先日、文化庁の平成22年度<国語に関する世論調査>結果が発表されました。ニュースでは、「寒っ」「すごっ」「短っ」など形容詞の語幹を使った近ごろの表現に対して、あまり気にならない人が増えていると報じていました。
 この調査は、平成7年度から毎年実施されています。今回は全国の16歳以上の男女2,104人から回答を得ていますが、これでどの程度世相を反映しているかはどうなんでしょうか。ことばはつねに生きていますので時代とともに変化していきます。この調査は統計的にそれなりの根拠があることとは思いますが、とりあえず世相を表したものとして受け取らせてもらいましょう。

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 さて、今回のニュース等で取り上げられなかったローマ字の問題についてちょっと考えてみます。
 「長音のローマ字表記について」の質問がありました。「ローマ字でOnoと書く場合、「小野」か「大野」か区別が付かないことについての意見」を聞いたところ、76.6%の人が「きちんと区別が付く方法を考えた方が良い」と答えており、「区別が付かなくても構わない(気にならない)」(14.7%)を大きく上回りました。平成12年度調査と比較すると「きちんと区別が付く方法を考えた方が良い」は6ポイント増加しています。このことはとりもなおさず、ローマ字表記の乱れというかあるいは揺らぎといったようなことを問題視する人が増えていることを表しているのではないでしょうか。

%

区別が付かなくても構わない(気にならない)

きちんと区別が付く方法を考えた方が良い

どちらとも言えない

分からない

平成22年度

14.7

76.6

5.1

3.6

平成12年度

15.2

70.8

7.0

7.0


 この問題の背景には、日本語には「正書法」というものがないことが上げられると思います。正書法とは、その国の言語を文字で記述する際の統一されたルールのことですが、日本語にはそれがないのです。

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 長音の表記を明確に分けないために生ずる「小野」と「大野」の問題は、Katoと書いたときに「加藤」か「賀戸」か区別が付かないことも同じことですし、このような例は際限なく出てきます。では、いったいどのように書いたら読みやすいと思うのかという質問もしています。
 「地名のローマ字表記(神戸・大阪)について,どの書き方が読みやすいか。」という質問に、過半数の人が「Kōbe」(56.9%)、「Ōsaka」(53.0%)と回答しています。平成12年度調査と比較すると「Kōbe」は17ポイント、「Ōsaka」は15ポイント増加しています。いっぽうで、「Kôbe」は11ポイント、「Ôsaka」は7ポイント減少しています。

<神戸>

%

Kōbe

Kobe

Kôbe

Koobe

Koube

Kohbe

どちらとも言えない

分からない

平成22年度

56.9

10.8

8.0

1.5

11.6

3.3

2.4

5.4

平成12年度

40.1

14.2

18.8

2.0

9.6

2.3

2.9

10.1

 

<大阪>

%

Ōsaka

Osaka

Ôsaka

Oosaka

Ohsaka

どちらとも言えない

分からない

平成22年度

53.0

19.6

8.4

6.7

4.4

2.1

5.7

平成12年度

38.0

23.3

14.9

7.3

3.5

3.0

10.0



 この結果からわかることは、のばす音の上にアクサン(アクセント符号)である」あるいは「」を乗せる書き方が好まれているということです。そもそもOnoKatoにみられる混乱は、ヘボン式ローマ字では長音に対してとくに何もつけないところから生じた問題であり、よくも長い間放置してきたものだとあらためて思います。

 そこで現在、国際日本語学会日本ローマ字会で提唱しているのが、長音を直前の母音字を重ね書きしてあらわすことです。たとえば、バレーボールは「bareebooru」となりますが、これはいかにも冗長な感じが拭えません、いかがでしょうか。また、今回の調査結果をみても、「Koobe」「Oosaka」の支持率は低いのです。日本ローマ字会では、文字の上に」や「の記号をつけないので、インターネットや携帯メールで便利ではないかと強調していますが、なんとなくピンと来ない感じなんでしょうね。

 日本ローマ字会の考え方は、ドイツ語で母音の上に「¨」を付けるウムラウトやエスツェットßを廃止したドイツ語新正書法とも共通するものだと思います。

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 ドイツ語新正書法では、「ß」を「ss」に変更し、また、ウムラウトは母音の上の「¨」を取ってそのあとに「e」を付け加えることで代替してよいとされました。われわれのようにドイツ語のキーを自由に使えない者がワープロを打つときは楽になりました。
 通常のアルファベット以外の特殊文字をわざわざ用意するのは経済的ではありません。







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ローマ字表記の揺らぎ

加 藤 良 一   2011年9月27日