そりゃないゼ Dr.
◇ 1.整形外科 ◇
ある冬の日、年齢のわりに腰の弱い私は腰を痛めた。そして、病院に行った。小さめではあるが、一応総合病院の整形外科である。札幌市の中央区のはずれにあるその病院を選んだのに他意はない。ただ単に職場から近かったからだ。ああ、それがあのような喜劇…じゃねえや、悲劇の始まりになろうとは…!
一階の受付でいわれたとおり、二階の整形外科に、作ってもらったばかりの診察券を出した私に、年配の看護婦はこう告げた。
「あっちにレントゲン室がありますから、まずレントゲンを撮ってもらってきてください。…あ、これ、持ってってね」
書類を受け取り、私は言われた通りに行動した。レントゲン室に入って書類を渡す。そんな私に、レントゲン技師は微笑みとともにこう告げた。
「あ、そこにガウンがありますから、それに着替えてください」
眼鏡をかけた細身のお兄さんの言葉に私はうなずいた。彼はなかなかの好青年だななどと思いながら。
レントゲン室の一角で、試着室のようなカーテンを閉めて、私は脱衣かごの中をのぞいた。独特の〈病院ブルー〉の布地が見える。
(なるほど、ガウンね…)
うんうんとうなずきつつ、セーターを脱いで、私はその布地を広げてみた。そして、思わず関西風ツッコミを入れたくなった。
「どこが〈ガウン〉じゃいっ!」
一目見ただけで、このガウン(笑)を作る型紙がわかってしまいそうなそんな作りだった。別にホテルのガウンを想像していたわけではない。だが……現実ってこんなもんだよな。
このガウンの展開図を想像していた私の頭の中には、〈貫頭衣〉と言う単語が浮かんでいた。
[かんとうーい【貫頭衣】原始社会にみられる衣服の一種。一枚の布に頭を通す穴をあけただけで、袖のないもの。]
広辞苑(by岩波)の、的確な表現が何故か悲しい今日この頃。
さて、着替えを終えてお洒落な姿になった私は、レントゲンをとるべく、台の上に横たわった。先ほどの優しげな技師が近づいてくる。口元には相変わらずの微笑。
「はい、じゃあ右足はこっち側に。で、左足は軽く曲げて、右手と左手はこう。首はこっちに曲げてください」
彼の言うがままに体を動かしていくと、まるでヨガのようになってしまう。こんな姿勢が苦もなくできるくらいなら整形外科になど来るものか。動かすと痛いから来てるんだ。そこんとこわかっとんのか、君ぃ! だが、彼の要求はそれだけでは終わらない。自力ではその姿勢をとることができない私の足を捕まえてあっちにひねり、肩先をつかんで手をねじり、反動で浮き上がった体を台の上に押さえつけ、こう言った。
「はい、じゃあそのまま動かないでくださいね」
…………どうやって?
呆然とする私の耳に届いた彼の次の言葉。ちなみに彼は逃げるように隣室へと消えていた。素早い動きだ。
「はい。大きく息を吸ってぇ、はい、止めて!」
…………だから、どうやって!?
そんな地獄の記念撮影が合計六ポーズ。数々の試練を乗り越えて、優しげな微笑みにだまされちゃいけない、と、自分自身に言い聞かせながら、相変わらず微笑みをたたえているお兄さんから再びカルテを受け取って私は診察室へと戻った。当然、ガウン(笑)は着替えている。
診察室では、三十代半ばと思われる医師が微笑んで待っていた。年配の看護婦も同様。ふふふ…だがしかし、私は学んだのだ。この試練の場所に来ている限り、この微笑みにだまされてはいけないということを。
そして看護婦は言った。
「じゃあ、診察しますから、そちらで着替えてください」
まさかまたガウンか?
着替えコーナーへと足を運んだ私が目にしたものは、お洒落なベストだった。色はガウンとコーディネイトされた病院ブルー。このベストの下には短パンをはくらしい。色は各種用意されていた。パステルグリーン、イエロー、ネイビーブルー。半ばあきらめの気持ちとともに私はブルーを選んだ。せめてブルー系で統一しよう。
医者は微笑みを浮かべつつ私のレントゲン写真を並べた。診察をしながら、私に尋ねる。
「どういう状況で?」
私は正直に答えた。
「実はベランダに出していた段ボール箱をですね、しゃがんだまま、持ち上げたんですよ。そしたら箱の下が凍ってて、かまわず持ちあげたらピキッて…。そのあと腰がのびなくなって、無理矢理のばしたら今度は曲がらなくなって……」
医者は笑った。私には……嘲笑に見えた。
しばらくの診察ののち、医者は言った。
「骨にも異常はないようですし、神経も大丈夫ですね。筋肉は少し炎症を起こしてるようですが…肉離れと言いますか…軽い“ぎっくり腰”ですね」
医者は笑いながら言った。
………………そうかい、ぎっくり腰かい……。
降り積もる雪がやけに物悲しく思える冬の一日だった。
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