ホームページご訪問5千回突破記念挑戦

独習マル経ノート

目次(クリックすれば、そこに飛びます)

第1巻(第1章〜第9章)

第2巻(第10章〜第19章)

第3巻(第20章〜第29章)

第4巻(第30章〜第39章)

第5巻(第40章〜第52章)


はじめに 何故今マルクス経済学再登頂を始めるのか

  1. 資本主義の生成、確立
  2. マルクス経済学の成立
  3. 史的唯物論と経済学
  4. 「資本論」の方法と構成
  5. 商品の2要因と労働の2重性
  6. 価値形態の展開―貨幣の必然性
  7. 商品のフェティシズムの交換過程
  8. 価値尺度と流通手段―貨幣の派生的機能―
  9. 貨幣としての貨幣―貨幣の派生的機能―
  10. 貨幣の資本への転化
  11. 絶対的剰余価値の生産
  12. 労働日をめぐる労資の闘争
  13. 相対的剰余価値の生産
  14. 協業・マニュファクチャー・機械制大工業
  15. 絶対的および相対的剰余価値の生産
  16. 賃金
  17. 資本の再生産と蓄積
  18. 資本蓄積の一般的法則と相対的過剰人口
  19. 資本の本源的蓄積と資本蓄積の歴史的傾向
  20. 資本の循環
  21. 資本の回転
  22. 社会的総資本の再生産と流通
  23. 資本の転化
  24. 平均利潤と生産価格の成立
  25. 競争と市場価値・超過利潤
  26. 利潤率低下傾向の法則
  27. 商業資本と商業利潤
  28. 利子生み資本と利子・企業家利得
  29. 商業信用と銀行信用
  30. 資本主義地代―差額地代と絶対地代
  31. 地代理論と農業問題
  32. 所得とその源泉
  33. 国民所得の循環と再配分
  34. 国家と財政
  35. 世界市場
  36. 産業循環と恐慌
  37. 帝国主義の成立
  38. 帝国主義論
  39. 修正主義・改良主義の諸問題
  40. 生産の集積のもとづく独占の形成
  41. 独占価格と独占利潤
  42. 銀行の新しい役割と金融資本の成立
  43. 資本の輸出
  44. 国際独占体による世界市場の分割
  45. 帝国主義国による世界の領土的分割
  46. 腐敗化した寄生虫資本主義
  47. 死滅しつつある資本主義
  48. 発展の不均等と帝国主義戦争
  49. 独占と体制の全体的危機および国家
  50. 国家独占資本主義の出発としての戦時国家独占資本主義
  51. 国家独占資本主義の必然性およびその展開過程
  52. 国家独占資本主義の恒常的・世界的体制の特質
  53. 社会主義の成立

はじめに

ホームページを開設して2年が過ぎました。この度、皆様のご訪問が5千回を突破して大変喜んでおります。これは丁度1日10人のご訪問を頂いている計算になります。定年のオジサンにとって、1日10人の方々が毎日ホームページを見に来て下さるということは、すごいことだと思います。

自分に与えられる強い緊張感、私も皆様に何か自分の姿勢をきちんとせねばと考え、この度、改めてマルクス経済学再登頂を決意いたしました。自分にとって、人生に残された残りわずかな時間を大切に生きていくには、先ず自分とは何かということ、すなわち人間はもともと共同体的存在であって、現実において相互に疎遠な利己的個人になっている疎外態であり、自分が類的存在として、歴史的な時間の中で、社会に強い関心を持って生きていくということは、一番大切なことだと考え、ここに、5千回を期しあえてマルクス経済学再登頂に挑戦いたしました。これはあくまで、自分が一歩一歩内容を理解して歩を進めて行くことが当然の大前提です。

だから、各章ごとに、自分の所感を赤字で明記しました。2年後に来るであろうホームページ1万回目に際して、この所感を自分でいかに読みとるか、今から胸がドキドキします。

 

    1,資本主義の生成・確立

資本主義には3つの特徴がある。すべての生産物は商品として生産される。生きた人間の働く能力である労働力も商品である。商品の生産は利潤の追求のために行われる。従って資本家が、労働力を買い、商品を生産するのは、当然ながら利潤追求のためである。

資本家の手に貨幣財産が、また他方、自分の労働力をどうしても売らざるを得ない労働者階級が創出されないと資本主義は生まれない。この歴史過程を資本の本源的蓄積という。

産業革命は資本主義を成立させた経済革命である。機械制大工業によって、資本家階級と労働者階級が生まれ、資本主義特有の矛盾、階級的利害の対立が生まれた。

資本家階級には未曾有の富をもたらし、労働者階級には様々な形態の貧困をもたらした。

資本主義は「神の見えざる手」に導かれ、調和をもって発展する経済制度であるという古典派経済学の予想は、現実に合致しない。

イギリスを先頭とする労働者階級は、その数を増し、大工場制の兵営的規律の中で訓練され、都市生活の中で啓発され、歴史の表舞台に登場してきた。

この様な労働者階級の立場に立って、労働者階級を自らの力で解放させる思想と学説を生み出していったのが、マルクスの思想と学説である。

*残された我が人生を「より良い人生」にしようと思えば、先ず自分が生きている現代の資本主義運動機構を知らずして、何の幸福が得られようか。人が身体機構を知らずして健康を楽しめないと同じように、我々は経済学を知らずして社会を生きていくほど、鈍感に毎日を過ごしてはいない。そんな気持ちで経済学の勉強を始めた。

 

2.マルクス経済学の成立

マルクス(1818〜1883)はベルリン大学でヘーゲルの観念論から唯物論に移行する。その背景には「ライン新聞」主筆として政府批判の筆陣をはった活動が大きく影響を及ぼしている。マルクスは近代市民社会を動かしているものは、究極において、「物質的な利害」であることに気がついた。

観念論から唯物論への移行、社会主義の実現が労働者階級の歴史的事業であるとし、科学的世界観を哲学として求め、社会改良主義から共産主義者への移行していった。
その哲学のひとつは史的唯物論である。
史的唯物論とは経済構造が社会の現実の土台であるという思想、この当時に生涯の友人、エンゲルスと出会う。
「神聖家族」「ドイツ・イデオロギー」「哲学の貧困」「賃労働と資本」「共産党宣言」を書く。

1848年西ヨーロッパを揺るがした2月革命の挫折以後、1850年マルクスはロンドンに亡命、経済学の本格的な研究に取り掛かる。

この経済学の本格的研究が資本論である。

こうした経済学の本格的研究に没する傍ら、第1インターナショナルで小ブルジョア的諸党派と闘い、マルクス主義を確立していく。 「賃金、価格、利潤」「ゴーダ綱領批判」等を書く。

持病の肝臓病悪化により、1883314日他界。

*マルクスが生きた時代、観念論と唯物論の激しい戦いがあった。自分は若い頃観念論の深遠な雰囲気が好きで、憧れを感じた。最近になって、唯物論こそ、目に見えないものを見抜く目を持たないと、何も理解出来ないと知った。例えば、現代社会の根本を理解しようとすれば、まず商品の交換価値と価値を理解し、これが資本主義生産の労働過程と価値増殖過程に結びついていく、この物事の2面性を見抜く力、抽象力は、正に深淵にして、目に見えない物を見抜く唯物論の哲学である。

 

3、史的唯物論と経済学

どうしてマルクスは、現代資本主義をリアルに捉えることが出来たか。

それは哲学として、史的唯物論を確立したから。では史的唯物論とはどういう哲学か。

人間生活は、経済的構造を土台として、宗教とか、法律とか、政治等社会的意識諸形態を築きあげる。しかし、上部構造は勿論土台である下部構造に影響を与える。

下部構造、人間の物質的生活の生産は、その時代の生産力と生産諸関係の2側面からなり、主要な時代推進力は生産力である。生産力が生産諸関係に影響を及ぼし、経済関係を変化させる。資本主義の生産力と生産関係の矛盾は、生産力の発展をになう労働者階級と生産関係の維持につとめる資本家階級との階級対立である。この矛盾が深刻化していくと、やがて資本主義は時代の任務を終わり、階級対立の矛盾を解決した社会主義社会が歴史的に始る。

こうした歴史発展をダイナミックに捉えられるのは、抽象力を手段とする史的唯物論という哲学を確立したからである。史的唯物論は、ある日突然天才の頭脳にひらめいた空想から出発したのではなく、カントからヘーゲルに至るドイツ古典哲学、スミス、リカードに代表されるイギリス古典派経済学、サンシモン、フーリエに代表されるフランス空想社会主義の近代3大思想的潮流を批判的に学んだマルクス、エンゲルスの努力によって確立していったのである。

*抽象力をむやみに振り回す人がいる。マルクスは先ず、具体的事実を取り上げ、哲学によって抽象的概念に進む。抽象的概念を解明して、次第に具体的概念に溯ってくる。この解明を体系的に進めていくからこそ、科学的思考と言われる。具体から抽象へ、抽象から具体へ、その往復をガイドできるのは哲学だけである。

 

4、資本論の方法と構成

資本主義の経済制度を研究していくには、抽象力を手段として現実把握していく外ない。抽象力で社会を把握するのは、社会を構成している「人口」を、「人口」を明らかにするには「諸階級」を、「諸階級」を明らかにするのは基礎となっている「資本、賃労働」を明らかにせねばならず、そのためには「貨幣」を、さらに「貨幣」を明らかにするには「商品」を明らかにせねばならない。

経済学の研究では、商品→貨幣→資本、賃労働→諸階級と、抽象的なものから具体的なものへ、ひとつひとつその本質的内容を解明し、上記の社会現象把握と逆の過程をたどる。

資本論とは、資本主義社会の経済的運動法則を解明していこうとしたものであり、資本主義の内的構造を著述したものである。その解明過程は抽象的なものから具体的なものへと理論的展開が進められている。

資本論は国家形態、税、国家諸機能、国際関係、恐慌等現実的、具体的なものの理論的考察までに立ち至って論じられていない。あくまで資本一般の理論体系である。資本論の研究では、商品→貨幣→資本、賃労働→諸階級とひとつひとつを抽象的なものから具体的なものに分析をすすめている。

資本論第1巻では、商品及び貨幣の分析を行い、資本の生産過程を分析する。

第2巻、第3巻では社会的再生産を流通過程として解析し、剰余価値の形態を解明している。

*資本論では、具体から抽象へ、抽象から具体への往復が論じられているが、最終的に、具体的なものの理論的考察までは立ち至っていない。従って我々は、この抽象から具体への論理体系を学んだあとに、更に具体的なもの、現実的なものは、現実そのものから一人一人学んで行かねばならない。

 

5、商品の2要因と労働の2重性

すべての労働生産物は商品という形態をとる。これは、社会的に分業が行われていること、人は交換によって、自分に必要なものを手に入れざるを得ないことから認識される。

商品には、人間の欲望を満足させるという使用価値と、他の商品と交換しうるという交換価値を持つ。交換価値の価値を決めているのは、商品の中に投入されている抽象的人間の労働の価値が商品の価値である。

抽象的人間の労働の価値とは、その商品の中に投入されている労働量に規定され、労働量は労働時間ではかられる。

商品の価値は、社会的に必要な労働時間によって決められる。商品の価値は、抽象的人間労働であり、価値量は労働時間によってはかられる。

労働は一面では生産的労働として使用価値を生み出し、有用労働であり、他面では生理的意味で人間の労働力の支出は、抽象的人間労働が価値を生み出している。

社会的に生産力が上昇した場合、抽象的人間労働としては同じでも、より多くの使用価値を作り出すことができる。これが時代の発展、豊かになる社会としてわれわれの日常感覚に意識されているところである。

*商品には使用価値と交換価値があり、交換価値とは商品に閉じ込められている労働量、すなわち労働時間のことである。ここで抽象的人間労働が価値を生み出しているという厳密な定義が入ると、矢張りむつかしいと、とたんにため息が出てしまう。

 

6、価値形態の展開−貨幣の必然性―

商品の価値は、その本性が社会的であることに照応して、商品と商品との社会的関係において現象する。

一般的な等価形態にある商品が社会的慣習を通じてひとつの特殊な商品種類に固定されたとき、はじめて商品世界はさまざまな商品の価値を統一的に表示しうることになる。商品世界において、一般的な等価価値の地位を独占的、固定的に占めている特殊な商品が貨幣である。

貨幣形態においては、商品の価値は、貨幣商品である金の使用価値量=重量で表現される。商品の価値を貨幣商品=金の重量で示したものを価格という。

したがって、貨幣形態=価格形態は、価値のもっとも完成された現象形態であり、それゆえに価値の必然的な現象形態である。

貨幣も商品のひとつであり、最も完成された商品である。それは金の重量で商品の価値を表現し、価格とは商品の金の重量で表現することができるということ。

7、商品のフェティシズムと交換過程

フェティシズムとは物神性と訳され、物に霊が宿り、その呪力により、人の幸 、不幸がもたされるという、原始的信仰を意味する。

転じて、商品の神秘的で謎的な性格を意味する。すなわち、労働生産物の価値関係、価値性格は、人々の間の一定の社会関係、生産関係に他ならないにもかかわらず、物自身が本来的にそなえているかのように人々に見えることをいう。

労働生産物が商品形態をとる場合、第1に、人間労働の同等性は生産物の価値の同等性という物的形態をとり、第2に、人間労働の支出量はその継続時間による測定は、生産物の価値量という形態をとり、最後に、生産を通じて人と人の社会関係は、生産物と生産物の相互関係という形態をとる。

商品の物神性は、一般的な等価形態にある特別な商品の自然形態と癒着することにより、一層完全なものになる。貨幣は、商品の価値形態、したがって、人と人との社会関係・生産関係の表現であるにもかかわらず、金銀は地の底から自然形態のままで、貨幣という社会的性格を備えているように見える。

*商品は、人間社会の凝縮されたものですよということ。商品の中には、人間の労働も、社会関係も、凝縮しており、あたかもひとつひとつの商品が、仏像みたいなものですよということ。物を見抜く目が、ここまでらんらんと光ってくると世の中とたんにすっかり違って見えてくるのに驚く。

 

8、価値尺度と流通手段―貨幣の本源的機能―

申すまでもなく、貨幣の第一の機能は商品の使用価値を尺度として表現すること。 しかし、価値尺度機能としての貨幣は、ただ想像されただけのものに過ぎない。

次に商品と貨幣の交換について考えよう。これはW−G−Wの式で表される過程で 購買する為の販売である。販売は常に同時に購買である。しかもひとつの商品の循環は他の商品とからみあっている。この過程を商品流通という。
商品流通の媒介者として、貨幣は流通手段という機能を持つ。

諸商品の価値総額/貨幣の平均的流通回数=流通手段として機能すべき貨幣量
W−G−Wは同時に、G−W−Gを伴い、従って貨幣の流通過程の存在は、電気火花のようなもので、金は無価値なる章標、すなわち紙幣に置き換えることができる。

紙幣はの有用性は、国家の強制通用力によって機能が発揮される。

*貨幣とは、商品流通の媒介者であり、主役は商品、だから貨幣は国家の権力で何の価値もない紙幣にしたって、充分任務は果たせる。貨幣はそれだけのものに過ぎない。

9, 貨幣としての貨幣―貨幣の派生的機能―

代理物が、金と一定の条件のもとで、同一性が保証されていれば、金は代理物で代位可能。

一国にある金量は、現実に流通手段機能を果たしている金量よりも大きくなければならない。この条件を貨幣の畜蔵貨幣形態が果たしている。畜蔵貨幣という貯水池は、流通する貨幣の流出入の水路として役立ち、従って、流通しつつある貨幣はけっして過剰となってあふれることはない。

流通すべき金量をこえた紙幣の過剰発行、その結果としての価格の名目的な購買、価格の度量標準の事実上の切下げ、これがインフレーションである。

商品の価格そのものは、商品の価値の上昇、貨幣価値の減少、商品の供給を上回る需要の増大、価格の度量標準の法律上の切下げなどの原因によって騰貴するが、インフレーションとは、上記の如き価格騰貴の特殊ケースをさす。

*インフレーションとは、流通手段として必要な金量より多くの貨幣が流通される時に起きる騰貴であり、商品の需給バランス崩れによって起きる騰貴とは意味が違う。

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