BS世界のドキュメンタリー  YTN製作   BS1 20071210放映

1987年 ソウルの熱い夏   報道カメラマンが見た民主化運動の真実

BSドキュメントはいつも見る様にしている。しかし、この韓国YTNテレビ製作のドキュメントは感動し、見ていて涙がとめどもなく流れてきた。


1987年当時韓国はチョン・ドファン大統領の下で 軍事政権の暴圧が荒れ狂い、激しい民衆弾圧の政治が行われていた。韓国民衆は、先ず大統領の直接選挙制を主張し、憲法改正を要求していた。そうした緊迫下、1987年1月15日、当局に逮捕された学生パク・ジョンチョンは、地下潜行する学生運動指導者の所在を追及する警察の拷問で、水中に頭を押さえ込まれ激しい脅迫によってついに殺されてしまった。この報道を知った民衆は怒り、政府に謝罪を要求し、いち早く国民運動本部を組織し、その本部をソウル・ミョンドン・大聖堂に置いた。警察は、この国民運動を弾圧すべく、大聖堂を2万人の警察機動隊で包囲し、封鎖した。しかし、大聖堂に立てこもった国民運動本部のメンバーは、封鎖の中、6月10日に向けて、国民大行動を呼びかけた。この番組は、当時の各社4人のカメラマンが、そのカメラでもって運動の推移を追ったルポルタージュである。


国民大運動は、6月10日、2万人の警察機動隊の弾圧の下、数万の学生と大聖堂で激しい闘いが始まった。ミョンドン・大聖堂は、ものすごい催涙ガス弾の炸裂する中で、学生と周辺の住民、そしてネクタイを締めたサラリーマンが中心となって6月29日の勝利まで、1ヶ月の激しい闘争が始まった。


当時の運動を振り返り、1人のカメラマンは「軍事政権下の厳しい弾圧下に、全国民を巻き込んで、民主化に勝利したのは、世界で韓国人が始めてだった」と誇らしげに語っているのを聞いて、韓国人の抵抗の姿勢の強さに激しい感動を覚えた。


実は、このミョンドン・大聖堂の戦いは、僕にとっても、きっちりと自分の身体で体験した、歴史的事実でもある。


当時自分は豊田自動織機繊維機械事業部紡機技術部紡機設計第1課長として、紡績繊維機械の韓国への受注業務の最先端に立っていて、頻繁に韓国にも出張していた。そして、1987年6月8日朝1015分名古屋発ソウル行きのJAL機でソウルに飛び、丸紅エージェントと接触、豊韓紡の紡績機械据え付け技術打ち合わせを重ね、いつも定宿としているミョンドン・キング・セジョンホテル1315号室に12日まで滞在していた。このセジョンホテルこそ、ミョンドン・大聖堂と隣合わせであり、キング・セジョンホテルは全日流れ来る激しいマイクの怒号や、催涙ガスで目も空けて居られない苦しさだった。


しかし、好奇心旺盛な小生、仕事が終わった夕食以後は、いつもスケッチブックをもって、ミョンドン・大聖堂の学生達と警官隊が激しく戦い合う現場をスケッチし、飛んでくる石つぶてに気を使いながら韓国国民の闘争の激しさをじっと見つめていた。


そして今回、当時のドキュメントフィルムを見て、自分の目で見たあの激しい現場が、TVで再現され、6月29日の韓国民主化宣言での勝利の到達点を見るにつけ、ああ韓国人の民主化闘争は、本当に素晴らしかったと思わず涙ぐむ。思えば、もう20年も昔の思い出話である。今や69歳とすっかり年を取ってしまった自分をしみじみと省みる時間でもあった。



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