Novel 4


《覚醒イベント後、リューガの変前》


ロストールの広場を抜けると、石を敷き詰められた広い道の先に壮麗なリューガ家の屋敷が目に入る。一体、この光景を何度目にしたことだろう。それなのに今日は、胸にわだかまる重苦しい感情が、ジルの足取りを遅らせている。すっかり顔見知りとなった門番が、ジルを認めて遠くから頭を下げる。

その姿が、ジルに一週間前の出来事を彷彿とさせた。




門の前で意識を失い倒れている門番と、その側にひざまずいて様子を調べるゼネテス。様子がおかしいことに気が付いて館に入った二人を、むせ返るような強い香りが包む。さらに奥に進んだ二人が目にしたのは、エリスの配下であるツェラツェルがレムオンの寝室で香を焚く姿だった。

新月の香。通常の人間にはただの香に過ぎないが、ダルケニスにとっては強力な覚醒作用があるという。吸血種族であるダルケニスは、人間達からは深く忌避され、また畏怖されている闇の眷属だ。

ロストールの大貴族であるレムオンにとって、ダルケニスであるという秘密を握られることは決定的な破滅を意味する。宮廷内でレムオンと熾烈な権力闘争を繰り広げるエリスが、政敵であるレムオンを陥れるために、配下を使ってその秘密の確証を得ようとしたのだ。

結局は、ゼネテスの機転で、エリスはその政敵を完全に排除することはできなかった。しかしそれ以来、ファーロス家とリューガ家の対立は決定的となっている。どちらかが倒れるしかない。エリスもレムオンも、そう確信しているようだ。



・・・それにしても、まさか、レムオン様がダルケニスだったなんて。



新月の香の覚醒作用で、ジルの目の前でレムオンは見る間に姿を変えていった。長い金の髪は、まさに月光のような銀の髪へ。そして濃い色の瞳は、血のような緋の瞳へと。

だが、ジルが最も辛く感じたのは、彼がダルケニスだったことではない。

抜き放たれた二本のバトルブレードの刃が、蝋燭の光を受けて冷たく輝く。ダルケニスであることをジルに知られたと気付いたとき、レムオンは迷わずその剣を抜いた。言葉もなく立ち尽くすジルをしばらく凝視して、やがて剣を収める。

声をかけようとしたジルに、レムオンは出て行けと言葉を投げた。



例えダルケニスだろうと、助けになりたい。



その言葉を飲み込んで、ジルは部屋を後にした。閉じられた扉は、持ち主の心を象徴しているようだった。





重い溜息をついて、ジルは館の入り口をくぐる。平和で楽しい時は過ぎ去り、今や時間と歴史とが激しくうねりながら流れ、彼女を飲み込もうとしている。たった一つの選択を間違えれば、全てを失う。そんな焦燥感と不安が、心をさいなんでいた。どうすればいいのかわからない。それでも、何かをするしかなかった。

「ジル様。」

出迎えたセバスチャンの顔にも、普段は見られない不安そうな表情が浮かんでいる。

「・・・こんにちは。」

「ジル様のお耳にはすでに入っていることと存じますが。リベンダムに布陣する青竜将軍カルラが、ロストール攻略を発表致しました。」

知っているというしるしに、大きく頭を下げる。

「レムオン様は、貴族の皆様をまとめられてこのたびの戦には出ないとおっしゃられております。そのため、ゼネテス様がファーロス家の兵のみで出陣なさるとか。私は政治のことはわかりませんが、今回はレムオン様が間違っておられると思います。」

「ええ、だから私もここに来たんです。レムオン様と話がしたくて。だけど・・・。」

「レムオン様は、どなたにもお会いにならないとおっしゃっています。」

予想した答えに、がっくりとうな垂れる。

「・・・ですが、ジル様が無理にお通りになるのであれば、私におとめすることはできません。」

「え?」

今度は予想していなかった答えに、あわてて顔を上げる。

「レムオン様の行動を止めることができるのは、ジル様だけだと思います。」

「あ、ありがとうございます。」

かすかに見えてきた希望の光に、新たな力が湧く。

「こちらこそ、レムオン様をお願い致します。」

深々と頭を下げるセバスチャンに、もう一度礼を言うと、ジルは屋敷の奥の執務室へと急いだ。





重厚な扉の前に立って、ジルは一度生唾を飲み込む。意を決して扉を叩くと、乾いた木の音が響く。

「誰だ。」

苛立ちが混じる、鋭い声が応じる。

「私です。ジルよ。」

中で立ち上がり扉に近づく気配がする。扉を開けて現れたレムオンの姿に、ジルは小さな驚きを隠せずにいた。いつも丁寧に整えられた髪がほつれ、幾筋かの金髪が顔に落ちている。目の下のくまは、もう幾日も安眠を得られずにいる証拠に違いない。何よりも変わったのは、何かに飢えたような視線を彷徨わせるその瞳だった。鬼気迫る、という言葉が相応しい姿に、ジルは痛々しい思いで眉を寄せる。

「誰も入るなと、言っておいたはずだが。」

「セバスチャンさんが止めたのを、私が無理に通ってきたの。」

「・・・お前も、説教に来たのか。」

辟易したように溜息をつくレムオンに、ジルがゆっくりと頭を振る。

「私はただ・・・。話がしたかったの。」

「話すことなど、何もなかろう。」

「レムオン様が、国内の貴族をまとめて出兵拒否をなさっていると聞いたわ。」

「事実だ。」

「それは・・・本当にレムオン様はそれでいいの?今は、ファーロス家もリューガ家も力を合わせてディンガル帝国に立ち向かうときだと思う。」

「・・・相変わらず、甘いな。エリスは俺を排除しようと必死になっている。こちらが先に手を打たなければ、間違いなく俺が消される。ファーロス家と和解することなどできない。」

「だけど・・・。」

「貴族どもをまとめて出兵拒否させることに成功した。ファーロス家の兵力だけで、ディンガルの大軍に対抗することはできない。ゼネテスが敗戦すれば、あとは孤立無援のエリスだけだ。・・・もし万が一戦いに勝ったとしても、そのときは別の手を打つまでだ。」

「ファーロス家とリューガ家の戦いのためにロストール王国をディンガル帝国に明け渡すの?レムオン様は本当にそれでいいの?」

「ロストール王国をリベンダムの二の舞にするつもりはない。王都守備軍を預かる俺が、この国を守り抜く。」

「それで、国のために戦うゼネテスさんを見捨てて、ロストールの支配下の街道沿いの町も見捨てて、ファーロス家と争うの?」

ゼネテスの名を耳にした途端に、険しいレムオンの顔にさらに剣呑な色が浮かぶ。

「・・・カルラとて馬鹿ではない。降伏した町を蹂躙するような真似はしまい。大体お前はわかっていないのだ!ファーロス家とリューガ家は長年、存亡をかけた対立を続けてきた。どちらかが倒れるしかない、そう運命づけられていたのだ。」

「運命は変えることができるわ。ファーロス家とリューガ家は手をとってディンガル帝国に対抗することができる。レムオン様が・・・。」

「そんなにゼネテスを助けたければ、好きにすればいい。」

冷たく吐き捨てられた言葉に、胸が凍る。

「・・・違う。」

言葉が見つからず、頭を大きく振る。

「・・・カルラが陥落したリベンダムを見たわ。きれいだった街並みは舗道がはがされて、屋敷も跡形もなく破壊されて。都市の象徴だった魔法仕掛けの時計も止まっていた。ロストールはレムオン様の国でしょう。私はレムオン様の国を守りたい・・・!レムオン様を助けたいの!!」

「・・・・・・。」

不気味な沈黙が、部屋に広がる。

希望と絶望が入り混じって、心の中を食い尽くしてゆく。

「・・・ジル。」

ようやく名前を呼ばれて、ジルは幾ばくかの期待を抱いて顔を上げる。

「参戦するというのであれば、止めはしない。」

「・・・レムオン様。」

「そうするのであれば、もはや妹でもノーブル伯でもない。この屋敷にも二度と足を踏み入れるな。」

「・・・。」

心を引き裂かれるような言葉に、ジルは小さく後ろに下がる。何も考えることができないままに、ふらつく足取りで部屋を後にする。

音を立てて、彼女の後ろで扉が閉まる。彼女を拒絶するレムオンそのままに。その無機質で非情な音が、大きな棘となって胸に突き刺さる。

「・・・っ。」

うつむいたジルの目から溢れた涙が、頬から鼻を流れてぱたぱたと絨毯に吸い込まれてゆく。扉に背をもたれたまま、力を失った体がずるずると床に崩れ落ちる。

膝を抱えた腕に顔を埋めて、ジルは声を出さずに泣き続けた。


リューガの変を起こすに到ったレムオン様のお話を書いてみたかったのです。やっぱり、ティアナ王女のこともあるけど、エリス王妃との対立があり、ダルケニスのことがあり、ゼネテスとの対決もあり、それが複合したから反乱を起こしたということですよね〜。ゲームでは、ストーリーの進行によってダルケニスイベントとは関係なく、単にレムオン様がティアナ王女に振られて反乱を起こすことにもなるんだけど(ゼネ−主の親密度>レム−主の親密度の場合)、そのシナリオはちょっとです〜、と思って書いてみました(笑)。


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