定年後の読書ノート
帝国(2)、アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート共著、水嶋一憲訳、以文社
3-1 帝国主義の諸限界

20世紀、帝国主義に対する批判は、マルクス主義理論の活発な闘技場であった。資本主義的拡大は不可避的に帝国主義にいたるという。資本の本質は、資本の拡大であり、帝国主義への移行は不可欠であるという。資本にとって、危機は常態である。資本は、あるひとつの世界権力へとと向かう。 資本が拡大するのは、価値実現の要求を満たし、新たな市場を見つけるためばかりではなく、蓄積のサイクル、すなわち資本化のプロセスが要求する。資本は追加的な生産手段を獲得するに対し、それらの社会とそうした生産は、非資本主義的諸関係を機能しつづける。これとは対照的に、追加的な可変資本の獲得、新たな労働力の雇用とプロレタリアートの創出は、資本主義的な帝国主義を必ず伴う。資本主義そのものを破壊することによってのみ、帝国主義の悪行に立ち向うことが可能である。

ヒルファディングは帝国主義は、国家による独占に権威を割り振るといった。レーニンは将来到来するはずの平穏な帝国主義を待望するより、矛盾に対し革命家は行動を起すべきだとした。資本主義的発展の客観的な諸矛盾に介入し、それを深めることこそが、革命家の任務であるとした。レーニンは書いている。金融資本の超帝国主義的な世界的統合にいきつくまえに、帝国主義は不可避的に崩壊すると。

レーニンの特徴は、帝国主義を政治的な概念として批判していることである。近代国家は、帝国主義を通じて階級闘争と内戦を輸出すると論じた。レーニンは帝国主義を、近代国家の進化のプロセスの構造的な段階とみなした。最終的にレーニンが認識したのは、帝国主義と独占段階はたしかに資本のグローバルな拡大を現すが、帝国主義的実践と植民地経営は、資本のさらなる発展にとっての障害となると断じた。レーニンは、競争が帝国主義段階に於いては、必然的に独占の増大に比例して衰退するという事実を強調した。レーニンの2者択一とは、世界共産主義革命か、それとも「帝国」か、というものにほかならない。

帝国主義から「帝国」への移行を理解するためには、資本それ自体の発展に着目することに加えて、階級闘争の視座からその系譜を把握しておかねばならない。階級闘争の主体性が帝国主義を「帝国」へと変容せしめるような、微妙な移行に到達したのである。資本主義的発展のプロセスは、価値増殖と搾取をグローバルな生産システムの関数として規定するのであり、その領域のうえに現れるあらゆる障害は、長期的には、乗越えられる。

今日我々は、帝国主義から「帝国」への移行、言い換えれば国民国家からグローバルな市場の調整への移行に立ち会っている。これは史的唯物論の観点からすると、近代の歴史における質的な移行に相当する。私たちは、生産の超国家的なネットワーク、世界市場の回路、資本主義的支配のグローバルな構造といったもののなかのどこに、資本主義の過去の潜在力と未来のための原動力が存在するかを、はっきりと理解しなければならない。

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