定年後の読書ノート

座談会 昭和文学史(その1) 大正から昭和へ  加藤周一、井上ひさし、小森陽一、 集英社

座談会である。全体のストーリでまとめるより、印象に残った会話を記録したほうが遥かに得るところ大きい。

* 大正から昭和へ。大正デモクラシーの柱は普通選挙法と治安維持法という両刃の剣。これを動かしていったのは、ひとつは第一次世界大戦と関東大震災。もうひとつは大逆事件。

* 河上肇の「自叙伝」あれは文学ですね。傑作です。河上肇が文学に入らないのが不思議です。

* 自分の眼で勝負しろ。自分の眼で見て、自分が感じたことを言え。

* 理想としての世界は一見、労働運動や農民運動に合致しているように見えても、実はそれは知識人の幻想の中でつくり出された世界の姿ではないか。大体、労働者に働きかけた知識層は、観念的で、ヨーロッパの文献、マルクス主義の文献を踏襲して、現実感覚が弱い。その点、農民に基礎を置いた毛沢東は現実感覚に優れていた。

* 有島の場合、アメリカでの個人主義によってこの問題を乗り越えている。荷風もやはり一種の個人主義だ。

* フランス国民は自国の古典を徹底的に読む。日本の知識人は、自国の古典を放棄して、翻訳小説に大きく横すべりした。これは円本文化の影響が大きい。ロシア文学はロシア語なしには、語れない。

* 日本語の書き言葉には、日本語とつながっていないところがある。日本では知識人が労働者に呼びかける言葉がない。これは日本の悲劇のひとつだ。小林多喜二は志賀直哉に文章の書き方で私淑していた。芥川も志賀の文章にあこがれていた。大衆に宣伝しなければならない文が、一番わかりにくい例は、徳永直の「太陽のない街」に現れている。悲劇だ。しかし女性プロレタリア作家の作品は見事なものが多い。自分の経験とある距離をとる形で表現をしたとき、人に伝わる言葉になる。

* 作家は、文学的な言語表現の核になる自分の経験的世界を見つめながら、その経験的世界をいったん引き離して表現しなおす。この経験的世界と言語的世界の往復の感触こそが一番大切なのだ。

 


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