定年後に読む資本論
マルクスとトリアー少年時代、一橋大富沢賢治著、有斐閣
マルクスの両親は共に、ユダヤ教律法学者(ラビ)の家系の出身であったが、既にプロテスタントに改宗(1817年)し、マルクスはユダヤ教の影響はほとんど受けていない。父は弁護士で、トリア弁護士会会長を務め、4人の息子、5人の娘の父であった。

マルクスに大きな思想的影響を与えたのは、父の友人である参事官のルードビッヒ・フォン・ベストファーレンであった。マルクスは氏の娘、イェーニンと結婚する。マルクスはギムナジウムを17才で卒業。卒業に際して、「職業の選択にあたって1青年の考察」というドイツ語の論文を発表している。

職業を選ぶにあたってわれわれを導くべき主な道標は、人類の福祉、われわれ自身の完成である。この2つの関心は、お互い相容れない敵対的な関係にあるかのように思い違いをしてはいけない。実際はそうではなくて、人間の本性というものは、彼が同胞の完成、同胞の福祉の為に尽くす場合にのみ、自己の完成を遂げるように出来ているのである。もしも1人の人間がただ自分のためだけをはかって仕事をするならば、あるいは、彼は高名な学者、偉大な賢人、傑出した詩人になることはできるかもしれないが、しかし決して完成した本当に偉大な人間にはなることは出来ない。

歴史が最も偉大な人間たちと呼んでいるのは、一般の人の為に尽くすことによって、自分自身を立派にした人達のことであるし、宗教が最も幸福な人間としてたたえているのは、たくさんの人々を幸福にした人のことであるし、宗教そのものがわれわれに教えているのは、万人の手本となっている理想の人は人類のためにその身を捧げたのだということであって、はたして誰がこのような言葉を否定するだろうか。われわれは人類のために最も多く尽くしうる職業を選んだ場合には、その重荷もわれわれをくじくことが出来ない。なぜならば、そうした重荷は万人のための犠牲に過ぎないからである。その場合には、われわれはどんなみじめな狭い利己的な喜びも味わうことはせず、われわれの幸福は万人に属し、われわれの仕事は静かに音もなく、しかしとこしえに影響を及ぼしつつ生き続け、そして我々の亡骸は気高い人々の熱い涙にぬらされるのである。」

上記の論文に関し、真下信一先生曰く。人間の真の偉大さについて、人間の幸福というものについて、長い人生経験の中で学びつくし、考え抜いてきた年老いた人の最後の知恵の結晶のような言葉だと。

ここには、ヒューマニズムと啓蒙思想の外、キリスト教思想の影響もある。マルクスは最初からの無神論者ではなく、キリスト教社会に生まれた1人として、個人的思想革命を経て、無神論者に成長していく。

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