丸山真男「日本の思想」を読む


2006年2月11日、名古屋哲学セミナーのまとめ


2月11日、名古屋哲学セミナー第1例会では「思想方法を問う」をテーマに、丸山真男著「日本の思想」(岩波新書)を取り上げた。最初、発言者のレジメによって、各章ごとに、記述内容を出来るかぎり著作にそって整理した。発言者のレジメは、岩波新書の4論文のうちの最初の「日本の思想」のみに限られていた。この論文は非常に難解で、発言者は、読むのに苦労したと何度も述懐した。その後、吉田千秋先生より、「日本の思想」について全般的な解説を頂き、
15分間休憩後、全員でディスカッションに入った。

 

最初に、東京大学法学部丸山ゼミで学ばれた岩名さんの友人T氏から、「教え子からみた丸山先生像」のお話を伺った。丸山先生が専攻された日本思想史は、東大法学部の中では、主流から離れた存在であり、先生の歩かれた道も、決して陽の当たるエリートの道ではなかった。むしろ先生の後ろ姿には生粋の都会人としての限界を感じさせる淋しさもあったと。

ディスカッションに入り、司会者は、最近の社会状況と結びつけて、この本から何を学ぶかひとりひとりの発言を聞いた。多くの出席者からは、平穏に見える現実社会は、実は多くの人々に不安と動揺を与え続けている、現実と目指すべき社会との乖離が日に日に大きくなっているとの指摘があり、最後にこうした社会の中で、我々は如何に生きるべきかとの問いかけがなされた。

最後に、吉田先生から全体を総括する意味で結びの言葉があった。

 

「本日の発言者は、大変立派なレジメを準備して下さって有難う。実は、この本を取り上げる際、私としては、「日本の思想」のみならず、この新書の中にある「「である」ことと「する」こと」「思想のありかたについて」「近代日本の思想と文学」も同時に取り上げて欲しかった。申すまでもなく、この4論文は内容的につながっており、むしろ最初の論文「日本の思想」を読む前に、後の3論文を読んでおかないと、最初の論文「日本の思想」の内容は正しく掴めない。すなわち、この4論文で言おうとしていることは、日本人社会の中にある「たこ壷文化」を否定し、「ササラ文化」に到達するにはどうすべきかを、丸山先生は考えておられる。

 

日本の思想的伝統は、加藤周一氏のいう雑種的であるというより、雑居的という表現の方が正確ではないか。外国の新思想をいち早く取り入れる日本では、これを伝統的思想と対することもせず、また時が来れば別の思想に乗り換えていく。そこには葛藤もなければ、思想の蓄積もない。日本人にとって、明治以降 世界観として体系だったものに接したのは、キリスト教とマルクス主義だけだった。マルクス主義にたいしては、主義者という言葉で侮蔑し、時の権力の強圧下にさらされてきた歴史がある。

 

あの高度経済成長を中途半端にやり過ごしてしまった日本には、結局実利主義だけが残ってしまったのではないか。九条の会、どうしたら新しい波を作り出していけるか。今はそのことを一生懸命考えている。

 

我々は、こうして集い、皆で「日本の思想」を読んでいる。しかし、ここにも、たこ壷文化がある。生きていくことは難しい。勿論誰もが実利を大切にする。しかし、生きていくには、何か実利とは違うものこそが、大切ではないかと、ある日ふと気づく。そんな時、人々は往々にして宗教の門を叩く。人間は生きる羅針盤を必要とするものだ。何が大切か。一貫した生き方を貫くとは、どういうことなのか。人は常に求めている。

 

たこ壷文化に没している社会では、外の情報が得にくい。結局ここにマスコミの力が発揮され、マスコミに牛耳られ、操作されていく社会が出来上がる。マスコミに牛耳られない社会を作るには、ササラ文化の形成が必要ではないか。

 

最後に、今回の丸山真男著「日本の思想」が難しい、読みづらいとのクレームもあるが、これからも、時々はこうした骨のある論文を読んでいきたい。いつも軟らかいものばかり食べていては、歯も次第に弱ってくるように、時には硬い本も苦労して読む必要があると、吉田千秋先生、最後にはっきりと断言され、会は終った。

 






名古屋哲学セミナー 2006年2月11日(土)レジメ

 

            丸山真男著「日本の思想」を読む  発言者 西川尚武

 

丸山真男著「日本の思想」(岩波新書)はすでに102万冊も販売実績をあげた長期ベストセラーです。しかし、本書を手にして驚くのは、とてつもなく、難しい論文です。どれだけの読者がこの本を十分に理解し 著者の主張を認識されたか、大きな疑問が残ります。過日名古屋哲学セミナーで取り上げた吉野源三郎著「君達はどう生きるか」を、吉田千秋先生は、この本の読者対象者は現在の大学生クラスではないかと言われましたが、同じ評価基準でこの丸山真男著「日本の思想」を評価し、読者対象者を推定するとすれば、102万人の読者層とは一体どんな方々でしょうか。しかし、難解な論文ではありますが、私ども一度はこの難しい論文に挑戦し、多くの方々が、感動した名著として絶賛されるこの論文を読みきりたいものですね。

 

この度私は、立候補者がなかなか名乗りでない本書の発言者をひょんなことで引き受けてしまい、後でどうしてこんな難しい本の発言者を引き受けてしまったのか大慌てしましたが後のまつりです。後悔しております。

 

本日は、この難解な論文を皆様と一緒に読み解いていくために、次のステップで進めていきます。

1、       まず、どなたかに、その章の目次を 声を出して読んで頂きます。

2、       特にその章の内容を代表する一節ではありませんが、レジメの一節を、声を出して読んで下さい。

3、       次に、一節に関する問題が出題してあります。この問題の答を皆様と一緒に考えてみたいと思います。

4、       最後に、この章に関して、「私の言葉でまとめた要約文」を 私が声を出して読みます。

5、       こうして全章読み終わったら、吉田先生から、「日本の思想」について、詳しくご指導をお願いします。

 

丸山真男先生の履歴

1914年 大阪に生まれる。 1923年 関東大震災 長谷川如是閑氏宅へ避難。  1926年 東京府立第一中学校に入学  1931年 第一高等学校文科入学。  1934年 東京帝国大学法学部政治学科入学。 1950年 東京大学法学部教授  1957年 「岩波講座 現代思想]T 日本の思想」発表 最終住所 東京都目黒区宮前町64番地 (実は小生の高校時代の住所は目黒区宮前町52番地、こんなことから本日発言者立候補)  1996年 肝臓ガンで死去。

 

主要著書

日本政治思想史研究 東大出版会。 日本の思想 岩波新書。 現代政治の思想と行動 未来社。 戦中と戦後の間  みすず書房。  文明論の概略を読む 岩波新書。  忠誠と反逆―転換期日本の精神史的位相 筑摩書房。 丸山真男著作ノート 現代の理論社。   翻訳と日本の近代 岩波新書。

 

 

 

「日本の思想」―まえがき

一言でいうと実もふたもないことになってしまうが、つまりこれはあらゆる時代の観念や思想に否応なく相互連関性を与え、すべての思想的立場がそれとの関係で−否定を通じてでも―自己を歴史的に位置づけるような中核あるいは座標軸に当る思想的伝統はわが国には形成されなかった、ということだ。(岩波新書−5p)   

   問題・・・これはとは、本文中のどこを指すか。 それとの関係のそれとは何か?

 

(私の言葉でまとめた まえがきの要約)

なぜ日本思想史の包括的な研究が貧弱なのか、それは、日本の思想そのものに原因があるからではないか。ある思想が同時代の他の思想とどのような関連があり、次の時代にどう変化していくか、どうもはっきりしない。座標軸に当る思想的伝統というものが、日本では形成されなかったのだ。日本の思想的論争でも、論争の蓄積を無視して、論争再開毎にイロハから出発する。儒教とか、仏教とか、神道とか「伝統」思想と呼ばれるものも、明治以降のヨーロッパ思想等「外来」思想もみな雑然と同居し、相互の論理的な関係など一向に判然としないのが、日本の思想だ。「伝統」思想が、遺産として、伝統化していなのが、日本の思想だ。歴史的開国とは、自己を国際社会に開くこと、自己をきちんと認識することであるのに、思想的伝統の機軸を欠いていた日本では、混乱の中で天皇制の上からの整備が急速に進んでしまった。開国において、日本は個々の思想内容の差異に関わらず、「前近代」と「近代」を連続させてしまう結果となってしまった。

 

「日本の思想」―第1章

日本のマルクス主義における後述する「理論信仰」がいよいよこの事態をはなはだしくしているのであるが、すくなくとも、そうした「反逆」的姿勢が現実にはしばしば大勢順応として機能するのは政治的条件を一応べつとして、右のような日本の精神的状況と深くかかわっている。(岩波新書―17p)

      問題・・・・右のような日本の精神的状況とは 本文中のどこを指しているか?

 

(私の言葉でまとめた 第1章の要約文)

伝統思想は日本人の意識にズルズルべったり入り込む。それは歴史的な構造性すら失っている。このことを小林秀雄は「歴史は思い出」だと直言しているのは核心をついている。歴史的構造性を失って、部品化した思想は、旧習俗に根ざす生活感情に合致し、勢い、日本古来の伝統と安住し折衷主義として顔を出す。正にこれは「無限抱擁」と表現できる。この動向からはじきとばされるのが、世界観の精神革命を内面に強制する、キリスト教であり、マルクス主義であった。また逆の意味で、ヨーロッパでは激しい内面葛藤を経た伝統が、日本では内面葛藤を飛び越してすっぽりと収まることもある。精神革命を内面に強制する思想は、日本では拒否され易いが、この場合、日本人は直ぐ、思想そのものよりイデオロギー的機能を先ず槍玉にまつりあげる。そして、ありのままの現実肯定に落ち着かせようとする。だから感覚的な次元から論理的に抽象化されない。儒教の後退と、自然科学的進化論の受け入れに見える歴史的進化という観念が導入された時も、意味内容が空虚のまま俗流化していって、蓄積に至らないのである。進化論より更に具合が悪いのは、弁証法哲学の受け入れだ。弁証法哲学を単なる図式化することで終わってしまい、弁証法が反動と結びつくという皮肉な結果をたどった。

 

 

日本の思想―第2章

しかしいうまでもなく、国体はそうした散文的な規定に尽きるものではない。(岩波新書―33p)

      問題・・・・そうした散文的な規定なるものを 本文中から摘出して下さい。

 

(私の言葉でまとめた第2章の要約文)

伊藤博文は、「伝統的」思想が日本の内面的「機軸」になっていないことを正確に見抜いていた。「機軸」のない憲政政治はおそるべきものになる。そこで、伊藤は国家秩序と精神的機軸として天皇制:国体を最上座にすえ、臣民に対しては無限責任を要求した。無限責任に支えられた「国体」は、日本の思想的「伝統」である、感覚的な次元から抽象化されない、「無限抱擁」性に乗じ、慎重にその核心すら露さなかった。臣民には忠誠を要請し、「思想」に対しては、外部的行動を規制した。日本の「全体主義」はヒットラーすら羨望させるものであった。天皇制は、観念の世界だけの問題ではなかった。政治構造としても、社会構造としても、日本の「西欧化」にも力を発揮した。

 

日本の思想―第3章

しかしそれが本来実感から抽象された規範意識一般と無縁なものであるかぎり、その「反抗」は規範形成力として、したがって秩序形成力として作用せず、きわめて非日常的な形で爆発するにとどまる。(岩波新書―51p)  

 問題・・・・しかしそれが とある それとは、本文中の何を指すか。

 

(私の言葉でまとめた 第3章の要約文)

臣民の無限責任を支えるメカニズムとは、決断主体の責任を明確にすることを避け(天皇に戦争責任はない!?)、天皇の意思を推し量るまでのことで天皇の最終決断は言質を避け(日米戦は天皇ではなく、側近が起こした!?)、天皇の意思に具体的内容を与えるのは臣下であった(従って 軍部命令とは=天皇の絶対命令であった!!)。明治憲法制定に際し、権力者は「臣民の権利」を論じている。ここで伊藤博文は、近代国家日本は「臣民の権利」を憲法で明確にすべきであるとし「臣民の権利」擁護を主張したが、その論理は、明治憲法は欽定憲法であり、天皇のみが権利義務関係の外に絶対の自由者として立つとし、国家を臣民の保護者として位置づけ、国家の臣民への監督の権限を正当化するものであった。この論理は、憲法によって保護された個人の良心と思想の自由は、「国体」が自在に人民を保護監察しうるものであり、後の治安維持法を堂々と合憲化できる論理がすでに、欽定憲法設定の段階において、周到に用意されていたのである。

近代化を急いだ日本では、権利に対する社会的抵抗は極めて弱かった。日本の近代化は、頂点と底辺において「前近代性」を温存していた。頂点においては、華族制度の制定があり、底辺においては、村落共同体の伝統的人間関係である。共同体は、「国体」の「細胞」をなした。上からの国体教育、下からの共同体的心情の吸い上げ、これが近代化の「統治技術」であった。こうした日本的近代化では、合理的な機構化に徹しえず、内在する矛盾が常に存在した。この矛盾は、共同体的心情への郷愁を刺激し、それはあたかも、さまざまなメロディーで立ち現れる通奏低音をなしていた。部落共同体的人間関係は、「抵抗」形態となりえるか?抵抗はあくまで実感から抽象された規範意識に基ずくものであり、したがってその基盤がない日本では、抵抗の姿は、非日常的な形で爆発するに過ぎなかった。

 

 

日本の思想―第4章

理論信仰の発生は制度の物神化と精神構造的に対応している。(岩波新書―58p)

        問題・・・・この文章で著者は一体何を言おうとしているのか、要約して下さい。

 

(私の言葉でまとめた 第4章の要約文)

ヨーロッパ産制度と、共同体的人間関係の矛盾は、官僚的思考様式と庶民的思考様式の対立と化した。このことは、日本における社会科学の「伝統的」思考形態と、文学における「実感」信仰は平行して交わらぬ。日本文学は「いえ」と「近代」の2つにはさまれて、自我を模索する「実感」から出発している。感覚表現が豊富な日本語は、論理概念の表現は極めて乏しい。社会科学的思考を代表するのはマルクス主義だ。日本の知識階級はマルクス主義によって、現実を考察することを学んだ。世界を論理的に再構成する緊張関係において、マルクス主義は党派性という論理前提をおいている。マルクス主義にはいくつもの重荷が課せられた。日本的感性からの反発、理論ないし思想の物神崇拝、こうした過ちは、「実感」に密着する文学者には耐えられなかった。

さらに、日本では、フィクションと現実の調和信仰を生む。フィクションを現実とするマルクス主義者は、理論的無責任となってあらわれる。しかもここにヒューマニズム感情がからみ、自己の欠陥に目をふさいでしまう。社会科学は、日本の思考様式に縛られない。しかし文学は常に「実感」に縛られる。この違いを先ず自覚しなければならない。この自覚によって、はじめて両者に間に共通の広場が生まれる。

 

日本の思想―おわりに

私はさきごろ「たこ壺文化」と「ササラ文化」という比喩でもって、基底に共通した伝統的カルチュアのある社会と、そうでなく、最初から専門的に分化した知識集団あるいはイデオロギー集団がそれぞれ閉鎖的な「たこ壺」をなし、仲間言葉でしゃべって「共通の広場」が容易に形成されない社会とを類型的に区別し、日本を後者の典型に見立てたことがある。(岩波新書―64p)

      問題・・・・上の文章の中で、「ササラ文化」は、前者なのですか、後者なのですか?

 

(私の言葉でまとめた おわりに の要約文)

日本人は新思想を無秩序に雑居させてきて、対決を通じて自覚的に再生してこなかった。天皇制とは、日本の雑居性伝統の上に乗じ、「同質化・無限の抱擁」に依拠していたので、桎梏となる運命は最初から内包していた。戦後天皇制はエセ「精神的機軸」として一挙に崩壊した。当然である。日本人が本来持っている雑居的無秩序性から、今日本は本当の思想的混迷を迎えた。加藤周一は雑種性から積極的な意味を引き出そうとしている。問題は、多様な思想が、内面的に交わり新たな個性が生まれることが大切だ。日本の知識集団は閉鎖的だ。これを打破するのは、国際化だろうか。昭和史論争は、社会科学者と文学者のコミュニケーションにひとつの実績を作った。知的サークルの活発化も多様化に対し、貢献するところ大きいだろう。大衆的規模での、組織の交錯は自主的思考を高める上に役立つかも知れない。しかし、他方で、認識の整理を困難にするばかりか、旧来の断片的「実感」に固着しかねない。要するに、強靭な自己制御力を具備した人々の登場なくしては 雑種はうまれない。その推進力を我々が生み出すことが、我々の「革命」の課題である。        終

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