広島県の戦没船員


 先の太平洋戦争で戦没した船員数は60,331人と記録されています。
その中で広島県の戦没船員数は3,427人で、鹿児島県(3,746人)に次いで多くの船員が戦没しています。また、これらの船員が乗り組んでいた船舶の数は数百隻に上りますが、大日丸1隻で34人の広島県船員が戦没するなど、5人以上の船員が戦没した船の数だけでも113隻あります。

 そして、これらの船の中には、昭和17年11月ガダルカナル島への第2次強行輸送作戦に参加し、11隻の船団中ガダルカナル島に到着できた4隻も含まれています。他の船は終日の空爆で沈没したり引き返しましたが、ガダルカナル島に到着した4隻も敵機の攻撃が激しくて揚荷が出来ず、軍は「海岸に擱座して強行揚陸をなせ」と命令し、護衛艦を引き上げさせました。各船は海岸に擱座して荷揚げを図ったが、空爆で破壊され炎上して積荷も失われました。島に取り残された乗組員は、戦闘と飢餓で多くがガダルカナル島の土と化し、4隻の乗組員267人中生還できたのは27人だけでした。このときの広島県戦没船員は宏川丸17人、鬼怒川丸13人、山浦丸8人、山月丸2人でした。

 戦没船を記録する会は、戦争で沈んだ多くの人々の慰霊と鎮魂の思いを込めて、自らの手でこの戦争を検証し、その記録を後世に伝えるために、戦没船員や戦没船に関する記録、資料を収集してきました。そして全日本海員組合の協力を得て、神戸の海員組合ビルに『戦没した船と海員の資料館』を開設し、私たちが集めた戦没船の写真や、数々の資料を永久展示することが出来ました。
 私たちは、再び海を戦場にしてはならないという固い決意の下に、この資料館が恒久の平和と海上の安全のために、大いに役立ってほしいと念願しています。

戦没船を記録する会