Novel 3

《第一次ロストール戦後A》



ティアナへの秘慕の独白を聞いて以来、何とはなしに遠ざかっていたリューガ家の屋敷。その門を少し気まずい心境でくぐったジルを待ち受けていたのは、若き有能な執事の意外な言葉だった。

「・・・私が、この屋敷に泊まる?」

「えぇ。ジル様は、エスト様からのご伝言をお受け取りにいらしたのでしょう。」

セバスチャンの言葉に、ジルが頷く。

「レムオン様は、七竜家当主のお集まりで遅いご帰宅とのこと。ジル様にお泊り頂ければ、

明日の早朝にご伝言をレムオン様からお渡し頂けることと存じます。」

「・・・でも、お兄様は・・・。」

「きっと喜ばれることと存じます。ジル様とお会いになるのを楽しみにしているご様子でしたから。」

にこやかなセバスチャンを見ながら、どこまで二人の間のことを知っているのだろうかと考える。あるいは、何もかも承知しているのかもしれない。万事に抜かりのない忠実な執事の顔を見ながら、ジルは頷く。

「・・・ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。」



宿泊用にと通されたのは、先代のエリエナイ公爵夫人、すなわちレムオンとエストの母の私室だった。

―――いや、レムオンの母は・・・。

謁見の間でエリス王妃が示した手紙を思い出す。先代のエリエナイ公が、夫人以外の女性に産ませた子供がいることを示す手紙。エリス王妃に問い詰められたレムオンは、ジルが先代のエリエナイ公の隠し子であると述べ、そのためジルはノーブル伯に任命されることになった。しかし、自分がエリエナイ公の隠し子などではないことは、もちろん明白だ。そうであれば、レムオンが先代のエリエナイ公の隠し子であることはほぼ間違いない。彼がふと漏らした致命的な秘密も、その出生にまつわる秘密なのだろう。

―――だけど、隠し子であることが致命的な秘密になるのかしら・・・。

首をひねりながら、公爵夫人の部屋にしては簡素で落ち着いた部屋を見渡す。壁に掛けられた家族の肖像画。厳格そうな背の高い男性と、優しげなエストに良く似た女性、そして少女のように可愛らしい顔をした二人の少年。少年達に目をやって、ジルは小さく微笑む。背の高い方の目つきの鋭い少年がレムオンに違いない。すると、これは彼が幼い頃の家族の肖像画なのだろうか。その絵を除き、ほとんど装飾品らしき物もない。



手持ち無沙汰で、ジルは部屋を歩き回る。こんなに広い部屋に一人でいたこともなかったから、どこか落ち着かなかった。貸してもらった純白の寝着に青のローブを羽織ると、ジルはそっとベランダへと滑り出た。



驚いたのは、ジルだけではなかった。隣のベランダで外を見上げていた人影も、一瞬驚いたように身体を揺らした。

「ジル・・・。」

「お兄様・・・。」

「・・・屋敷に来ていたのか。」

「あの、セバスチャンさんに。ええと、エストさんの伝言を受け取ろうと思ったんだけど。今日はお兄様が遅いから泊まって明日の早朝に会うようにって勧められて・・・。」

言い訳がましくなる口調に、レムオンがくすりと笑う。

「別に責めているわけではない。次から、ロストールに寄った時は屋敷に泊まればいい。セバスチャンに伝えておこう。」

「ありがとう。」

「別に、礼を言うことではない。お前は、ノーブル伯だ。・・・家族の一員なのだからな。」

レムオンの言葉の意味を測りかねて、曖昧に頷く。それでも、自然に受け入れられたことに暖かな気持ちになる。傍らのレムオンと同じように、夜空を見上げる。満月というには、少しだけ欠けた月が二人を見下ろす。



話題を見つけかねて、ジルは沈黙する。王宮の話をしてもティアナ王女のことを蒸し返すような気がするし、冒険の話もこの静かな月明かりの中にはそぐわない気がする。夜風に吹かれた沈黙も心地良いと感じ始めた頃に、レムオンが口を開いた。



「その服を見た瞬間、義母が現れたのかと思った。」

レムオンの言葉に、疑問が氷解する。物の良い清潔な服だが、新品ではないと思っていた。では、これはこの部屋の持ち主の服だったのだ。

「お母様?」

「・・・・・・俺の母ではない。エストの母だ。お前にはもう察しがついているのだろう。」

微笑を浮かべるレムオンに、ジルが頷く。

「どんな方だったの?」

「そうだな・・・。エストに似て、優しい女性だった。俺が実の子ではないと知りながら、よく俺のことを励ましてくれた。俺には実力があるといってな。実の子であるエストを差し置いて、当主の座にと勧めたのも義母だ・・・。」

月夜の魔法かもしれない。冷血の貴公子と称される彼の心を幾重にも覆い隠す固い鎧が、月光の中で緩やかにほどけていくようだ。ティアナ王女への思慕、出生の秘密。そんな様々な心の重荷をすべて曝した時、どんな素顔を見せるのだろうか。

「お義母様は、あなたを愛して下さっていたのね。」

「・・・そうだな。だが、義母が亡くなる時・・・。・・・いや、何でもない。」

レムオンが、小さく頭を振る。開きかけた心の扉が、閉ざされる。それを無理に開けようとは思わなかった。

ジルは、夜空を見上げる。



「月が、綺麗。」

「そうだな。・・・満ちて行く月というのは、悪くない。」

「もう少しで、満月ね。」

呟くジルが、夜風に身体を震わせる。レムオンが、ベランダ越しに手すりに置かれたジルの手をとる。

「ずいぶん冷えているな。そろそろ部屋に戻った方がいい。・・・風邪など引いて、ギルドの仕事にでも失敗したら恥だからな。」

素直に心配を表せないレムオンの言葉に、ジルが小さく笑う。気を害したらしいレムオンが、眉をひそめる。

「何がおかしい。」

「いえ、うれしかったの。・・・心配してくれているのでしょう?」

「・・・そうだな。お前は、大事な・・妹だからな。」

疑問に思う時間もなかった。レムオンがジルの手を持ち上げると、そっと手の甲に口付ける。柔らかい乾いた唇の感触と暖かい吐息が、ふと手を掠めた。

「では、お休み。妹君。」

呆然とするジルを残して、レムオンが自らの部屋へと姿を消す。

後には、柔らかな月の光が無言でジルを包んでいた。


セバスチャン。私的には、以心伝心でレムオン(とエスト)の希望を叶える人っていう感じ。なので、親密度が上がると、ジルに宿泊を勧めるかなと思いましたです(笑)。タルチュバイベントとか、エストEDを見ても、ほんっとに100%邪心のないいい人だなって感じです。エストもね〜。リューガ家いいなぁ(笑)。エストの母亡き後は、二人のお母さん的存在でしょう(それにしては若いけど)。

それにしても、レムオン様が、貴族がよくしているようなお帽子をして、ネグリジェを着て寝てたらちょっと可愛い。いや、この人も鎧で眠るんだろうなぁ、ジルオール世界のルールだからな(爆)。ダルケニス覚醒イベントを見ると、確かに貴族もいつなんどき侵入者に襲われるかわからないから、それが正しい姿なのかもしれませんが(笑)。
 



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