そりゃないゼ Dr.



◇ 3.皮膚科 ◇

 賢明なる読者のみなさまは、皮膚科にいったいどんな試練があるのか? と疑問に思うだろう。もっともだ。確かに、数ある病院の診療科目の中で、もっとも安全と思われる場所だ。血を見ることは滅多にないし、ドリルで削られることもない。それにレントゲンも撮られないし、変な服も着せられない。だが…そんな風に安全と思われがちな皮膚科にも、落とし穴は用意されている。ただ、我々が気づかないだけだ。ある日、私は、湿疹ができたため、職場の近所の皮膚科に行った。薬をもらった。…治った。治ったのは治った。ソレで調子ぶっこいた私は、医者に尋ねた。
「最近、ニキビがたくさんできちゃって……何か薬もらえます?」
 医者は一言、私に言い渡した。
「顔、洗いなさい」
 ………私が洗ってないとでも? あんた、見たんかい? 失敬ダゾ、君ぃ!

 それで気分を害した私は、数ヶ月後、また湿疹が出た時には、その皮膚科には行かなかった。ちなみに私はキチンと顔は洗っている。
 では、どこの皮膚科に行ったかと言うと、家の近所だ。前節にも登場した友人Aが紹介してくれた。その皮膚科は私にとっては天国のようなところだった。通ったのは真夏の暑い時だったので、クーラーがガンガンに効いているのも私を快適な気分にさせた。しかも改装したばかりで院内の雰囲気は明るく、美しかった。そしてそれよりも美しかったのは、規模の割には数多くいる看護婦さんたちだった。よくもまあ、私の好みのタイプばかりそろえたものだと感心してしまう。もちろん、そこの皮膚科で私の好みに合わせたわけではないだろう。多分、院長が私と同じ趣味なのだ。そして彼は顔で雇用基準を定めているに違いない。これで、診察してくれた女医さんが若く美しい人ならもっと快適なのに…とは言わないでおこう。医者運の悪い私にとっては、快適な病院に出会えただけで、神に感謝しなくてはならないのだから。

 それはともかく、あまり若く美しいとはいえない(←失礼)女医さんは、診察ののち、こう言った。
「軽いアレルギーでしょうけど、一応パッチテストをしてみましょうか。いつも使ってるシャンプー、リンス、そのほか、肌に触れる可能性のあるものを、番号つけて持ってきてね」
 私は素直にうなずいた。その晩、家に帰ってから、いろいろなシャンプー、リンス、ボディシャンプー、ムース、ローションそのほか諸々に番号をつけた。そして翌日、それを持って皮膚科に行った。
 私からシャンプーの類を受け取った看護婦が準備を始める。私が持っていったのは十五種ほど。それに、皮膚科のほうで幾つかプラスして、結局二十四種になった。看護婦さんが、肌色のテープを何枚か持ってきた。見ると、番号がふってある。それを受け取って、女医さんが微笑んだ。
「じゃあ、腕の内側に並べて貼りますから」
 どうやら、皮膚の柔らかいところを狙って貼るらしい。納得した私に、女医さんがさらに説明を続けた。
「これを貼って、二日後に、一度来てください。そこで、これをはがします。その後、もう一日置いて、貼ったあとがどうなってるか見てみますから」
 言いながら、彼女は私の腕にテープを並べ始めた。幅二センチ弱のテープが四本。いくらなんでも、それだけのものをはられたのでは、腕の内側一面がテープの固まりになってしまう。それぞれのテープには、厚さ二ミリ、直径五ミリほどのガーゼが、テープ一本につき六個ずつ収まっている。その全てに番号が書かれていた。そのガーゼにテストされるものが付着しているらしい。二の腕の内側をテープで固められた違和感と、わずかに感じられるかゆみ。これを二日? うんざりしかけた私に、畳みかけるように女医さんが言った。
「お風呂、入らないでくださいね。シャワーくらいならいいけど、腕を濡らさないように」
 ……どうやって?
「はは……難しいっすねえ」
 苦笑いでごまかした私に、彼女はさらに言う。
「それと…あまり腕に汗をかかないように」
 …重ねて言おう。季節は夏。しかも猛暑といわれた夏のど真ん中。その上私は極端な暑がりで汗っかきだ。
 今度は、私は心の中だけでなく、口に出して言った。
「……どうやって?」
 先生は困ったようだ。当たり前だ。まさか、そう言われて、私が、はい、わかりました、などと答えるとは思ってなかったろうに。とにかく、多少困惑しながらも彼女は言った。
「えーと…歩くときには日陰を歩くとか…腕を振らないようにするとか……」
 まじめな顔で言いながらも、彼女自身、自分の言葉を信じてはいないようだった。もちろん、私も信じていない。

 とにもかくにも、私は耐えた。二日間、シャワーを浴びるときには腕にサランラップを巻いて、日陰を歩いて(笑)、耐えた。その間、かゆかった。テープを貼り付けた腕全体がかゆかった。そして、ようやくテープをはがすときがやってきた。私は朝イチで皮膚科に行った。長かった苦労が終わるときがくるのだ。
 テープをはがす瞬間、うぶ毛が引っ張られる痛みよりも、解放感のほうが大きかった。そして、テープがはがされたあとは……赤かった。全体が真っ赤だった。そして、アレルギーテストをしたはずの、直径五ミリのガーゼが当たっていた場所だけが奇妙に白かった。女医さんがまじめな顔で言った。
「……テープにかぶれちゃったみたいね」
 アレルギー反応はほとんど出なかった。ほんのりピンク色になっているところはあったが、だいたい、シー○リーズのシャンプーを、二日間もつけたままにしておくヤツはいない。少しくらいは色が変わって当たり前だ。だが、テープのあとはどうしてくれる? モーレツなかゆさをどうしてくれる? その後、真っ赤になって、皮膚がポロポロとむけてしまった腕をどうしてくれるんだ、コラ?
 結局、かゆみ止めの塗り薬はもらったものの、その後二週間以上、私が腕のかゆさに悩まされたことは言うまでもない。 ……そんな目にあってなお、看護婦さんの美しさにさそわれ、その皮膚科に通い続けてしまった自分に、情けなさとともに、一抹の可愛らしさを感じる今日この頃。

   
           
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