2006.4.3.  足環は本当に安全なの?PART3


 
  BIRDER 4月号, p.59, 文一総合出版(2006)

 

雑誌『BIRDER』2006年4月号を買ってきて唖然としました。59ページの「標識リングは重いのか?」というバンダーによる記事を読んだからです。バンダーは、こんな知識で「足環には悪影響は無い」と考えているのでしょうか。呆れます。

内容を要約すると次のようです。

ツバメに装着するリングの重さは約0.05g。それに対してツバメの体重は10g。リングの重量は体重の0.5%になる。これを体重60kgの人間に当てはめてみると300gの重さのものを体につけられたことになる。平均的な重さの携帯電話3個分くらいである。

軽くない負担に見えるが、それは「大きさ効果」を考えていないからである。例えばアリは自分の体重の何倍もの餌を持ち上げることができるが、ゾウは自分の体重と同じ重量のものを持ち上げられない。この理由を「大きさ効果」で説明できる。体長が2倍になると、面積はその二乗の4倍になるが体積は三乗の8倍になる。筋力は筋肉の断面積に比例するので力は4倍になる。一方、体重は体積に比例するので8倍となって、力が4倍になっても体重が8倍なので、差し引きで力は逆に半分になるわけだ。

この「大きさ効果」で人間とツバメを比べると、ツバメは人間より18.2倍力持ちと言える。これを元に考えると、ツバメに着ける足環は、人間に16.5gの重さ---十円玉4個分---の物を装着されたこととほぼ同じである。

 

このように説明されています。これを読んで「なるほどな」と思った方は数字のマジックに騙されています。もっともらしく「算数」を使われると、人は「なるほどな」と思ってしまいますね。この場合は重大な仮定が欠落しています。「大きさ効果」を使って人間とツバメで、体重と筋肉の断面積の関係を比較するなら、人間とツバメは同じ骨格を持ち同じ筋肉のつき方をしているという仮定が必要になります。哺乳類である人類と鳥類であるツバメに、この仮定が成り立つでしょうか。そんなはずありません。骨格も筋肉のつき方もまるで違いますから。

ツバメは空を飛べますが人間は飛べません。これはツバメが人間より18.2倍力持ちだという「大きさ効果」で説明できるでしょうか?できませんよね。そもそも筋肉の量が桁違いなのです。鳥は空を飛ぶために胸の筋肉(大胸筋)が大変発達しています。この大胸筋は体重の1/4をも占めるのです。一方人間はどうでしょうか?体重60kgの人間に15kgもの大胸筋がついていますか?あり得ないでしょう。人間が鳥と同じ翼をつけて羽ばたいても飛べないのは筋肉量が圧倒的に違うからなのです。

次に脚のまわりの筋肉を比較してみましょう。人間は直立二足歩行ができます。いえ、歩くどころが走ることもできます。これは、お尻,もも,ふくらはぎ等の脚のまわりの筋肉が発達しているお陰です。一方ツバメはどうでしょうか。言うまでもありませんね。

 


Manual of Ornithology , p.289, New Haven : Yale University Press, 1993 

 

このように、骨格構造や筋肉構造の全く違うツバメと人間に「大きさ効果」をあてはめて議論すること自体、まったくのナンセンスであると私は考えます。ツバメの脚を見て下さい。いったいどれほどの筋肉がついていますか?お尻がもっこりしていますか?ふくらはぎにあたる部分がふっくらしているでしょうか?仮に「大きさ効果」があったとしても、それを打ち消してしまうほど鳥の脚の筋肉量は人間より少ないのです。つまり、人間が携帯電話3個を脚にくくりつけられて永遠に暮らすよりも大きな負担があると容易に想像できます。

足環はフンより軽いので影響無いとう論文といい、この記事といい、いささか呆れております。我が国の鳥類学とは、こんなことがまかり通る世界なのでしょうか。鳥は飛び立つ前にフンをします。これはフン1つ分でも軽くしたいからでしょう。飛ぶために極限まで体を軽く進化させ、さらにその上、飛び立つ前にフンをしなければならない---鳥にとって「重さ」とはそれほど切実な問題なのです。このことを軽んじる人が標識調査に携わっているとは……。

 

また、足環の負担は重さだけではありません。足環を着ける調査では、これだけの負担を野鳥に強いているのです。

●かすみ網にかかった時の負担---網にかかると、逃れようと本能的に暴れます。これによって体力を消耗します。骨折、ショック死などもあるようです。

●かすみ網にかかったままで放置される負担---網にかかってもすぐには外してもらえません。少なくないストレスがかかります。直射日光が当たったり風があったりしたら、体力の消耗も急激に進むでしょう。

●かすみ網から外される時の負担---網から外される時=人間に触られる時です。少なくないストレスがかかります。すぐに外れないときは、さらに大きなストレスがかかります。

●計測される時の負担---翼を広げられたり押さえつけられたりします。大きなストレスがかかるでしょう。

●写真撮影時の負担---たいへん大きなストレスがかかるでしょう。

この事実を忘れてはいけません。また、足環が繁殖に影響するというデータもあるし、実際に怪我をしている鳥がいるのです。同じ鳥類でも、種によって脚(足)のデリケートさも違うはずです。足環の摺れに対する耐性を検討したことはあるのでしょうか。あるいは足環が生活に影響する種もあるはずです。

足環が果たして安全なのか、野鳥の生活に影響しないのか、これらを検証するには、種ごと追跡調査が必要でしょう。それができないなら、足環を着ける調査は安全だとは言い切れないと思います。

 

最後にもう1点。この記事には、ツバメの「調査によって、台湾との渡りのルートの解明を始め、いくつかの成果も得られている」とあります。これにも少し疑問があります。調査が、環境省のいう「野鳥の保護を目的にしたもの」であるなら、調査結果が野鳥の保護につながって初めて成果と呼べるのであって、渡りのルートが解明されたのは「経過」なのではないでしょうか。また、ツバメについては渡りのルートはすでに解明されたわけですね(再回収が多いのですから)。だったらいまだに多くのツバメを捕獲して足環を着け続ける必要はあるのでしょうか。足環を着け続けて新たに得られる知見とはどんなものがあるのでしょうか。

さらに、「野鳥の保護を目的にしたもの」であるなら、ねぐらにやってくるツバメたちを一網打尽にして捕獲することは、保護という目的に逆行するのではないでしょうか。なぜなら、調査が、貴重な「安心できるねぐら」をツバメたちから奪っているのではないかと考えるからです。