映画 北の零年           2005/1/19

 

 

昨年秋 北海道を旅行した。各地の博物館を出来るだけ多く見た。展示物の中から、明治の初め、本州から渡ってきた開拓民が一生懸命になって、開拓し北海道に根付こうとした苦労と情熱を実感し胸が高鳴った。この映画はそうした明治維新の北海道開拓史の一こまである。

 

明治維新、四国淡路から渡ってきた移民武士一群の開拓と棄民、そして策略と抵抗、誘惑と毅然たる信念の貫徹という厳しい開拓物語。主人公の開拓者小松原志乃を演ずる吉永小百合が素晴らしい。上品で美しく、きちんとした信念をもって、大地に生き抜いた一人の女性。トルストイの小説に出てくるソニャのような女性。

 

他方、妻や娘そして多くの村民の期待を受けて札幌に出かけたまま失踪してしまった志乃の夫、小松原英明。13年後、北海道開拓使役人として立身出世し別人に成りすまして軍馬挑発にやってきた英明の前に、村民は鍬を持って立ち向かった。大衆のすごい迫力を、広大な北海道の台地を背景に馬が土煙を上げて走る。素晴らしい場面だ。

 

映画を観る。大きな画面で、広大な緑を鳥瞰する。素晴らしい音楽が鳴り響く。この映画のすごさは、とてもTVでは味わえない。主人公のひたむきな生き方に接して自然と涙が出てくる。劇場は暗い。泣いたってわかりゃしない。涙をそのままにして見続ける。これも暗い映画館なればこそだ。

 

矢張り生き方が問われる映画は良い。観ていて好感と反感が生まれ、日頃の倫理観が自分に問われる。もし自分だったら、この誘惑に、毅然と立ち向うことが出来るだろうか、自分の中に密かな動揺が生まれる。映画のストーリは進む。そして自分の動揺は、次の場面では、共感に代わり、感動となる。映画の素晴らしい瞬間である。

 

こういう映画は観ていて楽しい。観終わった後の数時間は映画の感動で、自分の身体が熱くなっているのが、自覚される。映画は矢張り良いものだ。

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