定年後に読む資本論
19経済学と哲学―経済学・哲学草稿3、福島大畑孝一著、有斐閣
経済学・哲学草稿は、疎外された労働の観点から市民社会を批判したものですが、その観点こそ、マルクスがフォイエルバッハとヘーゲルから学んだものでした。むしろ学んだというよりは、とらえ直し、批判するなかで、マルクス独自の観点としてつくりあげていったのです。

第3草稿ではマルクスは、ヘーゲルの観念性を批判するフォイエルバッハを高く評価し、人間の本質を自己意識、精神とたらえるヘーゲルに反対して、人間はなによりもまず自然存在であると主張します。人間をまさに人間たらしめる人間の類的本質は、一方では第1草稿の、人間が意識的な創造的活動、労働をするということであり、他方では人間は社会的存在であるということです。

マルクスは、人間の類的本質を人間が社会的な存在であるところにみていますが、しかしここでは人間の社会性、ゆまり人間としての共同関係がどこから生まれ、また何に基くかということが必ずしもあきらかではない。それはまず生産、労働における共同関係として生まれ、それに基いているのです。

ヘーゲルでは、疎外が意識にとっての疎外、対象性そのものであることから、疎外の止揚も対象性そのものの止揚ということになります。そして止揚は、自己意識が対象を自分の自己外化であることを知ることによってなされます。対象とは意識が生み出したものとして外化された意識であり、自己意識にとっては自己自身です。ですから自己意識がそれを知り、対象が自己自身だとわかれば、対象性が止揚されるのです。しかし、これは思考のなかでの意識の対象性の止揚でしかありません。ヘーゲルはこれを実在する対象の現実的止揚だとみなしているのです。

マルクスはヘーゲルを批判するだけではありません。ヘーゲルが労働を人間の自己産出行為としてとらえたことを高く評価しています。またヘーゲルは、疎外そのもののなかにそれを止揚する要因をみていました。そこに示された、否定的なもののなかにそれを否定する肯定的な意味をみてとるという考え方をマルクスは評価しています。

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