多田メソッドに触れて

多田武彦合唱講習会

 


                                加 藤 良 一



 2005年2月5日、作曲家の多田武彦先生を埼玉にお招きして合唱講習会を開催した。北は北海道から南は九州まで全国から 180人の男声合唱ファンが集まった。
 この講習会は、男声合唱プロジェクトYARO会が 2003年11月に開催した第1回ジョイントコンサートに引き続いて主催する第二弾のイベントである。じつは第1回コンサートの直後からこの企画は持ち上がっていたのだが、その後実現するまでに思いのほか手間取り、ようやくこのたび開催の運びとなったものである。

 そもそもは、多田先生がYARO会の 『富士山』 をお聴きになって、意外
(?!)なうまさに驚かれたのが発端であった。 2003年に全国で名立たる男声合唱団が演奏した『富士山』は優に10回を越したそうだが、そのなかでもYARO会の演奏は確実に三本指に入るくらいの出来栄えだったと、多田先生からお褒めの言葉を頂いた。
 YARO会の長所をさらにメンバー全体に定着させることを実践すれば、短期間で飛躍的によくなれる資質をもっている。そのためには理論と実践の両立が欠かせない。とにかく、もう一段レベルアップを図るためにアドヴァイスができると多田先生から申し出ていただいた。ありがたいことである。

 
 YARO会は、ふだん少人数ばかりで歌っている団員たちから 「たまには大勢で歌いたい」 と熱望する声が高まり、埼玉の男声合唱5団体が集まって 2002年に発足したものである。その後、埼玉県合唱連盟とも連携しながらいろいろな活動をしてみて、男たちはそれまでの狭い活動範囲から、もうひと回り大きな世界を知ることができるようになった。コンサートで歌うことだけがYARO会の活動と縛る必要もなかろう。YARO会って意外に面白いじゃないか、合唱音楽をもっと盛り立てるために何かできないか。若い人たちとどんどん交流を深めて、おじさんたちと付き合ってもらおうじゃないか。
 


中高校生とYARO会メンバーがいっしょに歌う
埼玉県合唱連盟創立45周年記念演奏会 2003年



 YARO会が若い人たちを意識し始めたのは、2003年3月に開かれた埼玉県合唱連盟創立45周年記念演奏会の頃からであろうか。この演奏会では、埼玉県の中学校(ジュニア含む)の同声・混声、高校の混声・女声・男声、おとうさん、 おかあさん、一般(大学含む)混声という 11の分野に分けて、それぞれ 大合唱団を編成し、合同演奏会を行った。
 演奏会の合い間や撥
(は)ねたあと、会場内外で自然発生的にいろいろな交流が生れ、中学生や高校生とおじさんたちが一緒になってハモる場面があちこちで見られた。子供たちの顔がじつに嬉しそうで、思わず涙が込み上げそうになったのを思い出す。孫とおじいさんほどの年齢差を忘れて、ハーモニーを作り出せる男声合唱の魅力をつくづく感じたものだった。
 今回の講習会のコンセプトのひとつである“若い人との交流”の萌芽は、前述したようなことが端緒だったのである。そこで、若い人がすこしでも参加しやすいように高校生以下を半額と設定したが、本音のところでは無料にしたかったくらいである。

 さて、講習会では、YARO会が 2003年に演奏した『富士山 から 「作品第肆(四)」(かわづら)のCDを例題として取り上げていただき、最後に「作品第肆(四)」の歌い方の指導をしていただくことにした。
 講演前の音取り練習は、男声合唱団メンネルA.E.C.の指揮者須田信男さんが担当した。

 講演は、多田先生が書かれた多田メソッドともいうべき 『合唱練習の際の留意事項』 をテキストとして、多田先生みずから講演テーマに合わせて曲を編集したCDを用いて行われた。その音源には電子音によるものも含まれている。

 多田先生は、ご自分のことを虚弱体質だといいながら、講演がはじまった午後1時から5時前まで、椅子などまったく使わずにずっと立ちっぱなしだった。それも演壇の上とCD装置がある下手袖とを行ったり来たり歩きながらの講演である。途中で 10分間の休憩を入れたが、そのあいだも参加者の挨拶の応対でけっきょく控室に戻る暇もなかったのに、時間どおり後半の講演をはじめましょうと、さっさと演壇に出て行かれた。どこが虚弱体質なのかと首をかしげるほど矍鑠(かくしゃく)とされている。

 多田先生の音楽解釈はじつに精密である。たとえば、音楽の構造がどうなっているかを 「音楽の構築性」 という表現で解説するにしても、では実際に音楽を聴いて確かめてみましょう、とやる。言葉の処理のし方の問題では、名前は言えないと前置きして有名なプロ歌手の歌を聴かせて、どうですかこの人は音楽の本質を理解していると思いますか、と投げかける。講演は、終始このやり方で実証的なアプローチに徹していて、具体的で曖昧さがない。また、多田先生が口癖のように大切なこととおっしゃる“起承転結”は、講演全体の構成のうえにも表れていた。

 多田先生は、銀行マンから作曲家へ転身するという特異な経歴の持ち主である。サラリーマン時代の経験から引き出される例え話は、われわれにもすくなからず共感できるところが多い。さらに、持ち前のユーモアで人を楽しませてくれることも嬉しい。参加者は、楽しみながらも、一言たりとも聞き逃すまいとしているのが手にとるように伝わってきた。今回参加された方々は、多田武彦という作曲家をより深く理解し、その作品に対してもさらに愛着を抱いたことであろう。

 
 最後に、この度の講演をこころよくお引き受けいただいた多田先生にあらためて心より感謝申しあげたい。多田先生からは、今回の講習会はその準備段階から当日の運営などの企画すべてがとても素晴らしかったし、何よりも参加者の真摯な受講態度に感銘を受けたとの感想をいただいた。

 私は推進エンジン役となったが、会計としてブレーキとハンドルを握ったのが男声あんさんぶる 「ポパイ」 の関根盛純
(せいじゅん)さんであった。関根さんは、 2005年12月11日に開催予定している第2回YARO会ジョイントコンサートの責任者でもあり、指揮者の須田信男さんと共にいまやYARO会には欠かせない人材である。このお二人の大きな貢献にもお礼を申しあげたい。

 講演会終了後、お礼のメールや手紙をいくつもいただいている。男声合唱ファンにとって“雲の上の人”であった多田武彦先生と間近に接することができた幸運を、参加者の皆さんとともに素直に喜びたい。そして、YARO会の次なる目標は 12月の第2回ジョイントコンサートである。大いに期待していただきたい。



関根盛純さん

会計(番頭)
男声あんさんぶる「ポパイ」

司会を務める筆者


須田信男さん

合同演奏 練習指揮
男声合唱団メンネルA.E.C.

   


2005年2月8日





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