井伊直虎の子孫、井伊直豪氏こそ我が上司

井伊直豪氏(井伊家17代直系長男)は豊田産業技術記念館創設に際して、企画の段階から3年間、僕の直属上司であった。父直愛氏は長く彦根市長を勤められ、母文子さまは琉球王家出身の著名な歌人。僕がインドデカン高原にイギリス産業革命当時のプラット社最古紡績機械が今も稼働中であることをインドの書物で発見、井伊氏と2人でインドへ10日間海外出張しこれを買収、産業技術記念館に出品展示した。

直豪氏は彦根に妻・娘を残し、名古屋に単身赴任。重役と2人で海外出張する場合は、ヨーロッパ博物館巡りもそうだったが、往復機内は社員に内緒で極秘にファーストクラス。香港・シンガポール・ムンバイのファーストクラスラウンジはいつものビジネスラウンジに比較しても全然高級感が違う。氏は常に豪快で、威張らず、ひたむきな性格、いつも、自分の内面を人前に披露することはされなかった。僕より3つ年上だったが、しかし58歳の時、突然白血病の為余命3年と宣告されたが、毎日穏やかな顔をして出勤を続けられた。


僕は井伊氏に「もう会社は跡にして、彦根の家族の元へ帰られた方良いではないか」と何度も進言したが、定年60歳その日まで会社に勤められ、定年退職後すぐに亡くなられた。男は会社に奉仕すべし きっとそんな侍魂を固守し、家族の幸福より、自らの業務を大切にされたのだろう。


おんな城主井伊直虎を観ていると、井伊さんの誠実な人間性がひしひしと偲ばれてくる。「男は会社に奉仕すべし」、僕は井伊直豪氏の信念を敬服しつつ、僕ならば会社より自分を大切にして生きるがなと今も思っている。

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