そりゃないゼ Dr.



◇ 7.眼科 ◇

 眼科……ふっ…ここはいくらなんでも。ねえ? そうでしょ? だって眼科だよ? ヤバイわけないじゃん(笑)。

 そう。その時の私はそう思っていた。確かに、眼科でいろいろと検査されたことはある。瞳孔を開く目薬とかさされて、薄暗い部屋に連れ込まれ……(←やめろ、この言い方)。
 ……もとい。
 確かに、時間のかかる検査をいくつか受けた経験はあるが、痛い目やらヒドイ目やらに遭遇した経験はない。友人たちのなかにも、そういった体験を持つ者はいない。……だって、眼科だよ?(笑)

 ある日のこと。…目がごろごろした。痛いっつーかカユイっつーか……痛がゆい(笑)。しかも何日も続いている。職場の同僚にそう訴えると、「眼科へ行け」と言われた。…当然の判断だ。だがしかし。いくら眼科とはいえ、私ははっきり言って病院には不信感をばりばりに抱いている。んで、とりあえず…何がとりあえずなのかは不明だが、とりあえず鏡を覗いてみた。
「んべ」
 鏡に向かって、まぶたを広げてみたりひっくり返してみたり。  ……ん? 白い…ぽつんって……なんだ、これ? しかも、痛がゆい位置にピンポイントでヒットしている。となると、原因はコレか……。ちっくしょ、見つけたからには、眼科に行かねばならなくなったではないか! 何故見つけた、自分!

 そして眼科。
 観念して行った。自然治癒の気配がなかったから。看護婦さんは…可愛かった(笑)。どこへ行っても、とりあえずは「看護婦さんチェック」を怠らない北白川。だって、楽しくない場所に行くのだから、楽しみを見つけだすぐらい、許されてもいいではないか。
 その可愛い看護婦さんに、視力検査などをしてもらう。そして、診察室へ。…ちなみに、先生は「可愛い」人ではなかった。…男性でしかも老齢。………ちっ(謎)。
 先生は私の下まぶたをひっくり返した。上も。…いつも思うのだが、眼科の医者って…器用だよな。どうしてああも簡単に、人のまぶたを『くるりんっっ』とひっくり返せるのか…。
 それはともかく。先生は私のまぶた、左右上下全てをひっくり返したのち、診断を下した。
「…結膜結石ですね。簡単にとれますよ。今、とっちゃいましょう」
 さらりと。
 ……え? すみません、あまりにさらりと言われたんで、一瞬、聞き逃しましたが…。
「…とる?」
「ええ。簡単にとれますよ。すぐ済みますから」
 簡単に…すぐに済むから……同じような言葉をどこかで……ああ、歯医者だ…(遠い目)。

 先生はおもむろに器具を準備した。何やら……先端がやたらととがった『何か』とか、注射器によく似た『何か』とか。そして、目薬によく似た『何か』を片手に持って、私のまぶたを引っ張る。そして、注入。
 ……なんだか…しびれる…ような……そうでもないような…? どっち? 
 判断に迷っている(?)私の目に、先生の手元が映った。先端のとがった『何か』を持っている。…いやん! 私は慌てて宣言した。
「あ、あの…! 今の…麻酔か何かですか? 私、麻酔が効きにくいんですけど…」
「ああ、いや。違うよ。麻酔じゃない。ほんのちょっとしびれさせるだけだから」
「ああ…そっすか…」
 な〜んだ、麻酔じゃないのか。なら安心……って、おい! その針状のものは何だ! 
 ビビる私。平然とする医者。
「あ、まぶたのところ、カメラで撮影して……ほら、このモニターにうつってるから。それと、瞬きはしてもいいけど、下を見ないようにね」
 下を…そう、結石があるのは下まぶただから。理屈はわかる。…けど、『やるなよ』って言われると…無性にやりたくなるのが人間の性(さが)ではないか? ……やらないけどさ。

 ともかく、私は腹をくくった。歯医者で麻酔が効かないよりは、数倍マシに違いない。モニターに映る自分のまぶた、そしてそこに近づく針状の器具をじっと見つめる。心の中では実況中継などしつつ。
(…おおっと! まぶたに忽然とあらわれた白い結石! その守りを突破せんと、今まさに! 器具が近づいております!! はたして、戦果はあらわれるのかっっ!)
 …そして、実況中継にも飽きた頃(注:わりとすぐ)、針がぷつんと結石に触れる。…痛い。そして、その結石をえぐる。…痛いって。とれにくいそれを、更にえぐる。…だから、痛いって。ようやくとれた結石を器用に針の上に載せて、針はその役目を終えた。…ああ…痛かった。いや…まだ痛いって。ずきずきするって。
「………終わり…ですか?」
「うん、終わりですよ」
 確かに、簡単でかつ、すぐに済んだ。医者の言葉に偽りはなかった。…が、『痛い』という事前情報くらいは…欲しかったような…(笑)。

 とりあえず、真っ赤っかに染まった目と、うさんくさい目薬とともに家路についた。…眼科も油断できないことを肝に銘じつつ。……いやぁしかし…「血の涙」って初めて流したよ……。


 眼科…このセクションはこれで終わろうとした、まさに今。北白川は思いだした。眼科と言うよりも、視力検査にまつわる馬鹿な話を。…「ついで」である。してしまおう。

 そう…あれは、確か高校の頃のこと。ン年前である。その日は、全校生徒の健康診断の日であった。検査項目は、身長・体重・座高・胸囲・視力・内科検診。身長体重はともかく、座高って調べて何かの役に立つのか? という疑問はさておいて。

 その事件は視力検査の時に起こった。とりあえず、事情を説明しておこう。私は目が悪い。ものすんっっっっっごく悪い。主に重度の近視と乱視の入り乱れた感じである。今は、日によってはコンタクトレンズを使用しているが、高校の頃は眼鏡であった。かなりビン底風味濃厚な眼鏡である。だから、視力検査では二度手間である。裸眼と矯正視力との両方を測るのだ。まず、裸眼から。眼鏡を外したままで視力検査をするのだ。んもう、問題外である。何故って…一番上の字(?)が読めないのだ。白っぽい板が黒っぽい何かで汚れている…そんな風にしか見えない。結果、見えるところまで近づく。経験のある方はおわかりだろうが、一歩一歩進んでいくあの道のりは、結構ナサケナイ。周りの友人たちからは、
「…まだ見えないのか!?」
 と、驚きの声があがる。…ほっといてくれ。一番驚いてるのは自分自身なんだ。

 とりあえず、右視力(裸眼)0.04という、輝かしい記録をいただき、次は左眼の番である。実は、私の視力は左右のバランスがひじょ〜に悪い。つまり、左眼は右よりも見えるのだ。確か、前回測ったときには、左眼は0.2ぐらいはあったはずである。よーし、もう『見えるところまで前に』進んで行かなくてもOKさっ! と、私は張り切った。視力検査で張り切る高校生ってのもイヤだよな、と今になれば思う。が、しょうがない。その時の私は張り切ってしまったのだ。
「じゃあ、一番上のここ」
 先生が指す『C』に似た記号。よーし、見えるぞ。私は張り切って答えた。指先を上に向けつつ、
「上っ!」
「はい。OK。…じゃあ、そのとなりの列の…これは?」
 ……ぬ? 見えにくい……右…か? いや…左のほうが若干……上下ということはなさそうだが…。
「ん? 見えないか?」
 先生が催促する。いや、待ってくれ。見えそうなんだ。…ええい、確率2分の1!
「……こっち! 左っ!!」
 指先を、腕ごと思い切り左側に向けつつ、私は答えた。かなり自信はある。70%ぐらいは自信アリだ。…ふっ…いくらなんでも、0.2ぐらいは見えるさ、べいべえ。
 が、その勝利への予感は、周りの友人たちの爆笑の渦にかき消された。
「ばーっかっ!」
「あいつ、見えてないよ」
 見ると、先生まで笑っているではないか。何かがおかしい。友人たちのあの嘲笑はなんだ? 見えなかったくらいで、そこまで馬鹿にしなくてもよいだろうに。
「…なんだって言うんだ、キミたちはっ!」
 片目を塞いでいた、黒いスプーン状の器具を外して、私は友人たちに問いかけた。その中の1人が笑いながらも答えてくれる。
「……眼鏡かけて、よく見てみなよ」
 ぬ? 言われたとおりにしてやろう。
 そして、眼鏡をかけて検査板に眼を移した私は、人々の笑いの意味を理解した。そして、自らも笑った。私が『左』と自信満々に答えたものは……数字の『』だった。

 …だって…似てたんだ。

   
           
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