<コンサート・レヴュー>

  青春を想いださせるコンサート

               

 加 藤 良 一


 

もう40年以上前のことになるが、東京目黒の八雲というところに友人S君が住んでいた。まだ僕らは中学生だった。S君の家は、一家で商売をしていて、米屋と牛乳屋が同居したような店構えをしていた。屋号は忘れてしまったが、商売はそこそこ繁盛していたようで、下目黒から追われるようにして引っ越してきた我が家とはくらべようもなく裕福そうに写った。その店は、東急東横線の都立大学駅から目黒通りを北へ突っ切り、ゆっくり歩いても数分の場所にあった。当時、東横線の頭に東急などとついていなかったと記憶している。
 そんな昔懐かしい場所へ先日行ってきた。この町は子供のときに歩き回った町なのだと意識していなかったら、まったく見分けがつかない見知らぬ町並みのひとつに過ぎなかったにちがいない。都立大学も十年以上前に八王子へ移転し、名前だけが駅やバス停に仕方なく残っているだけである。

 真夏日の記録更新が続くなか、ほっとするほど涼しくなった秋分の日の9月23日、男声合唱プロジェクトYARO会の仲間に誘われてJOLLY ROGERS 2004 Autumn Concertに行った。コンサート会場は、都立大学跡地に建てられためぐろパーシモンホールであった。パーシモンとは柿の木のこと。八雲より柿の木坂のほうがとおりがいいということだろう。
 JOLLY ROGERSはジョリーラジャーズと読む。ジョリーラジャーとは、どくろマークの入った例の海賊旗のことらしい。1997年創立の比較的新しい男声合唱団。ジョリーラジャーというだけあって、海や河など船乗りの男の歌を中心に歌っている。この合唱団の強みは、バスパートにNHKのアナウンサーである柿沼(かく)さんが所属していることである。柿沼さんは、つぎつぎと曲の紹介をしながらコンサートを進めるM CMaster of Ceremony)役つまり司会担当していた。
 自己紹介で「NHKアナウンサーの柿沼郭でございます」と、公私混同(?)していて、ふつうの団から見るとちょっとずるいかな。企画構成から振り付け、専属司会者、そして歌と、七転八倒、八面六臂の活躍とのこと。

今回のステージテーマは、青春である。青春をうんぬんするのは、すくなくも生物学的青春時代を過ぎた人のすることであるが、ちょっと懐かしい曲に聴衆は自分の想い出を重ね、共感しているのが手にとるようにわかった。言わずもがなのことではあるが、聴衆のマジョリティは、青春を語るに相応しい年代の人ばかりである。
 柿沼さんは、皆さんは青春という言葉にどんな思いがありますか、と聴衆に問いかけ、サムエル・ウルマンの詩「青春」を紹介した。


青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。……
 

この詩については、以前このホームページの「なんやかや」欄に掲載させていただいた小林泰明さんのエッセイで紹介されていたので、すぐに思い至った。加えて、家内の母親がこの詩を好んでいることもあり、筆者にとってはとくに印象深い詩である。
 指揮者の吉岡弘行さんは、東京芸大の作曲科出身というから、わがコール・グランツ顧問の鎌田弘子先生の後輩にあたるはず。吉岡さんが師事した作曲家の佐藤真先生は、鎌田先生の友人でもある。佐藤真先生は、「大地讃頌」の作曲で名高い。

 吉岡さんの指揮は、どこまでも丁寧で細部をおろそかにせず、それでいてメリハリの利いた曲作りをする。強みは自ら編曲も手がけられることだろうか。随所に合唱好きを唸らせる箇所が織り込まれていた。
 ステージは、海と川にちなんだ曲を集めた1st Voyage (ファースト・ヴォヤージュ、第一航海) 川は流れ、そして海へ と、2nd Voyage (第二航海) 青春への旅、いつもうたがあった」にわかれていた。
 幕開けに歌われた誰もがよく知る「みかんの花咲く丘」は、その繊細な表現力と高い歌唱力で、これからどのような演奏が展開されてゆくのか期待が膨らむ一曲だった。続いて、シーシャンティでよく歌われる「Blow The Man Down」、吉岡さんの編曲によるロシア民謡「ステンカ・ラージン」、グループサウンズのタイガースが大ヒットさせた「シーサイド・バウンド」、サザンの「TSUNAMI」、演歌「舟唄」などが、ほかでは聴けないようなアレンジで演奏された。そして、1st Voyageの締めくくりとして、美空ひばりの「川の流れのように」を吉岡さんのアレンジで聴かせたが、どこまでも抑制が効いているというか、爆発させない手法はなるほどと感心してしまった。

 さて、前半が終り20分間の休憩に入ったところで、ロビーへ出てビールを一杯やりながら、早速メンネルA.E.C.の指揮者須田信男さんと前半のジョリーをチェック。ちょっとスリリングな箇所もあったけど、思った以上に実力があるじゃないか、さすがにアレンジは素晴らしいね、いずれにしてもほんとにていねいな指揮をしている、みんなよく歌っているけど、ベースがなかなかいいね。
 パーシモンホールは、内装にも木材をふんだんに使った、柔らかいひびきのホールである。残響は2秒とのこと。ていねいなアンサンブルを聴かせるジョリーに合ったホールだろう。

2nd Voyageは先に書いた「青春がテーマである。誰もが若い頃に聴いたことがあるはずのジャズやポップスの名曲が並べられていた。また、最近とみに人気が出てきたアメリカのバーバーショップ・スタイルもかなり取り入れ、多彩なステージを展開したのには正直なところ驚いた。
 「センチメンタル・ジャーニー」、「ダイアナ」、「『いちご白書』をもう一度」、「サイモン&ガーファンクルメドレー」など8曲を披露したが、なかでも「帰ってきたヨッパライ」 (写真)は、ドリフの全員集合をもじった舞台設定とし、ヨッパライが会場から現れるという趣向で楽しませた。あのパフォーマンスは、まちがいなく玄人はだしの出来だった。ただ残念なのは、演技に気を取られて歌のほうはどうだったか記憶に残っていないことである。
 フィナーレは吉岡さんの編曲の「涙そうそう」だった。この曲は、たいへんよく作られていて、歌うほうも気持ちよく歌えただろうし、聴衆も思わず惹きこまれ るほど魅力に満ちた仕上がりだった。次回の定演も決まっているといっていたが、ぜひまた聴いてみたい合唱団である。

 

(2004年9月26日)