20121月に行われた全豪オープンでもライン際のきわどい判定に対して、選手が「ビデオ判定」を要求する場面がよく見られました。これはChallengeとよばれています。
 この「ビデオ判定」システムは、イギリスのHawk-Eye社が開発した「ホークアイHawk-Eye」(鷹の目)と呼ばれる、ミサイル誘導技術を応用したもので、コート周辺に10台のカメラを設置し、ボールの軌跡をCG加工して映像解析します。システム使用料は2週間で1千万円とか。因みにHawk-Eye社は日本のソニーが2011年に買収しています。

 従来は、判定に不満があっても確かめようがなかったですから、諦めて泣き寝入りするのがふつうですが、我慢できずに悪態をついて仕舞いにはペナルティをとられるプレーヤーもいたもんです。もっとも、現在でもこのシステムを導入していない会場では事情は変わらないままですが。



 この判定システムは、1971年に導入された「タイブレーク」以来のルール革命とも言われています。2006年から正式に採用され、日本では2008年の東レ・パン・パシフィック・オープンで初めて採用しています。Challengeの権利は、1セットにつき3回まで。判定の結果「誤審」と認められると、3回の要求権はそのまま保持されるので何度でもChallengeできます。いっぽう、審判の判定が正しかった──というより、Hawk-Eyeが審判と同じだった場合には、権利を消費してしまいますので、どのタイミングでどのボールに対してChallengeするかによって、試合の流れを大きく左右しかねない問題でもあるんです。
 一般的には、自分が打ったボールが「イン」だと主張するか、相手のボールが「アウト」だとしてChallengeしますが、まれにその逆のケースも生まれます。先の全豪オープン男子シングルス決勝、ノヴァク・ジョコビッチ vs ラファエル・ナダル戦で、まさに<逆>Challengeというような場面がありました。


 ナダルがセットカウント
21で先行して迎えた第3セットだった(記憶がいまいち怪しい)と思いますが、ナダルのファーストサービスが「フォールト」と判定されました。しかし、ジョコビッチはそのまま打ち返しリターンエースを決めてしまいました。ナダルは当然「フォールト」と判定された時点でプレーを止めていましたから、取りに行く気はありませんでした。そこで、ジョコビッチは今のナダルのサービスは入っていた「イン」だとChallengeしました。判定結果は「誤審」で、要求どおり「イン」となりました。しかし、だからといってそれでジョコビッチの得点になるわけではなく、「レット」となりナダルのサービスをやり直すことになったのです。やり直したサービスはナダルが決めてしまいました。
 この場合、最初にナダルのサービスが「フォールト」とされたときに、それをジョコビッチが受け入れていたほうが有利だったのではないかという疑問も生じます。おそらく、ジョコビッチにしてみれば自分のリターンが決まったのだから得点になると踏んだのでしょうか。いっぽうでナダルはサービスが入ったにもかかわらず「フォールト」と止められてしまったのですから、こちらも文句が言いたいということになります。
 このようなケースは、ルール上どのように処理するのが正しいか知りませんが、咄嗟に判断して時期を失しないうち(そのタイミングがけっこう微妙そうですが)にChallengeしなければなりませんので、プレーヤーは混乱するかもしれません。つまり、Challengeはまだ歴史が浅いシステムですから、いろいろな経験値が積み重なっていないように感じました。


 さて、このChallengeシステムについては、ロジャー・フェデラーやレイトン・ヒューイットなどが反対してきたそうですが、審判側にも問題を残しています。昔とちがい、万一「誤審」を犯してもプレーヤーが再確認を要求することが可能になったので、文句があればどうぞということで、ジャッジに対する姿勢が甘くなっているのではないかということです。そこで、プレーヤーからはもっとしっかり判定して欲しいと要望されてしまうのです。さらにもう一つの問題は肝心のHawk-Eyeの測定精度が、なんと99%ということです。これを高いとみるか低いとみるか。私は、勝負の世界で使うにしてはあまりに精度が悪いと思います。

 たとえば、こんなことがありました。
 ある試合のタイブレーク中のこと。ラインパーソンも主審も揃って「アウト」と判断しましたが、打ったプレーヤーにはまだChallengeの権利が残っていたのでそれを行使しました。すると、Hawk-Eyeは、ボールがわずかにライン上に乗っかっているCG画像を示したのです。その結果、ボールは「イン」とされ判定が覆されてしまったのです。もっとも近くにいたプレーヤー、ラインパーソン、主審すべてが「アウト」と見たのに、画像処理の結果は「イン」となってしまったのです。そのプレーヤーは過去にも同じような苦い経験をしていたのです。彼はもっともボールの近くにいたし、ボールの跡も残っていて、主審もラインパーソンも同じ判定だった、にもかかわらずどうしたことだろうと疑問を投げかけています。一説には、スピードの遅いボールだとその弾道を正確につかめないことがあるともいいます。このような精度の悪さを逆手に取り、ダメ元で権利を乱用し、あわよくば判定をひっくり返そうというスポーツマンシップに反する態度が横行することが危惧されます。

 また、精度にかかわる問題としてこのような例もあります。
 打返したロビングのボールが「アウト」と判定されましたが、Challengeで映し出されたボールはライン上に落ちて「イン」でした。しかしそれは、Hawk-Eye 2度目のバウンドをキャッチしてしまったというお粗末な話で、単なる操作ミスだったようですが、判定は「イン」として試合は続けられてしまいました。

 Hawk-Eye
は、ボールがコートに接地したときにできるボールマーク(痕跡)で結果を示します。ところが、Hawk-Eyeのボールマークは、アマチュアレベルの打球によるマークに基づいており、プロが打った時のマークとはかなり違うということです。プロの強烈なスピードや回転によって、大きく滑ることを考慮していないともいわれています。さらに、ボールがラインとどのような角度で接するかで判定が違ってくることも考えられます。これは、ベースラインやサービスラインのように打球の方向とほぼ直角に交わる場合と、サイドラインやセンターサービスラインのようにボールの軌道とラインが並行する場合とでは、見え方に相当開きがあると想像されます。


 判定の問題がここまでシビアになって来ると、現行のルールでは追い付かない事態が想起されます。そもそも、ボールが「入った」とは何を指すのか、ボールがどのような状態になれば「入った」ことになるのか。ところが、
国際テニス連盟(International Tennis FederationITF)の30項目あるルールでは、意外なことにボールの「イン」と「アウト」の定義付けを直接にはしていません。辛うじてそれに言及しているのは、【ルール12ラインに触れたボールは、コート内に正しく入ったものとみなされる。】だけです。このルールを厳密に読めば、仮にコートの真上からボールの着地点を見たとき、ボールの一部はラインに重なって見えたとしても、実際にはラインに触れていないことも十分ありえることで、それは「アウト」です。ボールは丸いですから接地面は通常直径よりやや小さいはずだからです。しかし、一般に人の目で見て判定する場合はこれを「イン」としていることはほぼ間違いない事実だと思います。
 Hawk-Eye前に述べたような「アマチュアレベルの打球」をモデルにしてシステム設計されていたとすると、誤差が生じて当然です。つまり、プロの打ったボールは威力があるのでコートに着地したときの潰れや滑りも大きいはずです。このあたりの変形などをファクターとしてシステムに取り込まないと精度は上がらないのではないでしょうか。

 とはいえ、現状ではHawk-Eyeに代わる良いシステムがないのですから、とりあえずやむを得ないということなのです。個人的には、10台ものカメラで撮影しているんですから、画像処理などしない実際の画像も見せて判定させたほうがよほど納得されるのではないかと思わずにいられません。いずれにしても、今のままではChallengeシステムへの不満や疑問は一層募るばかりです。今後の改良に期待しないではいられません。





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新テニスルール ジャッジにCallenge

加 藤 良 一    201221