「ゲームブックの楽しみ方」(安田均)のような調子で『凶兆の九星座』の雑感を書いてみました。
同作品のあとがきや関連掲示板での議論も参考にさせていただいています。
文:RJ
『凶兆の九星座』はいまどきめずらしくリメイクでも復刻でもない本格派ゲームブックである。
謎の作者セプテム・セルペンテース氏の原稿を、RPGamer誌の連載でおなじみの日向禅氏が翻訳した本書は、
これまでのFF作品のエッセンスをとりこみつつ、さらに大胆な試みもある凝縮された一冊となっている。
あらすじを簡単に述べれば、ロガーンの従者<喉斬り道化師>が<魔芸>を選択して敵を退け、
旅先で入手した手がかりや道具をもとに突き進むといった胸踊るひとくせある英雄冒険譚もの。
魔法ならぬ<魔芸>や、「モンスター誕生」のパラグラフジャンプなど、
システムは従来作品から貪欲に採用している。
FFシリーズのおなじみでアランシア地方を舞台に、他のFF作品の地名や固有名詞やエピソードが大量に登場するのは旧来のファンには嬉しい。
酒場に居たあいつや、道化がそらんじているウンチクや、物語の核となるアイテムもそうなのだが、
これらが極めて自然に文中にとけこんでいることに驚くだろう。
当然の事ながら未訳作品から登場している要素もあるので、わからないネタもあるだろうがそれはまあ仕方ない。
本書の特徴はまだまだある。あえて難解な語を用いた文体や、『モンスター事典』の再活用、『暗黒の三つの顔』(山本弘)との対比など語りたいことはいくつもあるが、
書ききれないので、ここでは従来作品へのアンチテーゼをキーワードとして『凶兆の九星座』を見てみることにする。
まずルールを見てみよう。
技術点、体力点、運点はあれども、決定するのは1〜6の宿命数のみで、
そのほかの能力値はすべて宿命数から算出される。従来の方式と比べて能力値のバランスを作者は重視しているようだ。
宿命数はなんなら自分で勝手に決めてもかまわないので、能力値は自分でコントロールできる。
高い能力値が出ればすべてうまくいくというわけにはいかない造りだ。
この強さのバランスは、巧みな救済措置にも見ることができる。ネタバレになってしまうが、
低い能力値でないと手に入らないアイテムなどがそれだ。
もちろんこれは必須アイテムではなく、あるとのちのち楽になるものである。
魔芸や選択を駆使して、サイコロの関与するところをなるべく避けるといった旅もできるわけだ。
このように助けがあるので、初期の選択をどのようにしても最後までたどり着けることが保証されているかというと、
そうではない。この本は真の道を探すパズルでもあるので、魔芸の選択によってはどうしてもたどり着けない場合もあるだろう。
日本的な感覚ではアンフェアということになるかもしれないが、
ゲームブックがRPGやアドベンチャーゲームの代用品でないことを思い出してみてほしい。
FFには四〇〇パラグラフという制約があり、作品ごとにどの要素を取りいれるかは作者次第なのだ。
『バルサスの要塞』では魔法であり、『サイボーグを倒せ』ではからみあう事件であり、『サソリ沼の迷路』では双方向の迷路だった。
同じように『凶兆の九星座』の中に作者はチャレンジ性を詰めこむことを決めたのだ。
道を見つけるのは苦しいが、黎明期のTVゲームのようにまさに「解いた」という感覚を味わえることだろう。
そしてまた、真の道以外のルートは添え物かというとこれもまた違う。
結果的に「めでたしめでたし」にならないルートでも、物語を構成する重要な設定やエピソードがかいまみえたことと思う。
真の道にいきなり到達したとしても、それでは本書を堪能したことにはならない。
いくつかのルートを通るうちに、物語の背景が徐々に浮かび上がってくるのだ。
この点からも、解くまでに様々な選択を試してくれることを作者が想定していることがわかる。
それにデッドエンドの一文はどれとして同じ記述はないという凝りようなのだ(もちろん訳の巧みさもある)。
滅びの美学を追求してみるのもこれまた一興だろう。
さて、逃してはならないアンチテーゼをもうひとつ。
今一度確認すると、主人公は通称「喉斬り道化師」と呼ばれる運と偶然の神の従者だ。
道化師が主人公という設定は奇をてらったというだけでなく、
本書にはどうしても必要なしかけであったはずだ。
本書を読めば誰もが気がつくが、
FFシリーズのナレーション調とは違う、道化自身の口上という形をかりて、
作者の主張や、含蓄ある言葉、過去のFFのトリックへのツッコミなどがかいまみえてくる。
道化とは、立ち振る舞いで人々を笑わせるだけでなく、皮肉やおどけを通じて警句を与える智恵者でもある。
まさにそれを表しているのではないだろうか。
もっとも、そんな無粋なことを考えていると、見透かされたように、最終パラグラフでまたもや辛らつな舌の洗礼を受けることになるのだが。
(おしまい)
(注意)
最後にひとつ。このレビューには作者の遊びにあえてのっかっているところがひとつある。
それもまた楽しみのひとつということでご了承を。