定年後の読書ノート

老いて はつらつ、橋本宏子、新日本出版社

最後の章に、思わぬ衝撃的なページがあり、老人の死について、明確な姿勢が記されていたので、そのページを転写する。

 

長年にわたり、貴重な社会的活動をつづけてこられた、私の尊敬する先輩が、ガンの手術をしたと聞いたので、お見舞いに行きました。開口一番、「ガンで死ぬのはいいわよ」といわれ、びっくりしました。81歳になる先輩ですが、「高齢だからあと半年か一年」と宣告されたそうで、自分の死ぬ時期がはっきりすると覚悟が決まる。抗がん剤の投与を一定期間受けたら治療は終わり、あとは鎮痛剤を使用するだけの手当てにする、というのです。そして退院したらすぐにお手伝いを頼んで不用品を始末し、まだ利用できるものは、形見分けとして知人友人に贈る。残る夫のため住みやすい家具調度をそろえ、あとはゆっくり好きなことをして暮らす、と話されました。その日、私はすっかり考え込み、その「死生観」に魅せられてしまいました。私はこれまで、「死」をおそれ、哀しいこと、絶望としか考えませんでした。死ぬまで元気で生きる、それだけを考えて心身の健康を目標にしてきたのです。死と向き合うことなど頭にありませんでした。ですから、先輩が死の宣告を受けてもこのように明るく死と向き合えるのは何故かと、先ず感心したのです。

 

先輩がこのように言えるのは、若い頃からこれまで、力一杯生きてきたからだと思いました。先輩の言葉から、私は、死を前向きに受け止められる条件、悔いなく生きた人の「死生観」「生き方」を学びました。毎日を積極的に生きるからこそ、悔いなく死を受容できることになると思ったのです。

 

死ぬことはある意味では天からの福音である。ありがたいと思う。

 


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