徒然なるままに

2018.6.18-


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かつて護念さんがくれた「ガンバレ和尚」のgif
WitとParodyとCaricatureとInvectiveに付いていくのは大変だろうね


2018.7.17

 猛暑を通り越して酷暑になっている。大雨の被災地はいかばかりかと心痛する。

 この暑さの中、本堂にお参りすると、線香の煙が上に昇らずに、1メートル程の高さでたなびく。上は暑い空気の層になっているのだ。

 15年ほども前のこと。今は亡き友人と京都の祇園祭の山鉾巡行を見に行った。結構暑かったが、今年のようではなかった。その数年後、今度は宵宮を見に行った。町々に家宝が飾られ、山鉾からはコンチキチンと鐘の音が響いていた。平安時代に、京都で流行した疫病退治の祈願で始まったというお祭りだ。
 今日は祇園の山鉾巡行だったのだ。もうあれから10年以上もの年月が過ぎた。今は外国の観光客でさぞ大混雑なのだろうと想像する。鉾に乗る子どもたちは町内会では調達できず、あちこちから来て貰っていると言うから、その時すでに町屋では少子高齢化がもろに来ていたのだろう。
 
 夕方、庭に水打ちをする。水を打つと僅かに涼しくなる。
 が、水を打ちながら、ふと思ったのは、浄土三部経のうちの『観無量寿経』の序分だ。

 自身の出生の秘密を知った阿闍世が、父王の頻婆娑羅を幽閉する場面である。七重の石牢の中に幽閉された頻婆娑羅は、食べ物も与えられず、妻の密かな面会で命を繋いでいたという。

 庭には20鉢ほどの植木鉢に、木や花などが植えられている。植木鉢で大地と隔離された花たちは、この炎天下に水が欲しくてもどうしようもない。人間が鉢に水を注がないと、雨をひたすら待つよりほかはない。

 考えて見れば、一種残酷なことだねぇ。自分があの植木鉢に植えられた花であったとしたら・・・・。

 昔々、仲の良くない嫁と姑がおったそうだ。姑にいじめられた嫁は、いつの日か仕返しをしてやろうと心に決めたそうだ。

 その日がやって来た。

 姑は老いてしまい、自分で食事をとることが出来なくなって寝たきりになった。

 嫁は、その姑の前で、美味しい物をこれ見よがしに食べたという。

 姑の鼻先へ食べ物を突き出しはするものの、一口も食べさせなかったという。

 苦しみから、鬼のような表情をする姑を、嫁はせせら笑って長年の仕返しをしたという。

 何処かで聞いた話であった。

 ネコや犬に、冗談で食べ物を鼻先に出しては与えないのも、ペット達の気持ちはどんなのかと思うと、そういうことをしてはいけないと言ったことがある。食べさせてはいけない物なら、そういうことはするな!と。

 人間というものは、どこまでも自分本位の生き物だと言うことを、植木鉢から教えられる猛暑のこの頃である。


2018.7.14

 大雨の被害は未だ続いているというから、被災地は大変だ。気持ちだけは込み上げて来るが、老体では如何ともしがたい。まことに残念だ。

 カミさんの出身の江田島も、知人のいる呉も大変だ。呉-広島間の道路は、駐車場に道を架設して一応開通させたと言うから、なかなか気転の効く行政感覚だと思わず拍手した。いろんな条件が合致したのだとは思うが、道路を塞ぐ土砂を取り除かねばということではなくて、迂回路を作ったという発想が良いと思った。

 篠山もあちこちに被害が出ている。豪雨は思わぬ所に爪痕を残した。

 カンカン照りで、室内でも30度を超している。そんな中、「組」の寺の関係の総会と研修会が隣の寺であった。もしかしたら「今生の名残か?」と参加する。久しぶりに見る顔が懐かしい。扉を全部開け広げて扇風機が回っているが暑かった。「雨の被害は?」という所からの確かめ合いであった。

 会場となっている寺の婆ちゃんへの手土産はアイスクリームだ。「暑いから外へ出ないように」と言ってプレゼントをする。勝手知ったる他人の家だから、婆ちゃんの部屋へ直行だ。

 総会行事の後での「ご法話」は、京都から教導さんがやって来て話をしていただいた。お馴染みの教導さんだから心易いのが何よりだった。話の中身もステキだった。

 余計な事だが、この総会は、「推進員協議会」の総会ではあるが、門徒会の人も、坊守も住職も研修ということで合同で開かれた。総会の議事は当然「推進員協議会」の内容である。議事である以上、採決が取られる。

 「うん?」と思ったのは、この「総会」での議決権のない人までもが手を挙げて採決に参加したのだ。一番後にいたから様子が全部わかるのだ。

 「味噌も糞も一緒」という言葉があるが、参加していた人達も特にそのことには意識していなかったのだろう。もちろん議長を務めた方も。「生死に関わる」ような内容ではないので、「まぁえーっか!」と思った。

 夕方、陽が落ちて、ネコと一緒に縁側に座っていると、山の方から「ひぐらし」の鳴き声が聞こえてきた。今年初めての「ひぐらし」の声だった。日暮らしにさしかかった年寄が「ひぐらし」を聞くと何かと侘しいものだ。

 メールのやりとりをしていると、テーマが外れて返事が来ることがある。「メール内容にかかわりたくなくて、関わらぬように外しているのかなぁ」と思うことがある。「いいよ! 相手にしてもらわなくっても!!」と思うことにしている。そんなのは良い方で、返事が来ないのもある。「無間地獄」へメールを発信したようなものだ。メールは「ブログ」ではなくて、用事があるから出しているのだから、せめてYesかNoかぐらいは返事をして欲しいものだ。これからは「配達証明」の封書で連絡するか? これもやっぱり年寄のヒガミか? どうも近頃はとみにヒガミっぽくなっている。


2018.7.6

 大雨が続く。ちょっと所用があって外出せねばならなかった。武庫川の上流にあたる河川はどこもいっぱいの水が流れていた。山々に降っている雨が、染み込む限界を超えて流れ出して集まっているのだ。

まだ2-3日続くというから、大変だ、昨日から電車は止まったままで、線路はさび付いてしまっている。駅前の駐車場も殆ど車が止まっていない。車で出勤したのか、それとも会社は臨時休暇になっているのか・・・。そう言えば舞鶴若狭道もどうやら通行止めになっているらしく、遠望する限りでは車は走っていない。その分、地道の方へ流入しているかというと、どうもそうでもなくて、普段の交通量のように見受けるから、経済活動が停留しているのかも知れない。

 篠山市にも「土砂災害警戒情報」が出ていて、市東部の京都府境は「極めて危険」の色が塗られている。雨が間断なく降っている。この雨を全部受けて、加古川と武庫川へ流しているのだから、下流へ行くにつれて水量も増して、大変な状況になっているようだ。
 被害が少ないことを念ずるばかりである。


2018.7.4

久しぶりに書棚の奥に置いていたバックアップ用「USB接続HD」を引っ張り出して来た。LANDISKが2台、バックアップで動いているが、以前に使っていたので、もったいないから、3重のバックアップ用に使っていたものだ。

 音源のリッピングや動画の保存、データの保存に数台あるので、一応点検とデータの追加をやった。が、USBを接いだり外したりすると、何かに影響するのか、認識しなくなった。あれこれやっていると、やっと認識するようになったが、当時は便利なものだと思いつつも、今となってはなかなか面倒でおっとりしている。

 もっと瞬間的に読み書きが出来ると良いのだが、たくさんのMP4などをコピーに掛けると、エライ長い時間がかかる。

 そう言えば、昭和50年頃に出て来たプリンターは「ドット式」で、ゆったり印刷していたが、「えらいもんだ。書くよりも速いなぁ」と感心したものだ。

 「プリンター用紙」と言って、両側にパーフォレーションの穴が空いていて、長く繋がった用紙があった。N88BASICとい言語で「虫食い算」の式をつくり、これを計算させてたこともあった。プログラム・データを印刷して保管したりと、今では結構無駄な作業も楽しみみたいなものだった。

 機械は次々と新しく開発されて行くが、もう使いこなせない。セットアップも面倒になった。「クレイビング・エキスプローラー」の動画表示が出来ない原因は「フラッシュ・プレーヤー」の相性らしいが、ダウンロードして更新するのも面倒になった。もう1台のPCでは動くので、こっちはユーチューブで見られればそれで良い。

 iPadもアプリの更新が次々と掛かってくるが、更新しても使わないのは「フェースブック」や「ツイッター」だ。使えば便利なのだろうが、ナンチャラカンチャラと登録するのが煩わしい。これも、「ブログ」を使えば簡単なのだろうが、最初の使い始めが面倒になった。

 歳不相応に、「我もやりなん」と持ったものの、使っているのはほんの一部分だけだ。「あーそれなのにそれなのに」、こんなに頻繁に更新が掛かってくるということは、アプリは未完成品が提供されていると言うことか?

 「努力すれば使えるようになる」かも知れないが、「使えるようになるまで命がもつかどうか」だ。サックスを始めた時に似たようなことを言われた。「努力すれば上手になる」が「上手になるまで命が持つかどうか」と。


2018.6.29

 過日、所用があって上洛した。本山へもお参りして、40年以上も前のことを思い出した。
 若い僧が『正信偈』のお勤めをデュエットでしていたが、何とも言いがたい下手くそであった。まあそんなもんだ。
 坊さんだからお経が上手とは限らない。
 坊さんだから字が上手だとは限らない。
 坊さんだから漢字が全部読めるとは限らない。
上手なのは半分くらいで、残りは下手くそかも知れない。
「声楽科」や「書道学科」や「漢文学科」を出たのではないから。

 「弘法は筆を選ばず」と言われるが、私は、「選んだ」と思っている。
 「弘法も筆の誤り」と言うが、弘法も間違ったことがあったと発見されたという。

 本山で習ったお経の節は、「丹波の国」では通用しなっかった。「丹波節」というものに他の坊さんは慣れ親しんでいたからだ。

 大きな法要の打ち合わせがあって、一度合わせてみようと10人の坊さんが集まって『正信偈』をやったら、ものの見事に合わなかった。「エライコッチャ」と練習会をしたが、結局は合わなかった。
明治時代の集合写真のように、銘々勝手な方向にポーズを取ってるような具合だった。
明治時代は、「はい チーズ」なんてのはなかったのだ。テンポもメロディも無茶苦茶だった。
「思い込む」と言うここはとんでもないことになる。

 40数年前の本山での2週間にわたる研修の中で、本山では「え」を「い」と発音し、「い」を「え」と発音するのだと思った。
 「ノム(飲む)」と言って、発音しない読み方など、鎌倉・室町時代の読み方なのか、指導者が鼻詰まりだったのか、よく理解できない慣習があるので、「い」と「え」もそうなんだと思ったが、あとでわかったのは、講師が「ズーズー弁」の人だったと言うことであった。

 落語に、「落ちる人が死んでから乗ってくださいと言うからびっくりした」と言うのがある。
これ実は、「降りる人が済んでから乗ってください」だったと言うのだ。

 なに、江戸弁だって「コーヒー」とは言えず「コーシー」という。これが江戸っ子のカッコいいところだというが、なんてことはない。方言の一種だ。

 信じることは恐ろしいぞ。嘘を信じたら大変だぞ。

 それにしても小雨降る中のご本山は、境内には人が居ないという状況。あの広い境内に比べ、地下街はたくさんの人がいる。人類はネアンデルタール人の如く「洞穴生活」になりつつあるのかなぁ?。


2018.6.30

 以前に、「サックスをシャワーで洗った」とYouTubeにアップすると、「木管楽器を洗うなどとはとんでもない!」という書き込みがあった。「そんな恐ろしいことは出来ない」という人が殆どだ。どうも誤解と迷信と不器用が集まった状況になったものだった。反論するのも誠に面倒なので、書き込みができないようにした。

 木で出来ているから木管楽器、金属で出来ているから金管楽器と思っている人がおるが、それは大いに誤れるなりだ。

ホルンはそもそも「大きな煙管」(タバコを吸うための喫煙道具)のような形をした木製の笛であったが、それを金属製にして、クルクルと巻いた形になった。初めはピストンがなかったと聞いている。

 トランペットの原型は「軍隊ラッパ」で、それにピストンがついた。ピストンによって管長が替わる。トロンボーンはスライドパイプで管長を変化させる。チューバもユーフォニアムもトランペットと同じだ。

 金管楽器という分類のものは、空気の入り口と出口が1本の管になっていて、音はマウスピースの凹みの中でクチビルを振動させて発生させ、管末のホーンの所から出て来る。管長によって共振周波数が変わるので音階が出来るのだ。

 尺八やフルートの類いは、管の途中に穴が空いていて、空気の取り込み口から穴までの管長を変化させる(運指)ことによって音階を変化させる。音は空気の吹き込み口での空気振動によって出て来る。こういうのを一応は「木管楽器」という類いに分類されている。

 クラリネットやサキソホーンは、尺八類と同じように管の途中に穴があって、その穴の塞ぎ具合(運指)によって音階を替えるが、音の基本的な発生はマウスピースに着けられた「リード」の振動によるもので、運指による管長の変化とリードの共振で音が出て来る。出て来る場所は、木管楽器のように口元ではなくて、金管楽器のように管末から出る。だって、リードは口にくわえているから出たくても出ないわなぁ。

 ざっくり言うと、真鍮という金属で出来ているから金管楽器、木や竹で出来ているから木管楽器というのではない。外国製で、プラスチックで作られたトロンボーンやサキソホーンがある。これを「プラスチック楽器」という分類にすることはないと思うのですなぁ。

 と、いくら説明しても判らん人は判らんのです。いや、判ろうとして私の話を聞かないのです。またブツブツと能書きをたれておると聞き流すのです。


2018.6.19

 「人は30歳で新しい音楽の探究をやめる」という記事を見た。『音楽的無気力』と言うのだそうだが、この現象は、平均すると30歳6ヶ月を迎えた頃に始まると書かれている。

 平均して33歳までには新たな音楽を探すのをやめるようになり、音楽的嗜好が固まる傾向があり、調査によれば、60%の人は、普段聴いている同じ曲を何度も聴いているだけであり、また25%は自分が好きなジャンル以外の新しい音楽を試してみることはないと答えているというのだ。

 10代の時に聞いた音楽が、その後の音楽の好みに最も大きな影響を与えることが判明したという。男性の場合は13~16歳の間にリリースされた曲が、大人になってからの音楽の好みに大きな影響を与えるとのこと。平均すると、男性の最も好きな曲は、14歳の時にリリースされた曲であることが多いそうだ。女性の場合は男性より少し早く、11~14歳の時に聞いた音楽の影響が大きく、平均13歳の時にリリースされた曲が最も好きな音楽になるという。20歳の時に聞く音楽は、10代の時に聞いた音楽の半分ほどの影響力しかないそうだ。という。

 こんな記事が目にとまったのだった。

 道理で今の年寄り(?)は「演歌」や「ムード歌謡」が好きで、若い人達の歌っている曲には馴染めないのかも知れない。

 これは食べ物の嗜好にもこういう理論が言われたことがあった。「歳をとると、子どもの頃に食べた物が食べたくなる」というのだ。「おふくろの味」とか「肉じゃが」などは典型的な物だ。「ハンバーグが喰いたい」と言うのは、子どもの頃には余程裕福な家庭に育ったのかも知れない。

 この記事を読んで、たとえばアメリカの人達は、歳をとると『テネシー・ワルツ』などのスローテンポの「アメリカ型ナツメロ」が好まれると言うことなのか? と思っり、アメリカのシルバー・エイジは、ちょうど「ザ・ベンチャーズ」の頃だ。
 ♪♪テケテケテケテケ♪♪ に憧れたものだったなぁ。

 そう思って「音楽 1960年」と検索すると、出て来る出て来る。日本も海外のも、みんな懐かしい曲だ。放送局へハガキを出して「リクエスト」をするのが大流行だった。

 いずれにしても、「子どもの頃の体験が、人生を左右することになる」ということかも知れない。

 今日出合った方が、「昨日は大変ビックリしたねぇ。ウチの息子は5時間歩いて、電車に乗り継いで帰って来た。体重計では2㎏軽くなっていた」と言われていた。今日も揺れた。みんな「恐かった」と言っていた。


2018.6.18

 携帯からけたたましい警報が出るのと同時に、大きな揺れがやって来た。「同時」というのは、震源に近いということだ。「阪神淡路」の時ぐらいの揺れだった。

 収まってから、本堂の様子を見に行く。何も異常なしだ。外回りも屋根も異常なし。村の中も異常なし。学校を覗くと子どもたちが勉強していたから、これも一安心だ。

 カミさんはバスで京都へ出かけて行ったが、、地震はバスの中だろうからわからなかったであろう。結局は、京都へは入らずに、途中で昼ご飯をとって帰ったて来たが。

 私も別の会で京都へ行くべしであったが、どうも大阪・京都あたりの交通が完全にストップしているらしいので問い合わせてみる。

京都へ向かっている鳥取や島根の人達は、もしかしたら・・・。と。
 で、結局これも中止になった。

 突如として何かが起こると、すぐに「水平思考」は起きないらしい。「道路は?」「交通機関は?」。

 「阪神淡路」の時も、すぐにテレビを着けた。当直のスタッフが局の前の歩道から実況をしていたが、リポーターのアナウンサーは、「々成っているのか、まだ滋養今日が判りません」とコメントをする。しかし、リポーターの背景は、電柱が傾き、ビルが傾いていた。「後を振り向け!!」と、思わずテレビに向かって言ったてしまった。

 NHKは地震のニュースばかり。次々と被害の全貌が浮かんで来る。

 高槻あたりの学校の近くにいたテレビが運動場に避難している子どもたちを移していたら、背広姿の教師らしき人が、「個人情報が・・・・」みたいなことを言って、撮影するなと制止した。

 個人情報という物は、いくつかの要素が集まって構成されるものであって、氏名も判別出来ない形で運動場に避難している情景は、「個人情報」云々ではない。過敏な対応は如何なものかと思う。

 しかし、人口集中地の内陸直下型というのは、いろんなインフラの故障で思わぬ麻痺が起こってしまうものだ。「南海トラフ」が動くと、とんでもないことになると思う。