定年後の読書ノートより

ガンを背負ったクリスチャンー聖書でつづるガン克服の記録、高橋正清著、碧天舎

その頃妻はあるキリスト教団体に属していた。妻は聖書に興味があったので、聖書研究のつもりで学びを始めていた。ところが数年して、妻の考え方や行動に社会の常識とは違ったものが見え初めてきた。それは輸血禁止、投票拒否、年賀状否定、ある種の食肉の否定などであった。妻の聖書研究はすでにある偏った信仰にまで進んでいた。いままで築いてきた、平和で愛に満ちた暖かい家庭は、いつの間にやら崩壊寸前にあった。私たち夫婦は価値観を共有できない夫婦となっていた。離婚という最悪の道も会話には出てきた。そんなある日、私は妻を救いださんと、私の世界で聖書を本格的に勉強し聖書の真理を学ぼうと決めた。結果として、私は頭の中の信仰理解から、次第に心の信仰に変っていった。私は信仰という道を歩み始めていた。聖書を深く学ぶに従って、妻が聖書から得た救いのシナリオは、聖書の真理ではあり得ないと確信した。私は妻の教団の説く聖書には誤謬があると感じた。しかし、妻はもはや白紙で私の話に耳を傾ける柔軟さはなかった。洗脳ということばを実感した。妻との議論はむなしいものと悟った。聖書は神のことばである。私は妻を説得することや議論することはやめた。神が成してくださる、との絶対の確信があった。ある日、妻は私と一緒に私が通う教会へ行って見たいと言った。私が妻の救出のため、あれほど苦悩したものを、とうとう神は聖書の約束通り実践して下さったのだ。

 

この本の一番心引かれる箇所である。この後、著者の人生には、いくつもの起伏がある。一時は年商200億円の脱サラ事業に成功、長男は医者に、次男はJリーグサッカー選手に、そして自らも教会の指導者として意欲満々であった。全ては恵まれたと信じた。しかし、神は試練を与えた。事業倒産。そして2度、いや3度に及ぶ肝臓ガンの手術。その過程で常に確かめられていくのは、聖書の真理であり、聖書こそ、神の言葉であるとの確信であり、例え神に召される日が近かろうが、我が人生は幸せであったとの深い充実感が自分にはあった。

 

実はこの本に接することになったのは、ある日突然舞い込んだ次のメールが始まりである。

 

大学後輩の高橋正清です。本日クラスメートから貴兄のホームページの紹介を受け、早速見せていただき、非常に興味を感じましたのでダイレクトにメールさせて頂く事としました。読まれた著書のレパートリーの広さや各寸評の深さなど、私ごときにはまったく別世界で、感心を越えて驚きそのものです。先輩にそのような方が居られることは誇りさえ感じます
私が関心を持ったジャンルはキリスト教書、中央公論社 前田護郎氏の著書に関するものです。ノンクリスチャンである貴兄の、クリスチャンである前田氏の著書に対する書評が、私にとって非常に斬新なものに映りました。ところで、私はこの5月に著書を出版し発売いたしました。書名は「ガンを背負ったクリスチャン」 で、文学とは程遠い幼稚なものでお恥ずかしいものですが、出版社の協力もあり7月に第二刷が発行され、全国300書店で発売されています。是非ご一読を、と。

 

早速、小生も「ガンを背負ったクリスチャン」を拝読。聖書を通じて、人生をしっかりと歩んでこられた著者の足跡に感動の拍手を贈る。神を信ずることが出来る人は幸せである。同じ日、小生は、不破哲三著、「報告集・日本共産党綱領」を購入。2004年1月第23回党大会にての不破さんの講演を読み始めている。憲法第9条を真剣になって守りぬく力、それはもう今の日本には、日本共産党しかないと自分には思え、不破さんの講演に深く耳を傾ける今日この頃である。

 


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