定年後に読む資本論
46、国際労働者協会―第1インターナショナルでの活躍、慶応大 飯田鼎
第一インターナショナルは最初国際労働者協会と呼ばれた。第一インターナショナルとよばれるようになったのは、1889年パリに第二インターが出来た後から。第一インターがマルクス・エンゲルス運動参加の機会も偶然であった。

1860年代アメリカ南北戦争後、産業資本主義優位が明確になってきた。イギリス労働者も綿花輸入停止から失業と、労働者の国際的な共同運命を自覚するようになった。ポーランド民族独立闘争もあり、ヨーロッパにおける労働者の連帯意識は高まってきた。当時マルクスは、資本論執筆に忙殺、参加に積極的ではなかったが、宣言および規約起草者として、重要な地位をしめるようになってしまった。

マルクスは共産党宣言の1848年と、第一インターの1864年の16年間資本主義の発展状況を強く意識した。結論は資本主義は発展したが、労働者階級の窮乏の状態はあまり変っていないこと、資本主義の相対的安定下で、革命の敗北を率直に認めながら、他方において、労働者階級の広範な団結を、組合運動の中に見つけだそうとした。

マルクスは団結こそが、労働者の力だと強調した。これは、革命の高揚期に出された共産党宣言とは対象的でもある。資本主義は一応危機を回避して、新しい段階に入ったという認識です。

これからはイデオロギーによって支配されるのではなく、さまざまな政治的・経済的要求、民族独立運動や、民族の統一を目標にかかげ、諸国の労働者の国際的な、遠い将来の革命展望に立つという遠大な計画を抱いていた。

したがってこれからは共産党だけではなく、特定のイデオロギーによって支配されるのではなく、「革命と改良」を統一的に把握しようとしたのです。

この時期マルクスは、改良闘争に協力し、戦略的観点から、共産主義思想の宣伝は、これを控えめにしたことは事実です。

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