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PIXAR作品「カーズ」特集ページ

更新履歴:

2006/7/10 特集ページ新設

2006/7/30 「ドライバーと車」にフラッグマンを追加、「こだわりのレース描写」にマックィーンのジャンプを追加

2006/9/18 「実際のレースと違う点」にマフラーを追加

 2006年7月1日公開、ピクサー・アニメーション・スタジオのフルCGアニメーション映画「カーズ」(Cars)は、レースカーが主人公。モデルとなっているのはNASCARのレースとマシンです。

 長編第1作の「トイストーリー」、いや短編の「ルクソーJr.」からのピクサーファンで、アメリカのレースのファンである私にとっては、もう楽しくて仕方がない作品でした。車のディティールにこだわったモデリングや、擬人化しつつもとても車らしい動き。さらにレースの展開やサーキットの雰囲気などにもこだわりがみられ、レースファンからの視点でも大満足でした。しかし心配になったのは、一般の観客に、レースの描写がどこまで理解出来るのだろうかということです。そこでこの素晴らしい作品を、主にレース関係を中心に解説してみます。このページの用語自体が判らないという方は、このサイトの用語辞典のページをご覧下さい。

 尚、ここをご覧になる方はもう映画を観られた方が多いと思いますが、未見の方のために劇中のレースの結果は書かないつもりです。

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--モデルとなったドライバーや車等--

レースのシリーズ

 モデルとなったレースはNASCAR(ナスカー)ネクステル・カップです。NASCARは主催している団体の名前で、地方のシリーズなど年間数百に及ぶレースを主催しています。ネクステルカップは、その中でも最高峰のシリーズ、いわば全米選手権で、野球で言えば大リーグに当ります。ネクステルとは冠スポンサーとなっている通信関係の企業名で、2004年からこの名称になりました。1970年から2003年はウィンストン・カップ(ウィンストンはレイノルズ・タバコ社のブランド名)と呼ばれていて、映画で使われている「ピストン・カップ」は、ウィンストンのもじりだと思われます。

 ちなみに映画のパンフレットや紹介記事などに、後述するリチャード・ペティの経歴で「7度のネクステル・カップ・チャンピオン」という記述が見られますが、彼がチャンピオンになったのは64年から75年に掛けてですから、これはちょっと正確とは言えません。

<外部リンク>

NASCARの公式サイト

 

ドライバーと車

 ライトニング・マックィーン:主人公のルーキー・レースカー。名前は、名優でありレースドライバーとしても活躍したスティーブ・マックィーンから取られていると思われます。ちなみに映画の中で、マックィーンとメーターが畑の中でコンバインに追われるシーンがありますが、これはスティーブ・マックィーン主演の「ハンター」の1シーンのパロディだと思われます。(マックィーンの名前については、2002年に亡くなったピクサーのアニメーター、グレン・マックィーンにもちなんでいるそうです。)

 車の形は特にモデルはないそうですが、現在ネクステルカップに出場しているマシンの一般的な形ということになっているようです。現在ネクステルカップには、シボレー・モンテカルロ、フォード・フュージョン(昨年まではトーラス)、ダッヂ・チャージャーの3車種ですが、一番似ているのはモンテカルロでしょうね。ライトの辺りはチャージャーも似てるような気がします。

<外部リンク>

シボレーのフォトギャラリー

フォードレーシングのNASCARのページ

ダッヂのモータースポーツページ

 

 キング:ピストン・カップ史上最多勝を誇る、レース界の伝説。これは、声優も勤めているリチャード・ペティの経歴そのままです。実際のペティは、他の追随を許さない200勝を挙げ、7度チャンピオンに輝いています。(7度のチャンピオンはデイル・アーンハートが94年にならびました。F1ではミハエル・シューマッハが7度チャンピオンになっています。)

 マシンは、パンフレット等にもある通り、彼が70年に駆ったプリマス・スーパーバード。ちょっと見るとおもちゃの様なデザインで、アニメ・オリジナルのデザインと思われるかもしれませんが、実際この形のまんまレースを走ってました。それだけでなく、くさび形のノーズや巨大なウィングは、市販車でもそのままの形で販売されていました。

 マックィーンやチックが憧れるキングの車の水色は、ペティ・ブルーと呼ばれるペティのイメージカラーです。ちなみにリチャード・ペティはオイルメーカーのSTPと71年にスポンサー契約をむすび、以降ペティのマシンはペティ・ブルーとSTPレッドのツートンカラーになります。ペティとSTPは30年以上に渡ってスポンサー契約を続け、これはスポーツの歴史の中で最も長く続いた関係だそうです。

 またペティ一家はスポーツ界でも特に珍しい4代続いたレース一家でした。リチャードの父親は、3度のNASCARチャンピオンであるリー・ペティ。息子は現役のNASCARドライバーで、通算8勝を挙げているカイル・ペティ。さらにカイルの息子アダムもNASCARのドライバーでしたが、デビュー間もない2000年5月、練習走行中の事故により19歳の若さで亡くなってしまいました。

 リチャードは、現在も自身のレーシングチームのオーナーで、息子のカイルとともにレース界で活躍を続けています。

<外部リンク>

ペティ・レーシング

70年型プリマス・スーパーバード

 チック・ヒックス:万年2位で、初のチャンピオンを狙う中堅レースカー。特定のモデルは無いらしいですが、ラジエーターグリルが口髭っぽいところで思い浮かぶドライバーといえば、テリー・ラボンテか、今は剃ってしまいましたが昔のデイル・ジャレットあたり。「万年2位」で思い浮かぶのは、20年以上のキャリアでチャンピオン経験無しながら、シリーズ2位4回、3位4回というマーク・マーティンでしょう。これだけチャンピオン争いを続けるのも大変なことですが、運がないのでしょうか?

 車のデザインも、特定のモデルは無く、80年代前半の代表的なデザインということですが、おそらくビュイック・リーガルあたりと思われます。リンクに用意した写真の先頭から2台目、カーナンバー33はハリー・ギャントですが、色のイメージからして近いのではないでしょうか。そういえばギャントもチャンピオン経験無しで、シリーズ2位1回、3位2回、4位3回という成績です。

<外部リンク>

テリー・ラボンテ公式サイト

デイル・ジャレット・公式ファンクラブ(髭をはやしていたころの写真もあります)

マーク・マーティン(NASCAR公式サイト)

ハリー・ギャント公式サイト

ビュイック・リーガル

 ダレル・カートリップ:レース中継の解説車。声優は、3度チャンピオンで現在はFoxのテレビ中継の解説でお馴染のダレル・ウォルトリップで、もちろん彼がモデルです。車は、76年のシボレー・モンテカルロ。

 字幕版なら、レースのスタート時に「ブギティ・ブギティ・ブギティ!」という叫び声が聞こえると思いますが、これはウォルトリップが実際にレース中継の時に叫ぶ掛け声。レースファンなら、「あー、いつもの中継と同じだー」となるわけです。

<外部リンク>

Foxのウォルトリップのページ

76年型シボレー・モンテカルロ

 マリオ・アンドレッティ:決勝レースの前にピット裏にいる、伝説のレースカー。声優とモデルは、もちろん本人のマリオ・アンドレッティです。マリオは、アメリカ人ドライバーの中では最も世界的に有名なドライバーと言えるでしょう。F1では、ロータスやフェラーリ等を駆り、78年にチャンピオンに。現在のチャンプカー(昔はインディカーと呼ばれていました。56年〜79年はUSACが、79年〜2003年はCARTが主催。79年は両者が主催した別々のシリーズがあるのですが、この辺りの事情は省略します。)で4度のチャンピオンに輝き、69年USACの一戦として行われたインディ500で勝利。NASCARでは、出走回数こそ14回と少なく勝利も1度だけですが、その1回が1年で最大のイベント、デイトナ500で67年に挙げたもの。車のデザインは、その67年のフォード・フェアレーンがモデルです。

 マリオのエピソードは、たくさんあって書ききれないのですが一つだけ。「カーズ」でドック・ハドソンの声を演じたポール・ニューマンは、元レーサーのカール・ハースと組んでニューマン/ハース・レーシングというチームを作り、チャンプカーに参戦していますが、このチームを結成した理由が、「マリオを走らせるため」というものでした。

<外部リンク>

アンドレッティ・ファミリー公式サイト(現在「カーズ」の話題がトップに来ています)

ニューマン/ハース・レーシング公式サイト

 ドック・ハドソン:ラジエーター・スプリングスの医師兼判事。その実体は元ピストンカップ3年連続チャンピオン。声優を務めるのは俳優にしてレースチームのオーナーであり、時には自らもレースに出場するポール・ニューマン。68年の映画「レーサー」(原題"Winning")でインディ500に挑戦するドライバーを演じたことでレースに興味を持つようになりました。余談ですが、ライトニング・マックィーンの名前の由来となった俳優のスティーブ・マックィーンも、車好きでレースに出場していた点で共通しています。スティーブ・マックィーンのレース映画といえば71年の「栄光のル・マン」(原題"Le Mans" )がありますが、彼の場合は車好きが高じてこの映画を作ったという点がポール・ニューマンとは違います。

 モデルとなった車は、NASCARで実際に51年から53年のチャンピオンカー、ハドソン・ホーネット。ちなみにドライバーは51年と53年がハーブ・トーマス。52年がティム・フロックです。確か映画の中では「年間27勝の記録を持っている」というセリフがあった気がします。実際のNASCARでも52年に27勝(全34レース)を記録していますが、メーカー別の年間最多勝記録は65年にフォードが挙げた48勝(全55レース)があります。

<外部リンク>

レジェンド・オブ・NASCARのハドソンのページ

フェビュラス・レースカーのハドソンのページ

 ジュニア:2度のレースの後や前に、それぞれ一言づつセリフのある8番のマシン。声優を務めているのはデイル・アーンハート・ジュニアで、車のモデルも彼自身のものです。彼の父親はデイル・アーンハートで、リチャード・ペティと並ぶ7度のチャンピオンですが、残念ながら2001年、デイトナ500のファイナルラップの事故で亡くなってしまいました。ジュニア自身はまだチャンピオンの経験はありませんが、近い将来きっとチャンピオンの座に上り詰めると思われます。

<外部リンク>

デイル・アーンハートJr.公式サイト

 

 ミハエル・シューマッハ:映画のラストに登場するフェラーリ。声は本人が演じていますが、これはレーサーとしてのシューマッハがオフに訪れたということなのでしょうか?映画の中でグイド(フィアット500)が「レースカー?フェラーリ!?」と言ったのに対して、マックィーンが「それはF1」という会話がありますから、あの世界でもF1はあるはず。ならばシューマッハはフェラーリのF1マシンで登場してもおかしく無いのに、オフはロードカーにボティを換装するのでしょうか?等と考えると良く判りません。というかそんな詮索は無粋ですね。

 カリフォルニア州知事:現職の知事、アーノルド・シュワルツェネッガーが声を演じています。車のモデルがハマーというのがイメージにぴったり。

 フラッグマン:スタート/フィニッシュライン上でフラッグを振るオフィシャル。モデルはフォードF150の1997年から2003年にかけて生産されたタイプ。実際アメリカのサーキットでは、このトラックがオフィシャルカーとして活躍しています。

 その他:最初のレースシーンで、2007年からNASCARネクステルカップに参戦予定のトヨタ・カムリが混じっていたらしいです。残念ながら私は気が付きませんでした。

 

サーキット

 アメリカではレーストラックと呼ぶのが一般的ですが、ここでは日本流にサーキットと表記します。

 映画の冒頭のレースの舞台となるモータースピード・ウェイ・オブ・サウスは、ブリストル・モーター・スピードウェイでしょう。いきなりナイトレースなので、驚かれる方もいるかもしれませんがアメリカではアメリカでは一般的で、NASCARネクステルカップでは年間5戦ほど行われます。そもそもアメリカでは町ごとにダートトラック(土の路面で1周800m程のオーバルコース)があり、週末の夜にはレースが行われています。NASCARで使われるサーキットでも、ナイトレースが行われるところにはコースを照らす照明が完備されているのは映画と同じです。実際のブリストルにも、もちろん照明設備はあります。

 ブリストルは、1周約0.5マイル(約800m)とNASCARで使われるサーキットの中でも短いものです。同様のサーキットにマーティンズビルがありますが、やはり形と照明設備から見てブリストルの方が近いでしょう。ただし、ブリストルで行われているのは500周のレースです。

 同じような形のサーキットで、映画と同じ400周のレースが行われているのはドーバー・インターナショナル・スピードウェイですが、こちらは1周が1マイル(約1.6km)です。 

 

 決勝レースが行われるのは、カリフォルニアという場所からみてカリフォルニア・スピードウェイとメモリアル・コロシアム(ロス五輪のメイン会場やNFLのレイダースの本拠地として有名。レイダースはオークランドに移転しましたが。)を組み合わせたものだと思います。

<外部リンク>

ブリストル・モーター・スピードウェイ公式サイト

NASCAR公式サイトのブリストルのページ

ドーバー・インターナショナル・スピードウェイ公式サイト

NASCAR公式サイトのドーバーのページ

カリフォルニア・スピードウェイ公式サイト

NASCAR公式のカリフォルニアSWのページ

 

こだわりのレース描写

 レースのスタート前には、「スタート・ユア・エンジンズ」というコールが掛けられますが、これは実際のレースと同じ。このコールで観客は一気にヒートアップし、スタートで最高潮に達する様子は良く描かれていました。NASCARはF1などと違い、ペースカーが先導してゆっくり走行して、ペースカーがピットに入りグリーンフラッグが振られるとスタートとなるローリングスタートとなります。その他、クラッシュが起きたらイエローフラッグが振られ、再びペースカー先導のスロー走行。事故の処理が終わるとグリーンフラッグで再スタート。ラスト1周になるとホワイトフラッグが振られ、ゴールでチェッカーフラッグという辺りもキチンと再現されていました。逆にこのあたりを現実と違うように描いてしまうと、アメリカの観客は混乱してしまうと思います。 

 最初のレースのゴール後、判定を待っている間、誰が表彰台に登るかやきもきしているシーンがありますが、NASCARでは表彰台に登れるのは優勝者のみ。ちなみに他のレースでは、日本やヨーロッパと同じく3位までが表彰されます。

 決勝レースでマックィーンだけがピットに入り、タイヤ交換と燃料補給をし、コースに戻るときにペースカーの前に戻れるかどうか焦るシーンがあります。これは実際のレースでもよく見られるシーンです。オーバル(楕円形の)コースではロードコースに比べ1周が比較的短いので、ペースカー先導のスロー走行でも、もたもたしているとすぐに周回遅れになってしまいます。レース前半でなら周回遅れになっても挽回する可能性が無い訳ではありませんが、それでも難しくなることに違いはありません。特に終盤になれば、優勝争いに残れるかどうかの瀬戸際です。ちなみに実際のレースではピットレーンの速度に上限があり、これより速いスピードで走るとペナルティとなり、レース再開後に再びピットインしなければなりません。こうなると周回後れになるのは確実で、そのレースの優勝争いからの脱落を意味します。

 ピット作業でタイヤを交換するとき、1つのタイヤ(とホイール)を外すのに5つのナットを外しています。F1や他のほとんどのレースでは、素早くタイヤ交換できるようにナットが1つのものが使われていますが、NASCARではなるべく市販車に近いかたちという方針から、市販車と同じ5つナットのホイールを使用しています。映画ではフォークリフトがピットクルーなので登場しませんが、実際のNASCARでは手動のジャッキで片側づつ車体を持ち上げます。このように一般の工場などで使われているものに近い道具を使うことで、普通に車の整備を仕事にしているような人も、ピットクルーに親近感や憧れを抱きやすくなっています。映画のグイドがピットクルーに憧れているのも、共感が湧く設定と言えます。

 またピットでの給油作業もガソリンの缶を手で抱えて行うというローテクです。そして給油の係とは別に小さなジョウロの様な缶を持ったクルーが側にいますが、これはガソリンタンクが満タンになった場合、余分なガソリンがあふれるようになっていて、それを受け止めるための缶とクルーなのです。

 決勝レースでマックィーンがバックで走行するシーン。屋根の上に板状のものが出ています。これはルーフフラップと言って、マシンが横向きや後ろ向きになったときに車内に空気が入って舞い上がらないようにするためのもの。普段は閉じていますが、マシンがスピンしたり後ろを向いて車内の気圧が高くなると、開いて空気を逃がすのです。もっとも映画に登場する車に車内という概念があるのかどうかは判りませんが...

 決勝レースで、ある車が別の車を押すシーンがあります。アナウンサーが「押すのは禁止です」と言うのに対して、解説者は「あれはドラフティングです」と言います。ドラフティングとは、日本やヨーロッパで言うスリップストリームのことで、空気抵抗を避けるために前車の背後にぴったりついて走行することを差します。他のレースカーに比べNASCARのマシンは空気抵抗が大きいので、ドラフティングを使って走るシーンは頻繁に見られます。映画のこのシーンではもちろん本当に押しているのですが解説者のセリフは「この状況で細かいことを言うな。大目にみろよ。」という意味になります。

 その他、実際のレース中継と同じカメラのアングル、路面にころがるタイヤかす、ドリンクのボトルを頭の両側につけたファンや、フラッグをいくつも立てたトレーラーなどなど、レースでお馴染の風景が再現されています。

 それにしてもピクサーの凄いところは、とても車らしい動きを再現していることです。これは何もリアルな動きを追及しているという意味ではありません。マックィーンが右に左に他車をかわしていくところなど、とてもアニメ的な動きです。現実の車ではありえない、表情に合わせた目や口やボディの動きや、手のように動くタイヤなどもアニメならではのデフォルメされた動きです。その一方、ラジエータースプリングスで悲惨な状態になった路面をマックィーンやサリーらがみて回るシーンのサスペンションや車体の傾きなど、とても車らしい動きでこちらはなるべくリアルに動かそうという意図が見えます。現実的な動きでも、デフォルメされた動きでも、どちらも「ありそうな動き」、「らしい動き」です。これこそアニメーションで最も大事なことではないでしょうか。さらに動きだけでなく音にもこだわっています。パンプを越えるときの車体の音。サリーが向きを変える前のギヤチェンジの音。路面が変わると走行音も変わります。マックィーンのエンジン音も、大排気量のV8の、腹の底から響いてくるような音。こんなところも車好きをニヤリとさせてくれます。

 最初のレースでのクラッシュシーン。(このシーンのような、何台も巻き込む大規模なクラッシュを"Big One"と言います)マックィーンが他車をジャンプ台にして飛び上がり、集団を抜け出します。アニメならではの楽しいシーンですが、ジャンプしたマックィーンが観客席に向って腕(タイヤ)を挙げ、ベロを出してウィンクするのはNASCARならぬスーパークロスでライダーがよくやるしぐさです。(スーパークロスとは、オフロードバイクを使ったレースですが、スタジアムなどに土砂でコースを設定。ジャンプなど、ショー的要素を強くして、アメリカでは特に人気のあるカテゴリーです。) 

実際のレースと違う点

 素晴らしい映画ですが、実際とは違う点も幾つかあります。最後にそれをまとめてみましょう。

 最初のレースで、マックィーンがタイヤ無交換作戦に出ます。これ自体は実際のレースでも良くあることです。しかし、映画では確か400周レースの100周過ぎた辺りだったと思いますが、このタイミングではあまりメリットはありません。あえてやるとすれば早くピットアウトしてトップに立ち、ラップリードのボーナスポイント(1周でも先頭でスタート/フィニッシュラインを通過するとボーナスポイントとして5点稼ぐことが出来る)を取りたい時ぐらいでしょうか。レースの残りが多いのでいずれまたピットインして給油やタイヤ交換は行わないといけないはずです。それが100周すぎにピットインし、そのまま最後まで走りきろうとしてあの結果になるのは、ちょっと不自然でした。ピットクルーの意見を無視するのは、マックィーンの性格を表現するためなので必要だとしても、レース終盤のピットであればもっと良かったのではないかと思います。

 最初のレースで決着がつかず、3台で1週間後に決勝レースが行われます。これはNASCARを含め他のレースでも、現実にはそのようにしてチャンピオンを決定した例を知りません。ほとんどの場合、同ポイントで複数のドライバーが並んだ場合、勝利数の多さなどで順位を決めるよう、あらかじめ決められています。NASCARの場合は、ポイントが同じ場合、勝利数の多いほうがチャンピオンとなります。勝利数も同じなら2位の数の多いほう。それも同じなら3位の数と比べていって決着をつけます。ですので同点の3台だけでレースを行うということはありません。最初のレースを最終戦に設定しなくても良かったのではないかという気もしますが、最後のレースは他の車が絡むと話が判りにくくなるので3台だけでレースをさせたかったのかもしれません。

 マックィーンがドック・ハドソンから教わるカウンターステアですが、ルーキーでオーバルコースばかり走るレースカーとは言え、プロがこれを知らないはずがありません。まあ、アメリカでも「NASCARドライバーは左にしかハンドルを切れない」などというジョークがあるくらいですから、これもご愛嬌でしょうか。実際、昔はダートレースから叩き上げてNASCARのトップカテゴリーまで上がってくるドライバーが多かったのですが、最近ではダートのレースを経験していないドライバーも増えていますから、あながち間違いとも言い切れません。

 マックィーンが現代のレースカー、キングが70年製でチックが80年代前半ということで、選手権を争うようなレースでこれだけ年代がバラバラの車が一度に走ることはありません。とはいえNASCARのマシンは、パイプを組んで車体を作り、ボディの外側は鉄板だけというものです。他のレースに比べて車体自体は結構長持ちするそうで、トップチームは新しい車体を用意するでしょうが、下位チームや、下のカテゴリーのレースでは2〜3年前の車体を使うことはあると思います。また、見方を変えるとNASCARは他のレースに比べドライバーの平均年齢が高く、年齢層も幅広いレースです。オーバルのレースが多く、体力も必要ではありますが経験も重要な要素です。レース歴何十年というベテランと、経験を積んだ中堅と、勢いのあるルーキーがチャンピオン争いを繰り広げるという構図は、NASCARならではだと言えます。

 マックィーンのミニカーを裏返してみると判りますが、2本づつ束になったパイプ状のものが、前輪の間から車体のサイドの後輪の前の位置へ「ハ」の字型に伸びています。これが一般車では車体後部に延びているマフラーです。実際のNASCARに出ているマシンでは、これは左側だけに出ています。右側のバンクから出ている排気管も左側へ出ます。これはNASCARがほとんど左回りのオーバルコースで競われるため、重いものはなるべく左側へ集めようとの考えからです。外からは見えませんがバッテリーなども車体の左側に設置されています。「カーズ」の映像をよく見ると右側にも出ていますから、やはり実際のマシンとは違います。CGで左右対称の立体物をモデリングするときは、片側だけを作って反対側はコピーする事が多いと思いますが、PIXARが単純なミスで両側に作ってしまったとも考えにくいです。給油口はちゃんと実際通り左側だけにありますし。とはいえ両側になければならない理由もないし、ちょっと謎が残ります。

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