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ラター「レクイエム」を聴く





加 藤 良 一    2014年4月19日




 遅咲きのサクラが満開になる2014413日、知人が所属する混声合唱団アレス・クラーAlles Klarの演奏会を聴きに武蔵野市民文化会館小ホールへ出掛けました。この合唱団は200410月発足、今年で創立10周年を迎えます。

 常任指揮者は松岡 さん。ホームページによれば、言語発声指導を高折 さんが受け持っています。ソプラノ8名、アルト9名、テノール4名、バス6名とパートバランスもよい。アレス・クラーAlles Klarとはドイツ語で、英語ではall righteverything OKall goodというような意味ですから、すべて良し、了解、よっしゃっ、いいぞ!といったところでしょうか。


         


 今回の演目は、メインのジョン・ラター「レクイエム」を第4ステージにおき、1ステ:新実徳英「幼年連祷」、2ステ:ボブ・チルコット「Furusato故郷〜日本の歌による5つの合唱曲」、3ステ:木下牧子「アカペラ・コーラス・セレクション」という構成でした。また、ステージごとに並びを変えて、演奏効果に相当気を配っている様子がみてとれました。
 合唱団の並びにこれといった決まりなどないと思いますが、みなさんそれぞれ自分たちに合った並びを工夫しています。曲目によっても変わりますし、会場の響き具合によっても変えたほうがいい場合もあるでしょう。さらにメンバーの経験の差などを考慮し、パート内での配置も変わってきます。これらに加えてさらに見た目のバランス、美しさもできることなら考慮したいところです。

 武蔵野市民文化会館小ホールは、ステージ後ろにデンマーク製のパイプオルガンが設置されていますが、このオルガンはパイプ本数2,780本、高さは9m以上あるといいます。
 当日の山台は二段、前後二列に並ぶ配置でした。新実徳英「幼年連祷」では、下手(左)からソプラノS、テナーT、バスB、アルトAという男声が中央に入る並び、チルコット「Furusato故郷」は女声が下手で男声が上手のSATB、木下牧子「アカペラ」はいわゆるバラバラになるショットガン・フォーメーション、ラター「レクイエム」では男声が中央のSTBAでした。余談ですが、上手と下手、どちらが右だったかと迷うことはありませんか。そんなときは、ピアニッシモと思い出せばよいのです。つまりをピアノを使わないときに置く場所はふつうステージ左ですから、ピアニッシモというわけです。

 さて、並び方についてはいろいろな考え方があるようです。歌う側としては、遠くのパートはやはり聴こえにくいですから、曲によっては近くに寄りたいと感じることもあります。いっぽうで、音響効果として左右に別れて立体感を持たせたいことも出てくると思います。意外と難しいのがバラバラ型のショットガンです。聴衆は、おや何をするんだろうと期待しますが、よほどのことがない限り歌いにくいばかりで、その実効果はさほどでもないことが多いかもしれませんね。逆にパート同士が離れると意思疎通が図れなくなる危険性も計算に入れておかないとなりません。要はあらゆる要素を考慮してベターと思う条件を探すしかありませんし、どの場合でも一長一短があります。


 ジョン・ラターはイギリスの現代作曲家、作品の大半は宗教音楽ですが、ご本人はあまり信心深い人間ではないと断っているらしいです。ラターの音楽はポップスや黒人霊歌のような雰囲気ももっていて親しみやすいといえます。
 ラター「レクイエム」は7楽章から成り、4楽章を中心に対称形になっています。1楽章“Requiem aeternam”7楽章“Lux aeterna”は神への祈り、2楽章“Out of the deep”6楽章“The Lord is my shepherd”は楽器のソロ演奏が入り、合唱には英語の詩篇が採用されています。3楽章“Pie Jesu”5楽章“Agnus Dei”はイエスへの祈り、4楽章“Sanctus”は感謝の賛歌です。ラターは多くの作曲家の影響を受けているようですし、フォーレのレクイエム校訂版も発表していますので、あれこれ考え合わせるとこの作品がフォーレのレクイエムを彷彿とさせるわけはそれなりに納得がいきます。

 今回は、東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団(ユニフィル)のメンバーによる小編成アンサンブル付きで、フルート、オーボエ、ハープ、ティンパニー、チェロ、コントラバス、グロッケン、そこへパイプオルガン・小林恵実子さん、ソプラノソロ・松尾香世子さんが加わりました。
 曲は冒頭ティンパニーの厳粛で印象的な導入で始まります。その後弦楽器や管楽器の出番も多く、演奏効果を上げています。ですから、この曲は伴奏を簡略化しピアノだけあるいはオルガンを付けたとしても、それだけではなかなか良さが出てこないのではないかと思います。

 この合唱団の良さは、失礼な言い方を許して頂けるなら、基本的に歌える方々が集まっていて、さらにお互いを聴き合いながら歌っていることが見てとれることでしょうか。今回は曲目が多かったせいか、ほとんどすべての曲が譜持ちでした。それ自体なんら問題はないのですが、顔が下を向いてしまう方もあり、音響的にもビジュアルにも惜しい気がしました。厳しい見方をする人は、自信のない人は楽譜を持つな、自信のある人だけ持って良いなどと言います。ラテン語と英語はきちんとした指導者が付いているということなので、ほとんど気にならずに聴くことができました。


 チルコット「Furusato故郷〜日本の歌による5つの合唱曲」は2011年に出版された曲で、「砂山」「村祭」「おぼろ月夜」「故郷」「紅葉」が収められています。「故郷」の楽譜タイトルには20113月の東日本大震災と津波による犠牲者の方々への追悼のために>と添えられていて、作曲者の東日本大震災への哀悼の意が表されています。今回は曲順を入れ替え、最後に「故郷」が演奏されました。もっともそれぞれの曲にとくにナンバリングされているわけでもないので、好きに並べてよいのでしょう。
 この楽譜は、外国人作家にしては珍しく日本語で歌詞が書かれており、併せてチャールズ・ベネットによる英語の歌詞が並べられています。外国人にも歌えるようにということでしょうが、日本語が醸し出すニュアンスは十分に伝わらないかもしれません。
 これとは逆に、最近の日本の作曲家は日本語の歌詞とともにローマ字を並べることが多くなっています。今回演奏された木下牧子の楽譜もそうです。外国人にも日本語のままで歌ってもらおうという狙いがあるわけです。もっともローマ字を読んでいるだけではしょせん意味は通じないでしょうけれど、やはり日本語に合わせて作曲しているとのコンセプトがあるに違いないと思います。

 以前、楽譜のローマ字書きについて書いた「日本語のローマ字化は可能か」がありますので【こちら】を参照ください。


 コンサート冒頭の挨拶で指揮者松岡さんが、アレス・クラーは三つのテーマを掲げて活動していると述べました。
 まずは、ドイツ語の合唱曲を取り上げること、同じ作曲家を継続して取り上げること、そして日本人であるかぎり日本の曲を取り上げることです。たまたま今回はドイツ語の曲はありませんでしたが、過去には何度も取り上げてきました。同じ作曲家ということではジョン・ラターの作品を追求しています。そして美しい日本語の歌ということで、新実徳英、木下牧子、そしてチルコット「Furusato故郷」を取り上げました。言葉を大切に歌う姿勢がおもてに出たよい演奏を聴かせてもらいました。




      

       
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