定年後に読む資本論
13プロレタリアートの発見―ヘーゲル法哲学批判序説、関西大細見英著、有斐閣
独仏年誌に発表したマルクスのもうひとつの論文「ヘーゲル法哲学批判」では、人間とは国家・社会の中でとらえるべきだと主張します。国家・社会が倒錯した世界であるために、倒錯した世界意識としての宗教が生み出される。したがって、人間主義を徹底させる為には、国家・社会そのものを批判の対象にせねばならない。ここでもマルクスは、政治的国家と市民社会の分裂という近代的状態を確認し、この分裂をいかに止揚するかという課題にいどんでいます。

利己主義に導かれた商品交換と分業の発展をつうじて人間の社会的連関が深まっていけば、一方に富の蓄積が、他方に労働階級の依存性と困窮が増大していき、そしてこの困窮が、富者や社会や政府に対する反逆の想念と結びつくとき、賎民が発生するとヘーゲルは説いています。しかしヘーゲルの場合、ドイツ現実の後進性に制約されて、特殊ドイツ的、哲学的反映になっている。

マルクスは、思弁的法哲学の批判は、批判そのものにとどまるものではなく、解決手段としては実践しか存在しないような課題へと進んでいくと明らかにして、思弁から実践へを明確にしています。

マルクスは言います。物質的な力は物質的な力で倒さなければならないが、理論もそれがラディカルになって大衆をつかむとき、物質的な力になると。

マルクスは、ドイツにおける階級対抗を分析して、非力で中途半端なドイツ・ブルジョアジーには見切りをつけ、ドイツ解放の積極的可能性をプロレタリアートの形成に求める。

ドイツ人の解放は、人間の解放である。この解放の頭脳は哲学であり、その心臓はピロレタリアートであるとマルクスは断じます。マルクスのプロレタリアートの発見が、パリの地で労働者の運動とじかに接した体験にもとづくもの。私有財産の否定をみずから体現するプロレタリアートが、従来の世界秩序の解体を告げるものであることは、ヘーゲルも認めている所です。マルクスは、世界秩序の解体をその身に体現しているからこそ、プロレタリアートが、人間解放の唯一の実践的担い手たりうるといいます。

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