スペインスケッチ旅行2週間の旅(2011年度)


まだ日本中が東日本大災害衝撃の中にある2011年3月末、加納さんを中心に、絵の仲間7名は、通訳兼運転手H氏と共に、2週間のスペインスケッチ旅行に出発した。思えば2008年4月スペイン巡礼の道をピレネー山脈から出発しバルセロナまで2週間1000kmを走ったが、今回はスペイン南部アンダルシアの奥深い山村を求めて、800kmの道を走る。お陰で今回も全日好天に恵まれ、風景スケッチ15枚を仕上げることが出来た。


出発前には、児玉幸雄水彩画集や斉藤三郎南スペイン素描集を見て、この画集と同じスポットに三脚を立て、同じアングルでスペイン風景を描きたいと胸ときめかしてやって来た。中部空港からマドリッドまで機中14時間。

 運転手H氏はスペイン24年間の放浪実績を持ち、どんな山村に入っても、狭い坂道を自由にクルマを操る。村一番のバールを見つけることも、その店の自慢料理をかぎつけることも実に素早い。夜はいつもたっぷりとグルメ三昧に浸りきることが出来た。

Ronda Acros de la Fronters
Casares1 Grazalema
Motefrio Segura de la Sierta

 全宿泊は個室・連泊の贅沢三昧。毎日スペインの強烈な太陽の下、三脚を立て6号の水彩画を次々と仕上げていく。山頂近くの小さな山村に、7人がすらりと三脚を立て、古い教会をスケッチしている風景に通行人はいつも立ち止まる。田舎は静かだ。遠くに放牧場が見える。赤い屋根が無数に群がる山村、どの村の中心にもレンガ造りの古城や教会がそびえ建っている。

どうしてこんな高い山の上に、びっしりと家々が密集しているのだろう。広大な平地には牧草地が無限に広がっているのに、人々はどうしてこんな狭い高地にひしめき合っているのだろう。スケッチしながら会話はいつも同じ疑問を繰り返す。8世紀、西アフリカからやってきたイスラム教勢力は、アラブ帝国を築き、フランク王国と対立、イスラム文化をアルハンブラ宮殿に開花させた。しかし14世紀、キリスト教勢力は盛り返し、イスラム勢力をイベリア半島から追い出した。戦争に明け暮れたイベリア半島の哀しい歴史が山の密集部落を作ってきた。しかし、こんな高地の山村こそがあこがれの風景スケッチの対象となる。

Casares Loja
Selis Arcos de la Frontera
Casares2 Montefrio2


スペイン男女は肉感的で情熱的雰囲気の持ち主。目が濃い。胸も豊かだ。口元に笑みを含ませ、じっと人を見つめる。夕方は8時でもまだ明るい。夕食は9時頃からゆっくりと始める。生ハムをつまみにワインが美味い。どの店のパンも淡白で中味は柔かい。スペイン24年間放浪のH氏、食事時の会話は、大声で雰囲気を楽しく盛り上げる。「ここのオリーブはにんにくが良く効いて美味しいね。自家漬けのオリーブは、酒のつまみに最高だよ」。ワインも安い。どんなに飲んでも、実に手ごろ。


ロンダでは、国営最高級ホテルパラドールに宿泊した。ディナーには美味しい料理がずらりと並ぶ。食堂の入口には 日本語で「頑張って下さい。私たちは貴方たちと一緒にいます」と日本国旗とスペイン国旗が立てられている。旅の途中、持参パソコンでNHKニュースをいつも見つめる。SKYPEで、東京の息子とテレビ電話。「どうだ。原子炉冷却の目途はついたか」「駄目だ。放射能汚染は依然漏れ続けている」。1時間テレビ電話で語りあってもSKYPEは通信費ゼロ。すごい。しかし、山村高地ではパソコンさえも日本に繋がらないホテルが多く、テレビ電話はめったに操作出来ない。

Segura de la sieere siles la Puretta de Segura


2週間最後のスケッチはアルコス・デ・ラ・フロンティアの国営パラドールバルコニー。絶壁の上に建つ古い教会をせっせと描き続ける。300mはある絶壁の上に建つ、レンガ造りの古い教会。30分毎に教会の鐘の音が厳かに響く。ドイツ人観光団が、どっとやってきて、スケッチを覗きこむ。陽気な彼等は、ビールを飲んで大きな声で会話を始める。我々は、黙々と夕陽に映える教会をスケッチする。眼下には広大なスペイン田園風景が広がる。 誰かが叫ぶ。「ああ、太陽が沈む。すごくきれい。」と、西方を指差す。大きな太陽は、広大なスペインの田園の彼方に真赤に燃えて今静かに沈んでいく。

ここをクリックして頂くと表紙に戻れます