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HV特集 地獄を見たから生きてこられた ▽ 満蒙開拓団の戦後
兵士たちの戦争 @ 見捨てられた戦場の悲劇    NHK BS
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敗戦記念特別番組を2つ見た。さすが NHKドキュメント 素晴らしい感動を味わった。

ある友人曰く。「憲法論議になると、改正論者は必ず 敵が攻めてきても 軍隊なければ どうするんだと問い詰めてくる。どう応えるべきなのか?」。すかさず、哲学セミナー福田先生曰く。「歴史を御覧なさい。軍隊が国民を助けたことなんか一度だってありましたか?」

今回のドキュメントは まさに福田先生のご指摘通りの現実を見せ付けられた。


その1 満蒙開拓団の戦後は、、昭和20年8月9日 ソ連軍が国境を越えて、猛然と襲いかかってきた時から始まった。日本軍は何も守ってくれなかった。それのみか、逃げ惑う開拓民婦女を押しのけ、我先にと日本へ脱出して行ったのは関東軍を乗せた列車だった。悲劇は取り残された開拓民婦女の上にのしかかって来た。


あれから60年、日本へ帰っても、頼るべき人もなき開拓団婦女子は、再び日本の山奥に入って生きる戦いを始めた。必死だった。苦労は少しづつ実り、やがて酪農で現在の落ち着きがかなえられた。しかし、この苦労は、あの満州脱出の生き地獄をくぐり抜けてきたからコソ、かなえられたのだ。


その2、ニューギニアに進駐した関東佐倉231部隊3000名。アメリカの猛攻撃下にあり、食べるものも、生きるすべもなく 毎日が地獄だった。現地を無視した阿南司令官の命令で現地は無茶苦茶な地獄に追い詰められた。皆死んでいった。


人がのた打ち回って死んでいく姿を毎日見てきた。死臭が立ちこめ、うじ虫が死体にむらがり、戦友は次々と後をおう。しかし軍隊は命令で動き、そこには地獄を造りながら、戦後誰もこの責任をとった者はいない。この地獄の責任所在の追及なくして、戦後はどうして収まるのか。復員してきても 何故生きて帰ったのか 周囲はなんと冷たかったことか。この責任は一体誰が、どうやってとったのか。だれもかれも軍隊の責任をとらずに、また再び軍隊を持とうとする日本のいい加減さを人々は何故怒らないのか。


このふたつのドキュメントは、敗戦記念日にふさわしく突っ込んだ内容だった。こうしたドキュメントを見るたびに、憲法を改正し、軍国主義を復活させようとする自民党・安倍一派をなんとしても、この世から葬り去らねばならないと決意を新たにする。憲法擁護 9条の会 頑張るぞ。


久しぶりに骨のあるドキュメントを観た。

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