定年後に読む資本論
5、すべての神神を私は憎むー学位論文―中央大山中隆次著、有斐閣
1838年マルクスは父親を亡くす。1841年哲学博士を得たマルクスは、ベルリン大学を卒業。学位論文「デモクリトスとエピクロスの自然哲学の相違」は、古代ギリシャ哲学史上の人物をとらえ、人間主体の解放思想を論じたものである。

2人とも、原子運動を最極小とする唯物論哲学者であるが、この世界は必然性からなるというデモクリトスに対し、運命や必然性からの人間主体の自由を読み取り、あるいは人間主体に超越する権威に対する反抗、そこからの人間主体の解放思想を読み取るエピクロスの自然哲学を論じたマルクスは、近代人の思想である自意識哲学を古代ギリシャ社会の哲学諸派の研究に見つめている。

マルクスの学位論文は、現代プロイセン反動を批判する青年ヘーゲル派の考えに通ずるものがあり、当時の啓蒙思想家達はエピクロス派から無神論を、ストア派から共和思想を、懐疑派から懐疑する心、寛容の精神を汲み取っていた。

ヘーゲル哲学においては精神は現実と宥和し、ひとつの完結した客観的哲学体系を作り上げたが、その後に続く現代では、ヘーゲルにみられた精神と現実の統一はふたたび破れ、かってアリストテレス哲学のあとにエピクロスらの自意識哲学が生まれたように、精神は非理性的な現実に背をむけるか、あるいは、そのような現実を批判するようになる。したがって、現代はエピクロスらの自意識哲学が高く評価され、広く理解される転換の時代でであるというのです。しかし、マルクスは、このような転換の時代である現代では、哲学は非理性的な現実を仮借なく批判し、みずからの哲学を現実世界に実現しようとするが、そのことは哲学に対する批判、哲学の止揚まで突きすすまずにはおられなし、またそこまでいかなければ哲学も、実現出来ない、つまり現実を真に変革することはできないと考えていた。

このような、哲学の実現と止揚の相互媒介という考えは、これからのマルクス自身の思想の発展の発展をみていくうえでも、非常に重要です。主観的ドグマに固執する青年ヘーゲル派から、現実変革の市民社会分析へとマルクスは歩をすすめる。

ここをクリックすると、ホームページに戻ります。