折畳み自転車で「街道を行く」
その2 奈良・山の辺の道

奈良・山の辺の道を折畳み自転車で走破するなんてむちゃだ。何度も迷った。

当日は9月の初めだというのに、猛烈な暑さしかも湿気がすごかった。全身汗びっしょり、くたくたになってやっと走破出来た。

それだけに桜井駅前、浜鮨で飲んだ生ビール、最初の一杯は実に美味かった

日本最古の官道、山の辺の道は高低差の大きい山裾を登る。どうしてもっと平坦な土地に道を作らなかったかと思う。

司馬さんは書いている。「
大和盆地は古代にあっては一大湖沼であった」(街道を行く@竹内街道49p)。
正面に山の辺の丘陵地帯が起伏し、やや高い台上には森がある。古代人にとっては神霊が宿るかのような景色だったのだろう。

石上と三輪をつないでいる道がまぎれもなく、日本最古の官道、山の辺の道である。

むろん、その道は現存している

石上の森から発して、村々や古墳群を縫いつつ、三輪の古都にいたる。

ただし道幅は狭い


(街道を行く@竹内街道
61p)

大和盆地の政教上の中心が三輪山である。出雲族の首都といっていい。

三輪山は神の名としては「大物主命」という。

「三輪明神」もしくは「三輪神社」と言われながら、活字の上の正称はそうでなく大神神社と書いて「オオミワジンジャ」と読ませるのである


街道を行く@竹内街道70p)

9月に入ると家内孝子は毎年言っていた。

「秋になったら一緒に山の辺の道を歩こうね」。

しかし、2人で山の辺の道を歩く機会は結局失してしまった。

家内のガイドブック山の辺の道のページには、今もしおりがはさまれたままである。

「孝子、君と一緒にこの道を登りたかった」。

狭い坂道を自転車を押しながら、ふと目前を一生懸命に登っていく孝子の後ろ姿を夢見て立ち止まる。

「ああ、孝子!」


  2004年9月4日 記

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