69才の読書ノート

中国ー民族と土地と歴史ー   オーエン・ラティモア    岩波新書

著者 1900年ワシントン市生まれ。1929年ハーバード大学卒業 英国リーズ大教授

著書「中国の内アジア辺彊}「アジアにおける解決」「アジアの情勢」

生涯の大半を中国の実地に踏査してきたアメリカのすぐれた東洋学者が、夫人とともに著した中国通史。夏殷周から人民共和国成立前までの数千年にわたり広大な地域に生きてきた中国民族の生活と精神を、そして、そのおどろくべき発展の姿を、世界史的視野のなかで鮮やかに描き出す。歴史叙述の新しい形を作った古典的名著。

1950年ラティモアは「マッカーシズム」の赤狩り旋風に巻き込まれ、学問研究の自由の為、法廷闘争を堂々とたたかいぬいた。

平野義太郎氏の序 (1950年2月)

中国に関する通史とし、また概説書として、本書は優れた、そして画期的な書物である。

第1に、著者は世界史の観点から中国の歴史をつかもうとしている。

第2に、著者はふつうの王朝を羅列する帝王史をやめ、生きて躍動する人間の生活と民族の精神とを歴史の中にみようとする。

第3に、中国史を現代史にまでつなげている。


本文より、内容一部抜書き紹介

甲骨文字は、殷の明瞭な画像である。彼等は農業民であったが、狩猟もやった。牛も知られており、その肉は食用に供されたが、ミルクやバターなどに使った証拠はない。これは中国人の進化の線が、家畜なしの農業から、動物を加えた農業へと進んだ有力な証拠だ。インド人は牧畜民であったが、後に農業民となった。インド人はミルクやバターを用いるが、中国人は用いない。インドではミルクやバターは儀式的・宗教的な意味を持っているが、中国人はそうでない。


中国哲学の「師父」である孔子・孟子・老子はいずれも周代後半のなてしない戦乱と計り知れぬ変動の時代に属した人々である。彼等が現れたとき、すでに中国は古くからの高度な文明を持っていたからといって、彼等がただ端坐と冥想のみによって中国哲学をつくりあげたように誤解してはならない。かれらが偉大な哲学者たりえたのは、彼等が変動の時代を呼吸しつつ生きたことによるのである。目前に起こりつつある変動は人々を思考にはしらせた。かれらは自分達の時代や事件の問題の意味を探求しながら、過去の中からもっとも意味深いと思われるものを選び出してそれを現在にあてはめたのである。

唐朝の権勢の根底をなしたものは、中国北方辺境と農業中心地帯との結びつきが、漢代より優れていたことである。長城の北と中央アジアではトルコ語およびトルコ文化が支配していた。


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