徒然なるままに

2018.6.18-


 to Top   to Photo   to Saxmente  to Furajotry 


 
かつて護念さんがくれた「ガンバレ和尚」のgif
WitとParodyとCaricatureとInvectiveに付いていくのは大変だろうね


2018.9.21

秋のお彼岸。北海道の激震地はお墓も随分倒壊しているという。自然の力にはいつも「想定外」になってしまう。人間は「まさか?」と、切実な問題が自分達の所にはやって来ないと思うのだろう。神戸も、福島も、熊本も、大地はたくさんのものを奪って行ったのに。

『Nearer my God to Thee』という曲に偶然出会った。何処かで聞いたのだが・・・と調べてみたら、『賛美歌』であった。いや、そうではなくて、「何処かで聞いた」と思いを巡らしていたら、映画『少年H』のある場面に使われていたのだった。グラフィックデザイナー妹尾河童氏の自伝的小説『少年H』が映画化された中のシーンであった。DVD版で市販されていたのを先月も再視聴したのであった。

 時々「ふっ」と名曲に出会う。この歳になっても初めて出会うことがらが多い。生きて来た人生が狭かったのだろう。Saxが奏でる『Nearer my God to Thee』は心を癒やしてくれる。


2018.9.17

 今日は「敬老の日」。昭和22年に兵庫県多可郡野間谷村で、村が主催した「敬老会」がそもそもの発端だという。野間谷村は私の住んでいる所から西へ20㎞ほどの所だ。意外と身近に起こった行事だった。

 「とある集落」の敬老会に招かれた。「お話とSax」というお膳立てだ。会場の公民館に到着したら、お楽しみの食事会の真っ最中で、みんな黙々と・・・。「冷蔵庫よりもお腹に入れるんだよ」と。

 参加者はお手伝いの役員さんを除くと全員が後期高齢者だ。まあこれだけ年寄が集まったものだなぁと、自分の歳を横に置いて思った。私は「早行き」なので来年の敬老会の対象だが、果たして生き残っているやらどうやら。

 もう30年も前のことか。当時の我が村の「敬老会」のプログラムを持っている人がいた。「青焼き」というコピーだ。私の名前も載っていた。司会と手品と北国の春をやっていた。すっかり忘れてしまっていた。参加者の名前も書かれていたが、みんな居なくなって、世話方だけが今も健在だ。

 若い頃は、子ども会や敬老会にグループを組んで手品をしに行ったものだった。まだカラオケなどは個人では持っていなかった。ようよう出て来たのは8トラックのデッカイカセット式だった。

 そんな中で、「敬老会」の余興は、何にも増しての楽しみだったのだろう。子どもたちが遊戯をしたり、大人達が踊ったり、婦人会というものがあって、「マツタケ御飯」や「マツタケの吸い物」など、腕によりをかけて、村中で歓待したものだった。朝から「海苔巻き」をいくつ巻いたのかなぁ?

 30年はあっと言う間だったねぇ。そんな思い出話を交えながら1時間。顔見知りが殆どの集落だったから、久しぶりの再会になった方もあった。伴奏のアンプも軽トラに積み込んで、懐かしさが「ひとしお」の敬老の日だった。


2018.9.15

 北海道の地震からほぼ10日目になった。まだ電気は十分ではないし、現地の復旧はこれから随分の時間が掛かると思う。避難所での生活も、秋の深まりと共に寒さがまして大変名事になろうと思う。神戸の時も真冬であった。

 私の所の自治体も、提携している町へ支援の職員を派遣した。少しでもお役に立てる事を期待している。
 詳細な被災の情報が本山でも把握出来ていないという。情報の収集がインフラの被災でうまく機能しないのだという。残念ではあるが。それでも、支援の方法が検討された。我々の教区も台風21号で被災した所があるが、支援勧募が始まる。

 岡山に天皇さんが見舞に入られた。が、広島までは入れずに今行程では断念されたという。忸怩たる思いであられたろうと推察する。

 連休でボランティアが入っているという。自給自足で入っているボランティアの皆さんには頭の下がる思いである。


2018.9.7

 昨日、北海道で大地震が起こった。「地震・雷・火事・おやじ」と、子どもの頃によく言われたが、初めの二つは「人知」では避けられない。しかし、起こった時にどのように対応すれば良いかということは「歴史の教訓」から学ぶことができる。

 科学が発達して、気象状況などは事前におよその予測がつくから、「不要不急の外出は避けるように」と報道が繰り返される。これはしっかり対応することも可能だが、地震ばかりは今のところ「予測」が完璧ではない。

 と言いつつも、被災地の状況が報道されると、「どうすれば良いのか」と、実に無力な自分にやるせなさを感じてしまう。東北の地震の時、あの大津波がやって来る実況を見て、数ヶ月間トラウマになってしまったことを思い出す。「こんなことをやっていて良いのか?」と自虐するのだ。

 北海道の今日の夕方の段階は、鉄道がまだ運転見合わせのようだ。飛行機が飛んだというが、まだ余震が続いているという。個人の救援物資が届くかどうかは甚だ難しい。電気が回復し、交通機能が回復するまでは、素人のボランティアではどうにならない。

 台風20号で屋根が傷んだ所が当地にもたくさんある。そして、昨日、往復せねばならなかったJR京都線では、地震被害の民家の屋根が、まだブルーシートで覆われていたが、関空も復旧に頑張っているという。みんなの技術と体力はスゴイ。時間と共に復旧して行くのが見えるからだ。

 私が、自身の体験として、被災地への救援のあり方をいやというほど経験させられたのは「阪神淡路大震災」であった。現職の町役場の職員であった。町内からたくさんの救援物資が寄せられ、お米が寄せられ、おにぎり作りの人達が午前5時から作業してくれた。職員は班を組んで被災地の行政応援に行った。給水車も派遣された。生まれて初めての、とんでもない未経験なことを処理せねばならなかった。でも、みんながんばった。超満員電車で、私を痴漢容疑者にしないため、私の楯になってくれた女性職員がいたことも忘れられない。因みに、この時から皆みんなが始めたのは「背広にリュック」というスタイルだ。今は違和感のないファッションになったが・・・。

 「災害が起こったら、3日間を持ちこたえること」と言われて来た。そのことは「阪神淡路大震災」でも実際に経験した。申し訳ないが、どうか3日間持ちこたえて欲しい。今、専門の技術集団が現地に入って懸命の第一次復旧をやっている。たとえ迂回路であっても、道路が通行出来るようになり、停電が解消されれば生活物資は入って来る。遠く離れている私たちは、その時に、ニーズに対応した応援をせねばと思う。応援の用意は出来る。

 山陽本線が一部不通になっているという。山陰線に大きく迂回して、ディーゼル機関車が牽引する貨物列車が物資を運んでいる。運ぶ量は格段に少ないだろうが、「人知」が災害に対処して、何とかしようと努力していることを理解し応援しようではないか。


2018.9.5

台風一過。本堂の屋根の様子は如何?と、昨夜充電していたドローンを持ち出した。猛暑で、とてもドローンなどを飛ばす気力も体力もなかった3ヶ月だった。

 収穫の田圃も撮影したいし、秋の芋蔓を燃やすイベントも撮影したいしと、久しぶりに持ち出した。案の定、感覚が衰えている。

 プロペラが始動しない。3ヶ月もほったらかしていたので何処かおかしくなっているのだろうか?と、あれこれ思案する。他のコントロールは出来るのにプロペラだけが始動しないのだ。送信機と「リンク」を試みたり、あれやこれや。これはいよいよサポートに出さねばならないと・・・。

 自動車に乗り込んでエンジンキーをまわしてもエンジンがかからないのと同じだ。が、それは私の「失念」であった。これは「オモチャ」のドローンではなかったのだ。両方のスティックを同時に下げるとプロペラが始動する仕組みになっているのを思い出すのに15分も経ってしまっていた。

 無事にプロペラのモーターが始動。再度チェックをしてからプロペラを取り付ける。3ヶ月ぶりのテイクオフだ。恐る恐る上昇させる。ほっとけばGPSと連動して自立するのに、チョコッと、チョコッとスティックを触るからかえって安定性が落ちる。

 ようよう鬼瓦に近づいて目的を達成。3ヶ月ぶりの飛行は精神的に随分と疲れた。こういう物は毎日触っていないとウデが落ちるねぇ。サックスも「たそがれコンサート」が終わって一服中だ、きっとウデ(アンブシャー)が落ちているだろう。

 夜は快適に涼しくなった。虫すだく秋を実感だ。


2018.9.4

 台風がまたやって来た。あちこちに被害を残して日本海へ行った。私の所は、昨年10月の台風で被害があったが、私は大手術で入院中。カミさんがテンテコ舞いだった。

 「台風が直撃と言うから覚悟していたが、何とも長い時間だったねぇ」とカミさんが言う。「何にもしないで時間に耐えるのは長く感じるなぁ。昨年は10時間の手術で、控え室におったら大変じゃったろう? ワシは麻酔がかかっていたから感じなかったけどなぁ」と、老夫婦の会話であった。

 お互いに老人の域に没入したから、普段の会話はこんなものだ。気兼ねしないで済むのが何よりだ。「忖度」も「ヨイショ」も「いいね」も必要ない。

 前回20号の方が当地では強風で、恐ろしさを感じたが、今回は幸か不幸か、植木鉢も安泰だった。

 朝の内に、事前の見回りを兼ねて裏の草むらへ行くと、小さな花が咲いていた。清少納言の『枕草子』にある「小さきものはみなうつくし」とあるが、草むらにひっそりと咲く花もまた可愛く美しい。いずれも「外来種」だそうだが。

 そして、ちょっとばかりの風と、ちょっとばかりの雨の中を、宅配便の人が来てくれた。

 かねて注文していたマイクである。手元スイッチがあって、「ちょっとおしゃべり」用のが必要になった。音質はこだわらない。音さえ拾ってくれれば良いのだ。

 値段は1本1,166円。配達料の方が高かろうにと思うが。子どものオモチャ並みの価格だが、これが結構な品なのだ。マイクフォルダーには変換ネジも付属。マイクケースもクッションがあって、この値段で釣り合いが合うのだろうかと思う。「メイドイン」は全く不明だが、用が足せればそれに越したことはない。明日試運転をしてみる。

 外では虫の大合唱が始まった。


2018.9.2

 エンマコオロギが鳴き始めた。子供の頃は、秋はコオロギや赤トンボを追いかけ、夏はセミやキリギリスを追いかけ、春は小川でメダカを追い、原っぱでクローバーの花を摘んで首飾りや冠も作った。冬は雪が降るとソリや竹スキーだった。毎日が充実してなー。

 星が欲しいと言うと、父親が物置の屋根に登って箒を振り回してくれたのを憶えている。今そんなことを言うと、「アホか」と、にべもなく言われるだろう。

 子どもも大人も、もうロマンもクソもなくなった。心豊かな人生はどこへ行ったのかねー。携帯が命綱のような人生か?

そんな中、同級生のN君が出演するという「邦楽演奏会」を聞きに行った。いずれも大作で、とてもあんな風にはできないなぁと思った。Nさんの娘のKさんも立派に演奏していた。かつてアルトも吹いていたが、いつの間に「お箏」を弾き始めたのかと訊ねたら、もうかれこれ10年になるというではないか。と言うことは、小学校の頃から? 婆ちゃんも20年以上毎日「お箏」の練習と週に何度かのジムでの水泳やエアロサイクルに行っていると言うから「すごい」ねぇ。祖母+孫が同じステージに上っての演奏だ。

 先週、「たそがれコンサート」に来て頂いた方もたくさん聞きに来ておられた。かぶりつきで、Gopro6で撮影していたが、上手く行かんねぇ。ヤッパリこういうのは普通のVカメラの方が撮影しやすい。なにせGopro6は用途が違うのだ。掌に乗る程の小ささのくせに4Kなのだ。画像はきれいだが、Gopro6の1カメでは「ビデオ・クリエイション」としてはサッパリだ。「ドライブレコーダ」で何かを撮ろうとしているようなものだ。無理だねぇ。

 「嵐の前の静けさ」か? ヤケにシーンとしている。いよいよ直撃も覚悟せねば。


2018.8.31

 8月が終わる。井上陽水の『少年時代』みたいだねぇ。
 楽器屋さんが寄ってくれた。去年は思いがけずの大病でなし得なかったが、今年は恒例のテナーサックスがオーバーホールに出せることになった。「たそがれコンサート」が終わって、付き合ってくれた楽器のリフレッシュなのだなぁ。

 事後整理はまだ続く。次はどんなアンサンブルが良いか探し回る一日であった。あんまりポピュラーなのは比較されるから嫌だねぇ。

 演ってる人が少ないのを選びたい。シルバー世代(越えているかも)が、年齢にふさわしい物を遣りたいと思う。どんなに頑張っても、20-30代の元気いっぱいの世代には並べない。「年寄が よーやるなぁー」とは思われたくない。年相応の選曲というのも大事だねぇ。

 15曲ばかりピックアップしてメンバーに試聴してもらうべくCDを焼く。これって、要するに「お節介」の分野だねぇ。来年も生きているかどうかもわからないのにねぇ。

 「原信夫と#&♭」の原信夫がショルダー型のストラップをしていた。あれってカッコいいねぇ。首に負担が掛かるのが辛くなって来た。不思議だねぇ。年甲斐もなく、「あれが良い これが良い」と、実力を無視した中で漁り回るのだから、業界はこうしたオジンで潤っている部分があるかも知れない。

 もうちょっとしたらビデオも上がってくるだろう。出演者に配布する段取りも待っている。


2018.8.30
 
 朝から、ホームドクター、歯科医、市民病院と行くと、帰って来たらグッタリ。ペースケと昼寝をせねばもう大変。

 そんなお医者サーフィンの中で、お昼はNさんの粋な喫茶店で昼食をとる。ボリュームがありながらも、洒落にシャレた「ハヤシライス風」のものを頂いた。名前はわからない。隣りのお客さんのを覗いたら美味しそうだったから「あれを・・・」と注文。「隣の人の喰ってる物は美味しそうに見える」。

 マスターには、先日の『たそがれコンサート」も聞きに来て頂いた。ジャズ系がお好きで、店内にはスロージャズが静かに流れている。『A列車で行こう』や『タクシードライバー』がお好みで、アルト・サックスをされているのだ。もう随分昔からの知り合いだ。50年ほど前からかもしれない。猫がいたのに? 獣医さんでも一緒だったのに?

 窓の外を見ると、楓の木が。秋になるとステキに、そして、うら淋しく紅葉するのが何とも言えない。

 ♪秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し♪

 京都の北山通りを連想するねぇ。ミストが涼しげに漂っていた。

 「たそがれコンサート」の写真のCDが届いた。今年は元気もなくて写真どころではなかったのだが、ゲストプレーヤで来て頂いていた美山のメンバーが写真を撮ってくれたので。このホームページの「フォトアルバム」へも掲載した。来年は開催出来るだろうかねぇ。「人間老いやすく、技なり難し」だ。


2018.8.26

 台風20号はすごかった。ものすごい音と共に風が通り抜けて行った。小学校区では、屋根が飛ばされ、桜が根こそぎ押し倒されて被害がたくさん出た。

 そんなあと、それでも「たそがれコンサート」は雨を気遣いながら開かれた。今年は写真を撮れる気分的状況ではなかったので、ビデオが出来たら、そこから静止画を取り出して貼り付ける予定だ。

 もはや「たそがれコンサート」は、生きていることをお互いに確かめ合い、再会に手を握りしめ合う場所になった。演者と客となどという水くさい関係ではない。
 終演後には、「元気で生きていようねぇ」と言い合う。

 でも、疲れでしまって、昨日は猫と一緒に家族は全員が眠り呆けた。今日は隣の薬師温泉で身体を癒やし、マッサージを受ける。「骨皮筋衛門」だか、その「筋」が凝るのだ。

 温泉(スーパー銭湯)は、夏の終わりの日曜日なのか、いつもより訪問客が多い。軽食コーナーも2人の妙齢(?)の従業員さんがテンテコ舞いであった。

 こういう時こそご馳走をばと思って、山かけ冷やしウドン+助六鮨。野口英世様がまたお出かけにになった。お供はなく、お一人で・・・。一人で食券販売機の中へ・・・。

 帰りに知人の喫茶店(?)へ立ち寄り、ジェラードとかき氷をば。

 「ジェラードって?}
 つまりは、脂肪分の少ないアイスクリームだそうだ。これでは肥えられないねぇ。

 携帯で、「我もやってみなん・・・」と写真を撮ってはみたものの、あの「自撮り」というものは難しい。一眼レフに馴れていると、こういう世界には近づいてはいけないのだと思った。「二度と来るな」と山が言ったという話を聞いたことがあった。上手く撮れないということは、「やったらあかん」と教えてくれているのかも知れない。

 そうこうしていると、なんとK君がやって来た。今日は営業日なのに・・・。そのあと、サックスをやっている方がやって来た。
ひとしきりサックスのウンチクになる。「オットーのメタルが・・」なんちゃって。

 それぞれ苦労してやって来た裏話に花が咲く。「やってる途中」では話はチンプンカンプンだろうなぁ。来た道を振り返った時に、初めて知ることになるのが人生というものだ。

 なんか気が合って、「バラードがいいねぇ」なんちゃって・・・。お名前は聞き損なったがお住まいの地域は伺ったのである。また別の知人のご近所様であった。世間は広いようで狭いのだなぁと。

 コンサートのお客は比較的年配者。いえなに、演奏している者が年配者だから、シニアの世界を満喫しているのであって、若者向けなどとは初めから心の隅にも思っていない。
 「若者にウケたい」などとは思っていない。そんな忖度がましいことは思いもしていないし、「いいね」なんてクリックして欲しいとは思っていないのだから。シニアはシニアに合った、シックリな曲が良いのだ。

 森進一の『ひとり酒場で』を聞きながらそんなことが頭をよぎる。

 先が見えて来た。シニアはシニアの花道を万雷の拍手の中で通り過ぎて行きたい。

 気安く、「来年は・・・」なんて言うが、来年生きているかどうかだ。「私ではなくて、あなたが」ね。

 来年のことよりも今日をどう生きるかだぜ。サックスもコツコツ練習するから上手になる。「ローマは一日にして成らず。しかし、一日にして滅ぶ」という。


2018.8.22

 篠山市内でいろんな活動をしている「コミュニティーカフェ・みーつけた」で『写真川柳』の展示会が開かれていると地方紙に紹介があった。

 土産物屋の女性を撮した写真には、『土産より あんたがほしい 花一匁』と題がつけられているという。

 いゃー。実にほのぼのとしますなぁ。

 ♪タンス、長持、どの子が欲しい?♪どの子じゃわからん♪あの子が欲しい♪あの子じゃわからん♪勝ーってうれしい花一匁♪負けくやしいて花一匁♪

と手をつないで遊んだのは、もう70年近くも前のことじゃったー。が、これって、町内会に10人ほど子どもがいないと出来ない。少子化とゲーム機は遊びも消滅させてしまう。


2018.8.21


 「犬も歩けばエサにあたる」という諺はないが、「犬も歩けば棒にあたる」と言う諺はある。が、犬は棒には当たらない。棒があれば犬は避けるからだ。たまたまであろうが、棒に当たった犬は、犬の面目丸つぶれだ。

 「HPサーフィン」というのがあって、何やかやと「八幡の藪」のように彷徨っていると、時々飛んでもなく面白いHPにあたることがある。

 もう随分前のことだが、「蛞蝓ナメちゃん」と名乗っている方のHPがあった。今はもうない。ここの「1コマ漫画」はおもしろかった。

 『広すぎる』という1コマ漫画は、広い部屋の真ん中のトイレに座っているものの、壁に付けてあるトイレットペーパーが遠すぎるのである。これを見て、一人でお腹を抱えて笑ったものだった。MIDIの音楽も楽しくて良く聞いた。『本町三丁目』はなかなか味のある曲だった。亡くなった友人を偲んだ曲ではあったが、湿っぽさはなかった。

 8月のSaxの練習会は4回。コンサートを控えて四重奏の仕上げに向かう。が、練習よりも雑談に花が咲くのだ。止どまる所を知らない年寄の雑談だが、「やろうか?」となると結構曲になっているから、「もうこれはプロの領域かなぁ?」などと、またまた雑談のタネになる。

 甲子園のゲームが終わった。トーナメントで勝ち進むということは飛んでもないことだ。リーグ戦なら、一度の失敗f取り返せるかも知れないが、トーナメントは一回こっきり。世の中、プロの仕事はリーグ戦、素人の仕事はトーナメントだ。生まれつきの名工はいない。親方に叱られながら育って来たのだから、リーグ戦で揉まれたということか。日曜大工などの素人は、一回こっきりの本番だからトーナメントだねぇ。素人は一回しか経験しないから、何をさせても「駄作」になるのだ。

 が、人生というものは、もしかしたら「リーグ戦」と「トーナメント戦」の両方を歩いているのかも知れない。

 松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭は、「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり」と書き始められる。「一期一会」のトーナメントか?

 名作と言われるものの冒頭は示唆に富んでいる。『方丈記』の冒頭もトーナメントなのかも知れない。

 そう言えば、甲子園の解説で言っていた。「初心忘するべからず」と。良く聞く言葉だが、能の世阿弥の書いた『花鏡』という書物の中に出て来るという。「初心」の出典をこの年になって初めて知った。人間は、ついつい初心を忘れるものだ。

 ついでに。今の時間は庭でコオロギが鳴いている。が、深夜になると鳴かない。虫も眠るのか?


2018.8.17

 猛暑が一転して誠に涼しい一日になった。冬眠から覚めた熊のように、田舎のベンツであちこちへ行く。まずはライブの「テープ花火」をば。

 私のベンツにはエアコンがない。窓を開けて走る。

 ついこの前に田植えだった所が、穂に実が入り頭を下げている。

 「実るほど 頭を下げる 稲穂かな」という。
が、「実るほど ふんぞり返る 議員かな」というパロディーも昔からある。
 「落選を したらやっぱり ただの人」というのもある。
 大臣をしていた時はSPがついていたが、辞めたらただの田舎の爺さんになった人も知っている。

 いや、こんなのもあった。

 「大臣の 竹馬の友は 肥を汲み」
というのもあった。
 田舎の原風景の中で、下肥を担いで農業に精を出している幼なじみのことを憶えているのだろうかと、、、、。

♪♪つつがなしや 友がき♪♪

などと、思い出して欲しいものだ。 

 行く先々で話が長くなるのは老人特有のことだ。が、みんな辛坊強く対応してくれるので、年寄は嬉しいの突き当たりになる。だから余計に長くなる。

 厚かましいが、自分では老人とは思っていない。ただ、物忘れがあったり、身体が動き憎いというのはある。

 ちなみに、我が家のペースケ(猫)は、「明日になったら、ボクは人間になるかもしれない」と思ってこの10年間、我が家に居続けているのではないかと思うことがある。尻尾を持っている家族に違いないのだ。

 世の中は技術がドンドン進んで、話には聞いていたが、デジタルミキシングアンプを使っている現場に遭遇した。ミキシング操作はiPadだ。本体はステージにあるのだという。

 好奇心だけで生きている人間だから無性に欲しくなるが、減価償却どころか、命のある間に何回使えるかを考えると「止ーめた!」にした。今あるアナログでも1年に1回しか使わないのだからねぇ。

 GoProとジンバルをセットして使ってみたが、これはなかなか一筋縄では行かない。iPadでモニターすると、何とも使い馴れないから・・・。広角か魚眼かのどちらかなので、ズームアップ動作が・・・。
 いや、とにかく解説書がないので、「八幡の藪」に入り込んだようなものだ。何とか出来あがった動画をYouTubeにアップしたが、到底「作品」ではない。「下向き」のチェックを入れた人がおるが、そういう目的の動画ではないのだ。ただ、「こんなことがあった」というだけの試用なのにねぇ。
 
 時々、クソミソにコメントしている人がいる。そのコメントの反応がまた面白い。
 「そんなに言うのなら、あんたやってみろ!!」
なんて、当事者をそっちのけで外野がやっている。
評論は簡単だが、実行は難しいねぇ。

 昨日からコオロギが鳴き始めた。やがて秋が深まると、「カタサセ スソサセ」とコオロギの声が聞こえる。冬の準備を知らせるのだと亡き婆ちゃんが言っていた。クマゼミも鳴き始めた、例年、地蔵盆の頃になると「ツクツクボウシ」が鳴く。

 あれが鳴くと夏休みが終わりになる。宿題が残っている。子どもはみんな慌てたものだったねぇ。

 そんなことはもう65年以上も前のことになった。井上陽水の『少年時代』のメロディーが胸にこたえる歳になった。

 「寒いので窓を全部閉めた」と、カミさんが言った。「アナログ」ではなくて「デジタル」なのだ。


2018.8.11

 昨夜遅くから、ふとある人のフェイスブックを見るためにアカウントを作成した。「Aaーでもない Koーでもない」とやっていたら午前の1クオーターを短針が指していた。
 これはエライコッチャ。明日は兼務寺の「お盆の棚経」に朝から出なくてはならない。が、就寝前にパソコンなどをやると脳味噌が興奮して寝付けない。せっかく飲んだ「入眠剤」もすでに効果はない。

 追加を飲んで眠ったが、僅かの時間で起きねば…。夢うつつの朦朧とした状態だが出かけねば。♪♪止めてくださるな妙信殿 落ちぶれ果てても平手は武士じゃ 男の死に際だけは知っており申す 行かねばならぬ 行かねばならぬのじゃー♪♪と、三波春夫の『大利根無常』のようなことになってしまった。

 午後のひとときを友人夫婦を訪ねて、とにかく安全なセッティングをしてもらうことになった。歳を取ると、「セッティング」ということが上手く行かない。何しろ一度やれば、そうたびたびすることではないから。

 若い人はステキだねぇ。初期の書き込みもしてくれて、一応の「開設」が体裁を整えた。ビックリしたのはその反応だ。「お友達」の反応が返って来るのだ。夫婦が親切に教えてくれる。「写真はこうして取り込んで…」などと。「これはもう、極楽浄土へ行く方法よりも難しいのぉ」と言ったら、「極楽へ行く方が難しいと思ってるのにー」と大爆笑いになった。

 文明の利器を上手く使いこなして行こうと思う。「少年老いがたく 学成り難し」だが、まあ意識混濁までは頑張らねばと。翁長さんの生き方を痛切に感じる。

 カミさんと夕ご飯を頂いていたら息子が顔を出した。曰く。「この前まで学生だったのに、もうこんな年になった」と言うから、『俺だって、気持ちは35歳だが、身体がついて来ない。物覚えも悪くなった」と。

 久しぶりに井上揚水の『少年時代』を出して来た。#が3個も付いている。そもそもこの『少年時代』と久石譲の『サマー』が夜更かしのきっかけであった。

 それにしても、フェースブックを通して見ると、みなさん結構人生を謳歌されている。年寄は忙しいぞ!。お参りもせねばならない。本も読みたい。ブログも書きたい。サックスの練習もしたい。たまには阪急3番街へも出かけたい。「人生のバックヤード」が欲しいねぇ。


2018.8.7

 今日も猛暑だった。空はカンカン照り。が、陽が落ちると涼しい北風が吹いて来た。さすがに「立秋」なのだ。エアコンの風よりも自然の風の方が気持ちが良い。もう40年も前、祖母が「極楽の余り風が吹いて来た」と、夕方になると喜んでいたのを思い出す。

 週末からはお盆の行事、デカンショまつり、地蔵盆と続く。もうひと息の残暑を乗り切らねば。「つつがなきや友がき」だ。みんなどうして過ごしているのかなぁ。

 やっと蝉が鳴き始めた。オニヤンマが飛んでいるのを見たという。もう何10年となく見ることはなかったのだが。


2018.8.1

 猛暑が続く。子どもの頃は暑くても28度までだった。夏が来ると境内に「オニユリ」が咲き、「ムクゲ」の花が咲く。そして、ニイニイゼミからアブラゼミ、ツクツクボウシと、秋が近づくにつれ、セミの声も変り、縁側からは「うまおい」が ♪すいーっちょん すいーっちょん♪ と鳴いて入って来たものだが、そんなノスタルジアは何処かへ行ってしまった。花は今も咲くが、虫たちは何処かへ行ってしまった。北野たけしの『菊次郎の夏』のテーマミュージック(https://www.youtube.com/watch?v=WDH_nJM3djc&start_radio=1&list=RDWDH_nJM3djc)のような夏は、どこへ行ってしまったのだろうか?

 夏休み中続く朝の「ラジオ体操」から始まって、「夏休みの宿題」、川へ行っての「水遊び」、「蝉取り」「トンボ取り」「キリギリスを捕まえる」と、麦わら帽子とお手製の昆虫網が定番の、子どもながらに「遊ぶのに忙しい」夏休みであった。土・日は休み。8月は第1週までだけの「ケチくさいラジオ体操」ではなかった。

 夏休みが終わる時、ラジオ体操の「参加カード」を持って行くと、記念品に「鉛筆」がもらえた。嬉しかったねぇー。そんな楽しみは今の子どもたちには用意されていない。あまりに「合理的?」な考えが、子どもたちにゆとりと余裕を持たせ得ない生活を強いているように思えてならない。

 お盆が近づくと、本堂の仏具磨きが始まる。我が宗の仏具は真鍮で、これをピカピカに磨き上げるのを「お磨き」と言って、大事にして来た行事である。子ども心には、実に面倒くさい作業であった。

 歳をとってくると、毎年のお盆の「お磨き」は楽しみの一つになって来た。太平洋戦争の頃、「金属供出」に遭遇して、指輪もネックレスも、鍋も、釜も、薬缶も、水筒も、金属類は持って行かれた。寺の釣鐘も、蝋燭立も、花瓶もも何もかもだ。村の「警鐘台」も根こそぎ持って行かれた。
 校庭にあった二宮尊徳さんや楠木正成の銅像も真っ先に持って行かれた。日常生活用品は「陶器」で代用され、手榴弾も「陶器製」だったというから恐ろしいことだ。

 子どもの頃は、それでも少しばかりの寄進があって、いくつかの仏具は真鍮製のがあったが、今ほどではない。今は皆さんが頑張って揃えて頂いたので、殆ど全てが本来の真鍮製にもどった。
 つまりは、「お磨き」をするべき仏具の数がたくさんになったということだ。報恩講の前は門徒さんが集まって、ピカールでゴシゴシと磨き上げていくが、お盆の前は住職が一人でコツコツと磨き上げる。子どもの頃を思い出しながら2-3日かけて磨いて行く。

 綺麗に光った仏具を飾ると、まるで極楽浄土の宮殿を見るような景色だ。でも、中には全く「お磨き」をしないお寺があって、訪問すると、「????」と思ってしまうことがある。

 65年も前の、田舎の夏を返して欲しい!!。僕の麦わら帽子は、どこへ行ってしまったのだろうか??


2018.7.29

 初めて左周りの台風を経験した。台風が東から西へ移動するなどということは経験したことがない。もうまさに「天変地異」の次元だ。やって来たのは午前3時頃だったので、「白川」を「夜船」で渡っていたので何も気が付かなかったが、朝になって本堂の階段に水たまりが出来ていたということは、意外に雨が降っていたということだ。

 9時過ぎには曇り空だったので、法事に出かけるには助かった。カンカン照りも大変だが、雨降りも大変だ。昨夜は篠山市にも臨時避難所が数カ所開設され、電車も始発から止まっていた。

 そろそろお盆に向けて仏具を磨き始める。何しろたくさんなので、毎日ちょっとづつすることにしている。ペースケが傍にくっついて作業に付き合ってくれる。けったいなネコだ。

 どうしようかな?と思案していたGoProやジンバルが届いた。最近は、操作のためのアプリをダウンロードして設定せねばならないのが年寄には大変だ。なかなか上手く一筋縄では行かない。何かの手順が違うのか・・・。サインインしない。IDやPWのスペルのミスタッチらしい。

 先輩の経験者にメールで尋ねたら、「説明しにくいから」と、電話を頂いた。恐縮の突き当たりだ。
年寄がまず思うのは、「設定をミスって、グチャグチャになってしまったら大変だ」ということだ。人様には、「そんなことはないよ」と言うものの、いざ自分のこととなると、あらぬ心配が進路を塞いでしまうのだ。

 昨夜の「ご命日のつどに」にやって来たK君にやってもらったら上手く接続できた。ちゃんと入れたつもりがミスタッチになっていると「どうどうめぐり」のスパイラルに入る。

 3軸ジンバルもアプリで設定するが、これも「ブルーツース」に接続出来ない。年寄には何とも歯がゆいことばかりだ。一度接続してしまえば勝手に動作するから撮すことだけに専念出来るが、どうも「初期設定」は苦手だねぇ。簡単な説明書が付いているものの、アプリとの関係は書いてない。そういうことは「出来て当たり前」という前提なのかも知れない。
 できる人は「何で?」と不思議に思うだろうが、出来ない者は蟻地獄へ入ってしまう。

 ドローンの設定も、初めはチンプンカンプンだったが、いろいろやっていると、「設定」の要領が判って来た。今回もそうなんだろうが、、、。

 年寄が、たまに駅の券売機に挑戦すると立ち往生するというのはわからないでもない。ICOCAのチャージはどうすれば良いのかと最初に戸惑ったことがあった。近頃の病院も、診察券を機械に通して手続きをする。お金も機械で支払うようになっているが、どうも不安なので「有人受付」へ回る。

 うちのカミさんは、デジカメを持ってはいるものの使い切れない。フィルムカメラの方が良いという。「どうすれば良いのか?」と訊ねられても、自分のカメラが精一杯なので教えられない。「設定」よりも構図やシャッターチャンスの方が大事。もうピントはオートフォーカスだ。ついには「連写」で、「その中の一枚」という風になって来ている。

 カミさんがやっと2年ぶりでワードの文章をUSBへ保存出来るようになった。「ツリー構造」というものの理解が出来ないから、どういう風に保存するのかが理解出来ないのだ。そう言えば、たくさんの文書をデスクトップの画面に保存している人がいるが、あれは極めて効率が悪いが、本人はそうは思っていない。構造が理解出来ないと上手く行かないのだ。本来の機能を使うまでに、「設定」という関門をクリアーするのに精力を使ってしまう。「あぁー 情けないねぇ 年寄は。。。」

 「情けない」と言えば、あの「バイキング方式」のお店へ入るのも心許ない。若い人達は普通に振る舞っているが、案外とそういう店には年寄が入っていない。またしても年寄の入っている店を選んでしまう。「あぁー 情けないねぇ 年寄は。。。」 暑さに参って、最早Saxどころではない。


2018.7.22

 今日も猛暑だ。そう言えば丸3年前、暑い中を植木の剪定をしたあと、シャワーですっかり汗を落とし、「一杯会」のお迎えを待って小さな居酒屋へ行った。

 集まったメンバーはとんでもないメンバーで、しかし打ち解け合って「いっぱい」が進んだ。レンコンの「つくね」をつまみながら、ビール・オンザロック焼酎と進んで、最後は完全に酩酊。あの頃は若かったなぁ。

 いや、今思えば、熱中症初期状態で飲んだのかも知れない。翌日の講演は大変であった。
以来、気をつけて飲んだつもりが昨冬もよく回った。二人で一升ほど空けたというから・・・。
今年はメスを入れた後なので、飲むと堪えるのですっかり飲まなくなってしまった。

 たまに大阪へ出て、ウイドウショッピングをすると、まことに小さなビデオカメラが飾ってある。潜水用のカバーも商品化されている。

 「いいなぁ」と指をくわえている。

 三軸ジンバル棒に取り付けて撮影すると、まるでドローン撮影のような感じの動画が撮れるのをYouTubeで拝見した。

 エライこっちゃ。私の好奇心を猛烈にかき立てる。

ここしばらくは猛暑の為せるところか、サックスを吹かなかった。いや、昨夕チョット吹いてみたら、アンブシャーが弱っていた。下の「ド」が出にくい。下腹に力が入らないと出にくいが、「あーしんど」と止めてMPをつくづくと眺めたら、何とあのお気に入りだった樹脂製のリードが縦にひび割れているではないか。歳を取ると指の爪も縦にひびが入りやすくなる。応急措置は「瞬間接着剤」だ。

 残念だがリードはゴミ箱へ行かざるを得ない。せっかく良い音が出て、フラジオも良く出ていたのに。「諸行無常・諸法無我」だ。また天然のケーン製ので調整して行くより他はない。


2018.7.20

 相変わらずの猛暑。

 スキー場を利用してのイルミネーションなのだろうが、夏場のイルミネーションでは初めて見る光景だ。

 コメントはない。ここを見て!!
 https://www.youtube.com/watch?v=QTcLll2jdrQ&t=29s
 4K小型カメラの映像だが、まるでドローンのような動きにはビックリ。撮影者は私と同年配だ。
コメントは蛇足だ。


2018.7.17

 猛暑を通り越して酷暑になっている。大雨の被災地はいかばかりかと心痛する。

 この暑さの中、本堂にお参りすると、線香の煙が上に昇らずに、1メートル程の高さでたなびく。上は暑い空気の層になっているのだ。

 15年ほども前のこと。今は亡き友人と京都の祇園祭の山鉾巡行を見に行った。結構暑かったが、今年のようではなかった。その数年後、今度は宵宮を見に行った。町々に家宝が飾られ、山鉾からはコンチキチンと鐘の音が響いていた。平安時代に、京都で流行した疫病退治の祈願で始まったというお祭りだ。
 今日は祇園の山鉾巡行だったのだ。もうあれから10年以上もの年月が過ぎた。今は外国の観光客でさぞ大混雑なのだろうと想像する。鉾に乗る子どもたちは町内会では調達できず、あちこちから来て貰っていると言うから、その時すでに町屋では少子高齢化がもろに来ていたのだろう。
 
 夕方、庭に打ち水をする。水を打つと僅かに涼しくなる。
 が、水を打ちながら、ふと思ったのは、浄土三部経のうちの『観無量寿経』の序分だ。

 自身の出生の秘密を知った阿闍世が、父王の頻婆娑羅を幽閉する場面である。七重の石牢の中に幽閉された頻婆娑羅は、食べ物も与えられず、妻の密かな面会で命を繋いでいたという。

 庭には20鉢ほどの植木鉢に、木や花などが植えられている。植木鉢で大地と隔離された花たちは、この炎天下に水が欲しくてもどうしようもない。人間が鉢に水を注がないと、雨をひたすら待つよりほかはない。

 考えて見れば、一種残酷なことだねぇ。自分があの植木鉢に植えられた花であったとしたら・・・・。

 昔々、仲の良くない嫁と姑がおったそうだ。姑にいじめられた嫁は、いつの日か仕返しをしてやろうと心に決めたそうだ。

 その日がやって来た。

 姑は老いてしまい、自分で食事をとることが出来なくなって寝たきりになった。

 嫁は、その姑の前で、美味しい物をこれ見よがしに食べたという。

 姑の鼻先へ食べ物を突き出しはするものの、一口も食べさせなかったという。

 苦しみから、鬼のような表情をする姑を、嫁はせせら笑って長年の仕返しをしたという。

 何処かで聞いた話であった。

 ネコや犬に、冗談で食べ物を鼻先に出しては与えないのも、ペット達の気持ちはどんなのかと思うと、そういうことをしてはいけないと言ったことがある。食べさせてはいけない物なら、そういうことはするな!と。

 人間というものは、どこまでも自分本位の生き物だと言うことを、植木鉢から教えられる猛暑のこの頃である。


2018.7.14

 大雨の被害は未だ続いているというから、被災地は大変だ。気持ちだけは込み上げて来るが、老体では如何ともしがたい。まことに残念だ。

 カミさんの出身の江田島も、知人のいる呉も大変だ。呉-広島間の道路は、駐車場に道を架設して一応開通させたと言うから、なかなか気転の効く行政感覚だと思わず拍手した。いろんな条件が合致したのだとは思うが、道路を塞ぐ土砂を取り除かねばということではなくて、迂回路を作ったという発想が良いと思った。

 篠山もあちこちに被害が出ている。豪雨は思わぬ所に爪痕を残した。

 カンカン照りで、室内でも30度を超している。そんな中、「組」の寺の関係の総会と研修会が隣の寺であった。もしかしたら「今生の名残か?」と参加する。久しぶりに見る顔が懐かしい。扉を全部開け広げて扇風機が回っているが暑かった。「雨の被害は?」という所からの確かめ合いであった。

 会場となっている寺の婆ちゃんへの手土産はアイスクリームだ。「暑いから外へ出ないように」と言ってプレゼントをする。勝手知ったる他人の家だから、婆ちゃんの部屋へ直行だ。

 総会行事の後での「ご法話」は、京都から教導さんがやって来て話をしていただいた。お馴染みの教導さんだから心易いのが何よりだった。話の中身もステキだった。

 余計な事だが、この総会は、「推進員協議会」の総会ではあるが、門徒会の人も、坊守も住職も研修ということで合同で開かれた。総会の議事は当然「推進員協議会」の内容である。議事である以上、採決が取られる。

 「うん?」と思ったのは、この「総会」での議決権のない人までもが手を挙げて採決に参加したのだ。一番後にいたから様子が全部わかるのだ。

 「味噌も糞も一緒」という言葉があるが、参加していた人達も特にそのことには意識していなかったのだろう。もちろん議長を務めた方も。「生死に関わる」ような内容ではないので、「まぁえーっか!」と思った。

 夕方、陽が落ちて、ネコと一緒に縁側に座っていると、山の方から「ひぐらし」の鳴き声が聞こえてきた。今年初めての「ひぐらし」の声だった。日暮らしにさしかかった年寄が「ひぐらし」を聞くと何かと侘しいものだ。

 メールのやりとりをしていると、テーマが外れて返事が来ることがある。「メール内容にかかわりたくなくて、関わらぬように外しているのかなぁ」と思うことがある。「いいよ! 相手にしてもらわなくっても!!」と思うことにしている。そんなのは良い方で、返事が来ないのもある。「無間地獄」へメールを発信したようなものだ。メールは「ブログ」ではなくて、用事があるから出しているのだから、せめてYesかNoかぐらいは返事をして欲しいものだ。これからは「配達証明」の封書で連絡するか? これもやっぱり年寄のヒガミか? どうも近頃はとみにヒガミっぽくなっている。


2018.7.6

 大雨が続く。ちょっと所用があって外出せねばならなかった。武庫川の上流にあたる河川はどこもいっぱいの水が流れていた。山々に降っている雨が、染み込む限界を超えて流れ出して集まっているのだ。

まだ2-3日続くというから、大変だ、昨日から電車は止まったままで、線路はさび付いてしまっている。駅前の駐車場も殆ど車が止まっていない。車で出勤したのか、それとも会社は臨時休暇になっているのか・・・。そう言えば舞鶴若狭道もどうやら通行止めになっているらしく、遠望する限りでは車は走っていない。その分、地道の方へ流入しているかというと、どうもそうでもなくて、普段の交通量のように見受けるから、経済活動が停留しているのかも知れない。

 篠山市にも「土砂災害警戒情報」が出ていて、市東部の京都府境は「極めて危険」の色が塗られている。雨が間断なく降っている。この雨を全部受けて、加古川と武庫川へ流しているのだから、下流へ行くにつれて水量も増して、大変な状況になっているようだ。
 被害が少ないことを念ずるばかりである。


2018.7.4

久しぶりに書棚の奥に置いていたバックアップ用「USB接続HD」を引っ張り出して来た。LANDISKが2台、バックアップで動いているが、以前に使っていたので、もったいないから、3重のバックアップ用に使っていたものだ。

 音源のリッピングや動画の保存、データの保存に数台あるので、一応点検とデータの追加をやった。が、USBを接いだり外したりすると、何かに影響するのか、認識しなくなった。あれこれやっていると、やっと認識するようになったが、当時は便利なものだと思いつつも、今となってはなかなか面倒でおっとりしている。

 もっと瞬間的に読み書きが出来ると良いのだが、たくさんのMP4などをコピーに掛けると、エライ長い時間がかかる。

 そう言えば、昭和50年頃に出て来たプリンターは「ドット式」で、ゆったり印刷していたが、「えらいもんだ。書くよりも速いなぁ」と感心したものだ。

 「プリンター用紙」と言って、両側にパーフォレーションの穴が空いていて、長く繋がった用紙があった。N88BASICとい言語で「虫食い算」の式をつくり、これを計算させてたこともあった。プログラム・データを印刷して保管したりと、今では結構無駄な作業も楽しみみたいなものだった。

 機械は次々と新しく開発されて行くが、もう使いこなせない。セットアップも面倒になった。「クレイビング・エキスプローラー」の動画表示が出来ない原因は「フラッシュ・プレーヤー」の相性らしいが、ダウンロードして更新するのも面倒になった。もう1台のPCでは動くので、こっちはユーチューブで見られればそれで良い。

 iPadもアプリの更新が次々と掛かってくるが、更新しても使わないのは「フェースブック」や「ツイッター」だ。使えば便利なのだろうが、ナンチャラカンチャラと登録するのが煩わしい。これも、「ブログ」を使えば簡単なのだろうが、最初の使い始めが面倒になった。

 歳不相応に、「我もやりなん」と持ったものの、使っているのはほんの一部分だけだ。「あーそれなのにそれなのに」、こんなに頻繁に更新が掛かってくるということは、アプリは未完成品が提供されていると言うことか?

 「努力すれば使えるようになる」かも知れないが、「使えるようになるまで命がもつかどうか」だ。サックスを始めた時に似たようなことを言われた。「努力すれば上手になる」が「上手になるまで命が持つかどうか」と。


2018.6.29

 過日、所用があって上洛した。本山へもお参りして、40年以上も前のことを思い出した。
 若い僧が『正信偈』のお勤めをデュエットでしていたが、何とも言いがたい下手くそであった。まあそんなもんだ。
 坊さんだからお経が上手とは限らない。
 坊さんだから字が上手だとは限らない。
 坊さんだから漢字が全部読めるとは限らない。
上手なのは半分くらいで、残りは下手くそかも知れない。
「声楽科」や「書道学科」や「漢文学科」を出たのではないから。

 「弘法は筆を選ばず」と言われるが、私は、「選んだ」と思っている。
 「弘法も筆の誤り」と言うが、弘法も間違ったことがあったと発見されたという。

 本山で習ったお経の節は、「丹波の国」では通用しなっかった。「丹波節」というものに他の坊さんは慣れ親しんでいたからだ。

 大きな法要の打ち合わせがあって、一度合わせてみようと10人の坊さんが集まって『正信偈』をやったら、ものの見事に合わなかった。「エライコッチャ」と練習会をしたが、結局は合わなかった。
明治時代の集合写真のように、銘々勝手な方向にポーズを取ってるような具合だった。
明治時代は、「はい チーズ」なんてのはなかったのだ。テンポもメロディも無茶苦茶だった。
「思い込む」と言うここはとんでもないことになる。

 40数年前の本山での2週間にわたる研修の中で、本山では「え」を「い」と発音し、「い」を「え」と発音するのだと思った。
 「ノム(飲む)」と言って、発音しない読み方など、鎌倉・室町時代の読み方なのか、指導者が鼻詰まりだったのか、よく理解できない慣習があるので、「い」と「え」もそうなんだと思ったが、あとでわかったのは、講師が「ズーズー弁」の人だったと言うことであった。

 落語に、「落ちる人が死んでから乗ってくださいと言うからびっくりした」と言うのがある。
これ実は、「降りる人が済んでから乗ってください」だったと言うのだ。

 なに、江戸弁だって「コーヒー」とは言えず「コーシー」という。これが江戸っ子のカッコいいところだというが、なんてことはない。方言の一種だ。

 信じることは恐ろしいぞ。嘘を信じたら大変だぞ。

 それにしても小雨降る中のご本山は、境内には人が居ないという状況。あの広い境内に比べ、地下街はたくさんの人がいる。人類はネアンデルタール人の如く「洞穴生活」になりつつあるのかなぁ?。


2018.6.30

 以前に、「サックスをシャワーで洗った」とYouTubeにアップすると、「木管楽器を洗うなどとはとんでもない!」という書き込みがあった。「そんな恐ろしいことは出来ない」という人が殆どだ。どうも誤解と迷信と不器用が集まった状況になったものだった。反論するのも誠に面倒なので、書き込みができないようにした。

 木で出来ているから木管楽器、金属で出来ているから金管楽器と思っている人がおるが、それは大いに誤れるなりだ。

ホルンはそもそも「大きな煙管」(タバコを吸うための喫煙道具)のような形をした木製の笛であったが、それを金属製にして、クルクルと巻いた形になった。初めはピストンがなかったと聞いている。

 トランペットの原型は「軍隊ラッパ」で、それにピストンがついた。ピストンによって管長が替わる。トロンボーンはスライドパイプで管長を変化させる。チューバもユーフォニアムもトランペットと同じだ。

 金管楽器という分類のものは、空気の入り口と出口が1本の管になっていて、音はマウスピースの凹みの中でクチビルを振動させて発生させ、管末のホーンの所から出て来る。管長によって共振周波数が変わるので音階が出来るのだ。

 尺八やフルートの類いは、管の途中に穴が空いていて、空気の取り込み口から穴までの管長を変化させる(運指)ことによって音階を変化させる。音は空気の吹き込み口での空気振動によって出て来る。こういうのを一応は「木管楽器」という類いに分類されている。

 クラリネットやサキソホーンは、尺八類と同じように管の途中に穴があって、その穴の塞ぎ具合(運指)によって音階を替えるが、音の基本的な発生はマウスピースに着けられた「リード」の振動によるもので、運指による管長の変化とリードの共振で音が出て来る。出て来る場所は、木管楽器のように口元ではなくて、金管楽器のように管末から出る。だって、リードは口にくわえているから出たくても出ないわなぁ。

 ざっくり言うと、真鍮という金属で出来ているから金管楽器、木や竹で出来ているから木管楽器というのではない。外国製で、プラスチックで作られたトロンボーンやサキソホーンがある。これを「プラスチック楽器」という分類にすることはないと思うのですなぁ。

 と、いくら説明しても判らん人は判らんのです。いや、判ろうとして私の話を聞かないのです。またブツブツと能書きをたれておると聞き流すのです。


2018.6.19

 「人は30歳で新しい音楽の探究をやめる」という記事を見た。『音楽的無気力』と言うのだそうだが、この現象は、平均すると30歳6ヶ月を迎えた頃に始まると書かれている。

 平均して33歳までには新たな音楽を探すのをやめるようになり、音楽的嗜好が固まる傾向があり、調査によれば、60%の人は、普段聴いている同じ曲を何度も聴いているだけであり、また25%は自分が好きなジャンル以外の新しい音楽を試してみることはないと答えているというのだ。

 10代の時に聞いた音楽が、その後の音楽の好みに最も大きな影響を与えることが判明したという。男性の場合は13~16歳の間にリリースされた曲が、大人になってからの音楽の好みに大きな影響を与えるとのこと。平均すると、男性の最も好きな曲は、14歳の時にリリースされた曲であることが多いそうだ。女性の場合は男性より少し早く、11~14歳の時に聞いた音楽の影響が大きく、平均13歳の時にリリースされた曲が最も好きな音楽になるという。20歳の時に聞く音楽は、10代の時に聞いた音楽の半分ほどの影響力しかないそうだ。という。

 こんな記事が目にとまったのだった。

 道理で今の年寄り(?)は「演歌」や「ムード歌謡」が好きで、若い人達の歌っている曲には馴染めないのかも知れない。

 これは食べ物の嗜好にもこういう理論が言われたことがあった。「歳をとると、子どもの頃に食べた物が食べたくなる」というのだ。「おふくろの味」とか「肉じゃが」などは典型的な物だ。「ハンバーグが喰いたい」と言うのは、子どもの頃には余程裕福な家庭に育ったのかも知れない。

 この記事を読んで、たとえばアメリカの人達は、歳をとると『テネシー・ワルツ』などのスローテンポの「アメリカ型ナツメロ」が好まれると言うことなのか? と思っり、アメリカのシルバー・エイジは、ちょうど「ザ・ベンチャーズ」の頃だ。
 ♪♪テケテケテケテケ♪♪ に憧れたものだったなぁ。

 そう思って「音楽 1960年」と検索すると、出て来る出て来る。日本も海外のも、みんな懐かしい曲だ。放送局へハガキを出して「リクエスト」をするのが大流行だった。

 いずれにしても、「子どもの頃の体験が、人生を左右することになる」ということかも知れない。

 今日出合った方が、「昨日は大変ビックリしたねぇ。ウチの息子は5時間歩いて、電車に乗り継いで帰って来た。体重計では2㎏軽くなっていた」と言われていた。今日も揺れた。みんな「恐かった」と言っていた。


2018.6.18

 携帯からけたたましい警報が出るのと同時に、大きな揺れがやって来た。「同時」というのは、震源に近いということだ。「阪神淡路」の時ぐらいの揺れだった。

 収まってから、本堂の様子を見に行く。何も異常なしだ。外回りも屋根も異常なし。村の中も異常なし。学校を覗くと子どもたちが勉強していたから、これも一安心だ。

 カミさんはバスで京都へ出かけて行ったが、、地震はバスの中だろうからわからなかったであろう。結局は、京都へは入らずに、途中で昼ご飯をとって帰ったて来たが。

 私も別の会で京都へ行くべしであったが、どうも大阪・京都あたりの交通が完全にストップしているらしいので問い合わせてみる。

京都へ向かっている鳥取や島根の人達は、もしかしたら・・・。と。
 で、結局これも中止になった。

 突如として何かが起こると、すぐに「水平思考」は起きないらしい。「道路は?」「交通機関は?」。

 「阪神淡路」の時も、すぐにテレビを着けた。当直のスタッフが局の前の歩道から実況をしていたが、リポーターのアナウンサーは、「々成っているのか、まだ滋養今日が判りません」とコメントをする。しかし、リポーターの背景は、電柱が傾き、ビルが傾いていた。「後を振り向け!!」と、思わずテレビに向かって言ったてしまった。

 NHKは地震のニュースばかり。次々と被害の全貌が浮かんで来る。

 高槻あたりの学校の近くにいたテレビが運動場に避難している子どもたちを移していたら、背広姿の教師らしき人が、「個人情報が・・・・」みたいなことを言って、撮影するなと制止した。

 個人情報という物は、いくつかの要素が集まって構成されるものであって、氏名も判別出来ない形で運動場に避難している情景は、「個人情報」云々ではない。過敏な対応は如何なものかと思う。

 しかし、人口集中地の内陸直下型というのは、いろんなインフラの故障で思わぬ麻痺が起こってしまうものだ。「南海トラフ」が動くと、とんでもないことになると思う。