シルクロード奥地15日間の旅



1日目(名古屋→北京→ウルムチ)

2005年10月10日北京空港を飛び立った時は外気27℃であったのに、ウルムチ到着時4℃にまで下がっていた。ツアー一行13名全員この寒さに震え上がる

2日目(ウルムチ→天池→カシュガル)

翌朝、標高2千m山頂に琵琶湖大の湖を持つ天山山脈天池に登る。バスは凍結した山道を、ゆっくりと登っていく。ボグダ峰を遠方に仰ぎ、ガス発ち昇る幻想風景はスイスかと夢に酔う。

3日目(カシュガル→パミール→カシュガル)

カシュガルよりカラコルム・ハイウエーを5時間走ってカシミール高原カラクリ湖に向う。崑崙山脈と天山山脈のせり合うタリム川上流両側絶壁は、大自然の激動をダイナミックに見せてくれる。この道を玄奘法師は登って行ったのだと思うと全身が震えてくる。

4日目(カシュガル)

カシュガル・ウイグル族職人街・イスラムエイティガール寺院・香妃墓・日曜バザールを1日バスで訪ね周る。

バザールで古い経文が2つ、5千円という破格の安さで売りに出ているのを見つけ、直ぐに買い求める。

5日目(カシュガル→ヤルカンド)

いよいよ西域南道2千キロ走行のバス旅行に出発。初日はカシュガルからヤルカンドまで。2千年の昔 貴重な仏教伝達の地も、今はイスラム教一色となっている。土埃がもうもうとした道端で ノコギリの歯1枚1枚刻んでいる鍛冶屋職人を見て、貧困の中からどうすることも出来ない人々がこの町には一杯いることを知る。

6日目(ヤルカンド→ホータン)

ヤルカンドよりホータンまで300km砂漠の道を、一直線に走ること5時間。360度周囲はすべて無限の砂漠のみ。よくぞ、この地獄のような砂漠の中を、張騫、玄奘等は自己の信念のみを頼りに歩き抜いたものだと、心から感動し車窓風景を見る。

7日目(ホータン→ニヤ)

ホータンは、崑崙山脈から産出した宝玉で古くから有名な町。しかしマリクワト故城の高台からホータン川に下りて驚いた。川底はすっかりブルドーザーで掘り返され、工事現場は荒廃風景。聞けば、今や2000台のブルドーザーがホータン川を掘り返し、宝玉探しの大規模な自然破壊、NGOも大非難とか。

8日目(ニヤ→タクラマカン砂漠→クチャ)

念願のタクラマカン砂漠760km横断の旅。360度無限の砂山に囲まれた大砂漠に伸びる1本の砂漠公路。ハイウエー直下にはタクラマカン砂漠より産出する原油を上海に送る油送管4本が埋められているという。タクラマカン砂漠の終わりはタリム川に沿って続く胡柳の森。2百年前にはロブノール湖に注いでいたタリム川も今は枯れ始めている。

9日目(クチャ滞在)

クチャ・キジル千仏洞へ、塩水渓谷を150km走る。大自然のダイナミックな創作は、どんな芸術も及ばない。大地は躍る。大地は立つ。大地は怒る。大地は激動する。絶壁を鋭く屈曲、大自然の力を見せつける塩水渓谷。 大自然の造作に感動し ひとり口の中でつぶやく。

10日目(クチャ滞在)

スバシ仏寺遺址を訪ねる。2000年の昔、仏教がインドから初めてこの地に伝えられ、こんなにも広大な地に目を見張る仏教寺院を建立していった西域の人々。しかし、歴史は変転し、今やこの壮大な寺院も、土山の廃墟に化している。この廃墟には巨大な大蛇がいて、人々も怖がって近づかないという。

11日目(クチャ→トルファン)

人民解放軍を数十年間 大動員して建設した中国南疆鉄道。列車は天山山脈の麓3000mの高地を登り続ける。食堂車の車窓より見る天山山脈山頂には、白雪が美しく輝き、裾野を列車は喘ぎながら登る。

12日目(トルファン)

トルファン火焔山、高昌故城、アスターナ古墓群、ベゼクリク千仏洞、カレーズ博物館を訪れる。昨年訪問した各所ではあるが、視点を変えれば感動はまたあらたなり。夜は羊の丸焼きとウイグル民族舞踊を楽しんだ。

13日目(トルファン→ウルムチ)

NHKシルクロード空中撮影で感動を与えている交河故城をじっくりと歩いて見学。2000前の昔、ここにソクド商人達がシルクロード往来に際して立ち寄った姿を想像する。こうして、シルクロードの地に立って歴史の流れを忍ぶノスタルジャはなんと心地良いものか。トルファンからウルムチへの途上、車窓より見た東洋一の風力発電群、真っ白な湖面の塩水湖、そして白雪を被るボグダ峰に感動する。

14日目(ウルムチ→北京)

ホテルの窓から見るウルムチ市。紅山公園を中心に建ち並ぶ近代ビル。縦横に走る高速道路。膨大な天然資源を背景に急成長を遂げる中国。矢張り資本主義政策の方が、人々を豊かにし、幸せに出来るのだろうか。北京に着いた夜、最後の晩餐はなんと、全徳の北京ダック。この度のシルクロード奥地15日間の旅にふさわしい豪華な晩餐をたっぷりと楽しんだ。

15日目 (北京→名古屋)

思えば北京を始めて訪れたのは、まだ文化大革命も終わっていない頃だった。街角には壁新聞が目立っていた。あれから40年、現在の北京は高層ビルが建ち並び、高速道路が縦横に走る。中国はもう昔の中国ではない。帰途機内で読んだ英字新聞では、小泉がまた靖国神社を訪問したと中国は激しく糾弾している。日本は自分の進むべき方向を見失っていないか。下界に日本列島が見え始めた。誰かがつぶやいた。「日本は砂嵐もないし、緑も豊かできれいだなあ」。

旅の終わりに

カシュガルでの夜、夢の中に孝子が来てくれた。ベッドの上でしっかり抱き合う2人。喜びに顔を真っ赤に染める孝子。頬を寄せ合い、孝子のぬくもりをはっきりと感じとる。この2年間、こんな素晴らしい夢は始めてだ。孝子のぬくもりを全身で感じながら、孝子を力強く抱きしめる。僕は今孝子と一緒に旅をしているのだ。嬉しくていつの間にか涙が出てくる。



ここをクリックして頂くと 表紙に戻れます