をする。……結果、巣立つまで見張るのみ、という結論。っちゅーことで、いつもどおりの生活を送ることに。←またしても馬鹿

 夜になると、夜行性の私は動き出す。ゲームとかパソコンとか。そして、パソコンとたわむれる際に手放せないのは煙草。チャットなどしていると、消費量は増える。換気の必要性が出てくるわけだな。どっちにしろ、季節は夏。暑い。
「窓、お〜ぷ〜〜〜んっ!」
 いや、実際に叫んでいるわけじゃないけど。とりあえず、そういった気持ちで窓をがばっと開ける。吹き込んでくる夜風。北海道は真夏でも、夜風はそこそこ涼しい。
「……ああ〜…いい気持ちやねぇ〜〜…」
 深呼吸で、夜風を堪能する私の鼻に、ふと届く異臭。
「……むっ!? ……クサイ」
 そう、クサイのである。何のニオイと言えばいいだろうか…腐臭とも違うこの異臭…そう、たとえて言うなら……野生動物の巣のような……って、鳩の巣のニオイじゃねえか!! 虚空に向けてごく軽く突っ込んだのち、対処法を考える。窓を閉める…のは論外だ。いくら北海道でも暑いもんは暑い。じゃあ…我慢するか? む〜〜……いや、人間の感覚器のなかで一番、環境に慣れやすいのは鼻粘膜の臭覚器官だってのは知ってるけど…こんなニオイに慣れる自分を想像するってのも…イヤだな。
 ……仕方ない。妥協しよう。日和見主義の私がとった作戦はっ!
「ニオイがきつくない程度に窓を小さく開ける」
 ……ふう…。

 そして、夜も更け。やがてその夜が明ける時間がやってくる。東の空が白み初め……るよりも先に、ぴぃぴぃぴぃぴぃっ!の大合唱。…時間がわかって便利かも。あ、いや。それはないか。何せ、奴らはメシ食ってるか、ぴぃぴぃ鳴いてるか、寝てるかのどれかしかないのだから。…時間の目安には決してなりえない。
 明るい日射しのなか、異臭をこらえて窓を開ける。卵のカラを確認。2ヶ。…つまり、植木鉢の中には2羽の雛がいるはずだ。確かに、ぴぃぴぃの声もデュエットのように思える。…なるほどね。了解。
 …と、またしても仁王立ちのお父さん(お母さんかもしれないけど)と目があう。
『なんじゃい、われぇ! うちの子供に手ぇ出したら承知せえへんぞ!』
 とでも言うような視線。その視線についつい、すごすごと引き下がる。
「…ごめんってば。別に狙ったわけじゃないよ。…確認しただけだよ」
 職場においては、社長相手でさえも一歩も引かない私が、鳩ごときに引き下がるとは……くぅっ! 末代までの恥!!
「貴様ら! 今に見てろよっっ!! 追い出したるからなぁっ!」
 とりあえず、叫んでおく。…窓閉めてから。

 数週間が経過する。その間、仁王立ちのお父さんには負けっぱなし。…気迫が違うんだ、きっと…。
 その日も勝負に挑んですごすごと引き下がる私の目に、1羽の鳩の姿が映った。向かいのマンションの上にとまっている。…視線は私のベランダ。あの鳩は…おかあさん? いや、違う。羽根の色が違う。っつーことは新顔。
 ……まさか。
「おまえ、空き待ちかぁっっ!!」
 思わず叫ぶ。おそるべし鳩ネットワーク。次の入居者が待っているとは…。…いや、違うのかもしれないけど。偶然かもしれないんだけど。
 だが、私とて馬鹿ではない。入居待ちの鳩(と勝手に決めた)がいるということは、引越(巣立ち)間近ってことにならないか? うん、そうだ。そうに違いない。…賢いぞ、自分!

 その日から私はより一層の注意を払って鳩の巣を監視しはじめた。何せ巣立ちが近いのだ。準備万端、怠ってはならんっ!
 そして…数日後、ふと気がついた。…お父さんとお母さんが姿を見せない。しかも、ぴぃぴぃ鳴く声も確認していない。……まさか、巣立ったんか? そういえば…先日の日曜の朝、小さな鳩とお父さんが羽ばたきの練習をしていたような……?
 やった! ちゃ〜〜っっんす!!
 巣の入り口そのものは、外に面しているため、こちらからの視認は不可能。だが…声がしないってことは…ふふふ…チャンスなり。

 準備スタート! まず、ゴム手袋。そして、マスク。んでもって、サンダル履いてベランダに立つ。手には大きなゴミ袋。これに植木鉢ごといれちゃうもんねぇ〜だ。
 時間は…実は夜。だって夕方遅くに気がついたんだ。
 暗闇のなか、私は声1つしない巣に手を伸ばした。そして。つかむ。持ち上げる。……重い。…存外に重い。
 ああ、そっか。巣を作るのに、いろいろ運び込んでるし、糞の量だって相当なもの。…だから重いに違いない。よっしゃ、問題なしっ! 一気に巣を持ち上げる。とたんに巣のなかでごそごそごそっっ!っと何かが蠢(うごめ)く。そう、動くと言うよりも、蠢く。…つまりは生き物だ。
 心臓が喉元にかもんべいべぇ。…いや、マジで。そのっくらいびっくりした。反射的に落とした視線の先に、植木鉢にみっちりつまっている2羽の鳩。小さめの鳩ではあるが、何せ植木鉢である。2羽も入れば、そりゃいっぱいだって。フリーズした私の手元で鳩が蠢く。……なんか…すっげぇイヤなシチュエーション。
 慌てて植木鉢を元の場所に戻す。………う゛〜〜、びっくりしたぁ。
「……ちっくしょ、巣立ってなかったんかっ!!」
 安全地帯(部屋のなか)まで避難してから毒づく私。とりあえず、植木鉢を落とさなかった自分を心の中で誉めつつ、あたりを警戒する。お父さんとお母さんに見られてたら、ヤバイってことに気がついたからだ。…が、襲撃はナシ。目撃されてはいないらしい。ふひゅ〜〜っと、かいてもいない額の汗を拭って、ふと考える。
 ……巣立ち…はまだしていない。だが、目撃した鳩2羽はかなり大きくなっている。羽根の色も親と変わらない。…つまりは、やはり巣立ち間近か。しかし、ここんとこ「ぴぃぴぃ」が聞こえなかったのは…そうか、もう鳴き声が「ぴぃぴぃ」ではなくなっていたんだな。声変わりだ。む? すると…親がいないってのは? 親の庇護が必要ないと? いやそれなら巣立ちだろう。
 考えはするものの、いかんせん鳩に関する知識が限りなく浅い。いや、鳩に限らず、鳥類全般には造詣深くないし。

 さらに数日、観察する。が、やはり親は姿を見せない。だが、私とて仕事を持つ身。ひょっとすると、私が職場に行っているときに親はうろついているのかもしれない。…だが、夜に帰ってこないってのはどういうことだ、親!
 そして、私を不安にさせる同僚の声。

同僚 : 親が死んでるとか。あと、やっぱり目撃されてて、親が育児を放棄したとか。…鳴き声、してます?

 ……怖がらせるなよ〜〜(泣)。だって、鳴き声してないんだよ〜〜(泣笑)。気配だけなんだよ〜〜。
 その後、明け方に「ごそごそ……くるるるっっ?」って声を聞いた時には、心底ほっとした。…いや、マジ。大マジ。……ふぅ…死んでなかった。だって、死んでたら、死骸を片付けることになるじゃん。…イヤだ、そんなの。
 さて、鳴き声を確認したのち、彼らはやけに活発になりはじめる。羽ばたき、鳴き声。親はほとんど姿を見せない。子供達だけで何とかやっているようだ。巣を空けることも多くなってきた。
 ……ちゃ〜〜んすっ!(再び)

 遠出の練習でもしていたのか、夕方遅くになっても彼らが帰って来ない日が続いた。その機を逃さず、私はまたしても「鳩の巣掃除における標準装備」をしてベランダに挑む。……植木鉢を持ち上げる前に、棒で叩いて確認することも怠らない。またビビるのイヤじゃん!
「すここここっん」
 ……反応なし。…よっしゃ、不在!

 ……一気に片付けた。植木鉢本体をゴミ袋に放りいれ、目についたゴミやら枝やら卵のカラやらも全て、ゴミ袋に放りいれる。こびりついた糞やら泥やらは、後日と言うことにして、私は巣の撤去を終えた。

 翌日。……鳩、帰ってくる。が、巣はない。……鳩に怒られる。
「くるるっっ! ほろろろろ〜〜〜〜っっ!!」
(訳:おいこら、俺らの巣、どこやったん! おまえだろっ!)
 …反撃する。幸いにも彼らは、お父さんより迫力はない。
「ないよ! もう片付けたから! どっか行け、こら!」
「くるくるっ! ほ〜〜…ふるるっ!」
「だから、ないって! もうゴミに出したんだって! いいじゃないか、おまえらはもう巣立ちしたんだろ? 大通公園にでも行けよ」
「ほろろろっ! くるっふるるるっ! ほ〜〜〜〜っ!」
「うるさいな、わがまま言うなよ! っつーか、もともとおまえんちじゃねえだろ、そのベランダ!」
 …そして、ふと気づく。鳩と会話してる自分。……馬鹿かも。

 それから1週間ほどは、鳩たちとの会話が繰り広げられた。だが、多分、意志の疎通はなかっただろうと思われる。
 そして、ようやく鳩たちが諦めたころ、あらためて私はベランダの掃除をした。……さわやかな気分になった。


 以上のように、鳩の来襲はとても、忍耐と苦労とを伴う。
 …みなさん、どうぞお気をつけくださいませ……。

   
           
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