父の死を実感し感動
                      

 平成9年7月29日の朝刊(朝日新聞)に、眠る沈没船・戦争で沈んだ船と人展が、北九州市門司区旧税関ホールで始まる。会場には被災商船の写真450点のほか、被弾して沈没する瞬間、米軍撮影の写真も展示される。また同会常務理事中原厚様は、沈没船は海に沈んでいるため、忘れられがちなので、この写真展を通じ、特に若い人に歴史を知ってもらいたい、という記事を読んだ家内から、戦時中、輸送船に乗って戦死した父が、乗っていた浅香丸の写真が展示されているかもしれないので、見に行こうといわれ、家内と一緒に行きました。

 写真展には、父の乗った浅香丸はありませんでした。

 受付に行き中原常務理事に、浅香丸について問い合わせたところ、「知られざる戦没船の記録」上巻に記載されていると言われ、早速写真をコピーして頂き浅香丸の当時の記録を読みました。

 父奥野十太郎の戦死の模様が具体的に記載されているので、誠にビックリいたしました。昭和19年10月12日付で戦死公報があった当時、私は小学校6年生の時でした。父の顔すら覚えていない私です。ただ父の昔の写真で、なんとか保っているからです。53年ぶりに、父が乗っていた浅香丸の写真(コピー)をみた瞬間、父に逢えたと思いました。

 また戦死の状況まで分かり、父の戦死が実感でき、浅香丸の父に逢えた嬉しさと悲しさで、涙が次から次にでて、身がつまされ感動いたしました。

 中原常務理事のお蔭で父にお会いできたこと、誠に有難うございます。心から厚くお礼申し上げます。私たちのような遺族が、日本中に多くおられることと思います。

 このような展示会を多く開催して頂き、一人でも多くの遺族に知らせて頂ければ幸いに思います。

 太平洋戦争における悲劇の戦没船輸送団に襲いかかった、敵機による攻撃、また水中から潜水艦による魚雷攻撃等、この記録が一人でも多くの人々の目に触れるよう、戦後52年たった今日、太平洋戦争が遠くなりつつありますので、貴会のご活躍を心からお祈り申し上げます。

   北九州市小倉南区 奥野数之

          (戦没船を記録する会会報第15号(1997年発行)より)
:写真およびその説明は事務局が付加した。