第2巻____韓のくに紀行
司馬遼太郎はどこを歩いたか
釜山・金海(対馬藩倭館)・慶州仏国寺(歌垣)・テグーのマッサージ・白村江(百済跡)・近江蒲生野
この本の印象

何回目かの韓国出張中、ソウルのホテルでこの本を読み終えた。作者は良くぞ、ここまで微妙な両国関係を正確に掴んでいると感動、特にミス・チャおよびミセス・イムとの会話は梨花女子大卒独特な世界が見えてきてすごい、これは本物だと実感した。

メモしておきたい味わいのある箇所

  • 同じウラルアルタイ語源を持つ朝鮮語と日本語が別れたのは、計算によれば6000年前になる。
  • ハングルでウリナラとは、ウリ=我々の ナラ=国 我々の国の意味。 飛鳥時代多くの帰化人を迎えた大和の国で、ナラ=奈良にも通じているところに興味がある。
  • 政治論理というものは、鋭ければ鋭いほど、奇妙なもので不毛になっていく。怨念が強烈な観念になって事実認識というゆとりを押し流してしまう。日本の進歩的論客も同じ。
  • 徳川期でさえ、対馬藩は、まわってきた公文書にこっそり筆を入れ、辞句を修正し、李王朝の高官達の文章感覚を無用に刺激しないように苦心してきた。明治初期土足で李王朝に踏み込んだ明治政府は、繊細な外交感覚は皆無であった。
  • 李舜臣は、豊臣秀吉の朝鮮の役、朝鮮側でいう壬辰倭乱に、朝鮮の水軍をひきいて驚異的な活動をし、数度にわたって日本の水軍を撃破し、8割の制水権を確立して、戦局に重大な影響を与えた人物。
  • 日本にも野遊びはあった。万葉のころ歌垣は絶えた。韓国ではいまも生活の中にある。
  • 儒教というのは学者の間では思想だが、体制としては人間を一原理で縛り上げ、それによって人間の蛮性を抜き、統治しやすくする、一つの文明だ。文明とはそういうものかも知れない。
  • むかしから朝鮮の特徴の一つに禿山があげられる。事実としていっておかねばならないが、これは日本帝国主義が禿げさせたのではなく、日韓併合以前の文献にも出てくる。
  • 温雅というのは儒教の君子の必須条件であり、科挙の試験でも学才以外の採用条件の一基準であった。
  • 朝鮮人はいつの時代からそうなったのか、現実よりもむしろ観念で激しく興奮する。

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