定年後の読書ノート
47、「資本論」の生誕―第1巻刊行の前後、甲南大 杉原四郎著、有斐閣
マルクスは、1845年政治・経済学批判に関する著作を計画し、実に22年後の1867年9月資本論第1部を刊行した。その1カ月後、日本では徳川慶喜「大政奉還」となる。

マルクスが資本論出版計画を立てたのは、1865年だった。当初は、全2巻で、第1部「資本の生産過程」、第2部「資本の流通過程」、第3部「総過程の諸容姿」第4部「理論の歴史のために」という構想だった。マルクスは当初、1865年5月までには、全原稿を仕上げると言い切っていた。

しかし、1863年から始めた原稿つくりは、国際労働者協会の創立という大仕事と一緒になり、1865年の12月に、全3部の理論的部分の草稿が書き上がっただけだった。

ところが、清書と文体調整に入ると、またすごく時間が必要となってきた。結局第1部が大分量となり、第1部を第1巻として刊行する計画に切り替えた。

第1部は価値論、剰余価値論、資本蓄積論の3つからなり、結局この第1部の原稿が完成したのが、1867年8月となってしまった。

マルクスは第2部以下の刊行は相当遅れてしまうとの危惧から、本来全巻のまとめてとして結論される次の内容を、第1部「資本の生産過程」の中で、ある程度の完結性をもって述べている。

労働者の窮乏化が深まり行くと同時に、資本主義的生産過程そのものの機構によって訓練、結合、組織される労働者階級の反抗が増大し、それによってついに資本主義体制という「外皮が爆破され」ざるをえなくなるという展望を導き出している。

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