つばめが飛んだ空 1
Written By 桜 月桂樹さま
────女生徒の泣き声が遠くに聞こえる。
それはこの季節特有で、舞い散る薄紅色の花びらも別れを惜しむ言葉も
パステルカラーの花束も、みんなこの季節だけのもの。
「…よくもまあ、あんなに泣いて涙が涸れないものだな…。」
まだ弱い春の日射しを鋭くはじいている眼鏡のレンズの奥の冷静な
眼差しが、軽くため息をつく。その言葉は別に誰に投げかけた訳でもなくて、
矢代はズレてもいない眼鏡を軽く指先でかけ直した。
「女のコってのはデリケートなの。オレでさえわかんないコトが
矢代ちゃんにわかるワケないじゃ~ん?」
「…どういう意味だよそれ?」
そしていつもの通り矢代の隣には「心」友・萩本の姿があって、いつもの
とおりに洒落にならない会話を繰り広げている。
矢代の言葉は疑問形だったけど、別段答えが欲しい訳ではなかったらしい。
憮然とした矢代の表情といつもの通りの人懐っこい笑顔を浮かべている
萩本の表情は対照的で、それが却って今までの日常の延長上にあるかの様に見せる。
「…それにしても、色気ないね~オレ達。
あーあ、もう碧ちゃんにも会えないのかぁ。淋しいねぇ。」
「お前の口からその言葉を聞いたことが信じられないよ。」
「でもいいの、オレには矢代ちゃんがいるから☆」
「きっ……気色の悪いこと言うなッ!!」
いつものように怒鳴り飛ばされて、萩本がすたこらと頭から湯気を
噴きそうな勢いで怒っている矢代から逃げ出す。
「でもね、オレは矢代ちゃんとは決定的に違うよ!
こんなチャンス二度とないからな、ここで告らなきゃ男がすたるってモンよ!!」
いきなり大きな声でそう宣言した萩本の言葉を、矢代がすぐには
理解できなくて言葉をなくし切れ長の瞳をまん丸くして、事も無げに
言い放った友人の顔を見つめる。
その語調も表情もまるで冗談でも言っているかのようで、にわかには
信じられない───矢代のそう言いたげな様子に、今の今まで笑っていた
萩本が少しだけ憮然とした表情をしてみせた。
「…ヒドいねぇ矢代ちゃん。キミに碧ちゃんがいたように、オレにも
"オレの天使様"がいるんだぜ。」
「い、い、いったいだれっ?」
…矢代の語調が、驚きのあまりにひらがなになっている……。
「ナ、イ、ショ☆」
「だ、だ、誰なんだいったい相手はッ!?」
…矢代は相当動揺しているらしい、まだどもっている……。
だけど萩本は彼のそんな様子に満足したらしい、待ってましたとばかりに
いきなりポーズを取って人目も気にせずに声高らかにひとりの世界に入っていった……。
NEXT