69才の読書ノート

再読 街道を行く 20 中国 雲南のみち     司馬遼太郎

この2月19日より10日間 中国独り旅に出る。雲南省・昆明を出発点に、世界遺産カルスト石林・菜の花畑の羅平・世界遺産大渓谷麗江・玉龍雪山等々。旅のガイドは、司馬さんの[街道を行く 雲南のみち 」こそ最高だと思う。


機は雲南省昆明に飛ぶ。雲南は高地だ。風の通りも良い。予想通り、昆明の空は青かった。雲南省は僻地などというなまやさしいものではなく、天涯である。山も谷も湖もタイ語系やチベット語系の人達の天地であった。ここが漢民族の視野に入るのは、漢の武帝のときである。


武帝は西方に異種の文明社会があることを知って、内陸に閉塞しがちな中国文明に大きな窓を開けようとした。強烈な好奇心といっていい。武帝のころは、四川省辺境の山地から貴州省、雲南省などの一帯を「西南夷」とよんでいた。


西南夷は、日本の稲作村落と同様、水流の流れる谷にある。ここが中国の版図に入るのは、匈奴の末裔であるモンゴル帝国による。西南夷は天性の戦闘者。とくにミャオ族の精悍さはすさまじいもので、その性格や集団行動のありかたは、日本史上の隼人に酷似している。


空から見た雲南はあかるい。土の色の赤さは、素焼きの植木鉢のかけらの色である。その赤さの上に、唐三彩の素朴な緑釉を淡く掛けたような色調の低い丘のむれが、かぎりなく起伏している。


雲南省は日本の九州の10倍の面積を持つ。ただし耕地は7%ほどで、存外農業がふるわない。その理由は、水系の網が細やかではないためらしく、空からみていても大味だ。


中国で照葉樹が多いのは、福建・広東といった華南地方だが、似たような緯度にある雲南は照葉樹ではなく、針葉樹であるのは、高原のせいだろう。日本のような うだるような盛夏がなく、「四時如春」である。照葉樹はそういう気候には適さないかもしれない

長い間、日本人にとって雲南は遠い存在であった。だが今や多様な少数民族が住むエキゾチックで魅惑的な地になった。世界遺産になった麗江をはじめ、大理、シャングリラ、石林、シーサンパンナなど、雲南の少数民族の生活文化や、民俗・祭りなどに人々の関心が集まっている。


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