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   科学コラム Science column


A   アレルギー

 



 卵のコレステロールと同様に、卵とアレルギーは、健康障害に関する大きなテーマです。ウェブサイトでも、卵アレルギーに関する記述はたくさん見つかります。ただ、ちょっと意外に思ったのは、卵アレルギーになった後の対応、お子様のケアについての記載は多いのですが、卵アレルギーに罹らないようにするための注意はあまり見られませんでした。

 私はアレルギーの専門家ではないし、医者でもありません。このようなテーマで書くことは、あるいは皆様をミスリード(間違った指導)することになって、いけないことかも知れませんが、これはコラムで、医学書ではありませんから、一つの経験談としてお話しましょう。

 それは四十数年前に出合った産婦人科医であり、小児科医でもあるヘスラー先生の話です。私の長男と次男はアメリカ(ミネソタ州)で生まれたのですが、この二人の子供を取り上げ、何も知らない私たち、若い夫婦の育児指導をして下さった方がヘスラー先生です。離乳食について、先生がもっとも強調したことは、「生後10ヶ月まで、卵を食べさせるな」ということでした。


 四十数年まえ、アメリカのドラッグストアには、乳幼児の離乳食、補助食、ジュースなどの缶詰や瓶詰がたくさん並んでいました。生後1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月・・・6ヶ月・・・のように、成長に従って異なる幼児食があって、その一つ一つに卵が入っているか否かも表示されていました。私たち夫婦は、ヘスラー先生の指導で、ドラッグストアで買う離乳食は、すべて“卵は入っていない”表示を確認しました。もちろん、日本に帰って生まれた3人目の子供も同様に育てました。3人とも食物アレルギーはありません。

 ヒトは外部から栄養素を取り入れて、それを消化、吸収、代謝することにより、体の構成成分や、エネルギーとして利用しています。栄養素とは、もちろん、糖質、脂質、たんぱく質、ビタミン、ミネラルですが、この中でたんぱく質は強いアレルギー反応を示す物質です。スズメバチに刺されて死ぬ人の多くは、過去にもスズメバチに刺されたことのある人で、よほど大量でない限り1回刺されただけで死ぬことはありません。2回目で死ぬのは蜂の毒素というよりも、アナフィラキシーショックで、それはアレルギー反応です。スズメバチの毒素が刺されたことで体に入り、2回目に刺されたときにアレルギー反応を起こすのです。

 卵のたんぱく質であっても、食べるのではなく、注射をすれば同じことが起こります。例えば少量の卵をヒトに注射しても、1回目で死ぬことはありません。しかし、2〜3週間後にもう一度、卵(正確には卵のたんぱく質)を血管に直接注入すれば、間違いなくアナフィラキシーショックを起こします。たんぱく質を食べたときと、注射をしたときの違いは、消化器官を通るか、通らないかの違いです。食べた卵のたんぱく質は、消化器官(胃や小腸)で消化(分解)されてアミノ酸に変わります。アミノ酸はアレルギー反応を起こしません。注射した場合は、直接、たんぱく質が体の中に入るので、これが原因となってアレルギー反応を起こすのです。


 生まれたばかりの赤ちゃんは、まだ、消化管が未発達で、母乳以外の食べ物を十分に消化できないのです。このような時期に、卵を与えると、食べる量にもよりますが、卵のたんぱく質は十分に消化されないまま体に入って、アレルギー反応を起こすことが考えられます。卵を注射したときと、もちろん同じではありませんが、未消化のたんぱく質が体の中に入る可能性があるということです。

 離乳食は、一般に生後5〜6カ月あたりから少しずつ始めます。その離乳食を始める初期の段階で、卵かけご飯(特に生卵)を与えるのはとても危険だと思います。四十数年前、ヘスラー先生が、私たち夫婦に「卵は生後10ヶ月まで食べさせるな」と言っていたのは、乳幼児の消化器官が十分に発達するまで、アレルギーの原因になる卵タンパク質を食べさせないように指導してくれたものと思います。 



追伸 ウェブサイトで、「お母さんが卵を食べると、子供が卵アレルギーになる」といった記述を見ましたが、これはミスリードですね。お母さんが卵を食べても、卵のたんぱく質は、お母さんの消化管でアミノ酸に変わります。食べた卵のたんぱく質が、お母さんの体や母乳に含まれることはありません。母乳が原因で、赤ちゃんが卵アレルギーになることは絶対にありません。もし、お母さんの体(母乳)に、アレルギー反応を起こす卵のたんぱく質が入るとすれば、お母さん自身が、アナフィラキシーショックで死んでしまうでしょう。

 

2016年4月2日



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