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モーツアルト フリーメイソン

加 藤 良 一     2011年9月8日


 モーツアルトが秘密結社フリーメイソンFreemasonのメンバーであったことはよく知られているが、ではこのFreemasonとは果たして何か、モーツアルトの音楽とどのような関係があったのか、これまで気にはなっていたがくわしく知る機会がなかった。
 たまたま音楽家・吉田進氏の著書『フリーメイソンと大音楽家たち』(国書刊行会)を手にしたところ、音楽とFreemasonとの深いかかわりについて書かれていた。そこでこの本をテキストにFreemasonと音楽家との関連を考えてみたい。

 はじめにFreemasonとはそもそも何かを確認しておくと、Wikipediaでは、「会員同士の親睦を目的とした友愛団体。イギリスで発生し世界中に派生した男性の秘密結社(「非公開団体」といっている)であり、しばしば陰謀論の矛先が向けられる。」と説明している。
 また、吉田進氏によれば、「ヒューマニズムを基調として、各メンバーが自己の完成を目指すことにより、人類共同体の完成を目標とする思想形式の場」であるとされている。秘密結社と聞くと怪しい雰囲気が漂うが、ようは職人仲間で固めた組織である。

 そもそもFreemasonとは、18世紀はじめのヨーロッパで、寺院や宮殿を建てた石工masonのうち、自由なfree立場にいた人たちを指すもので、高度な技術を持つエリート職人の集まりだった。この職人たちFreemasonは建築現場の近くに「ロッジ」と呼ばれる集会所を設けて、石材加工の秘密や技術を伝授しあった。日本でいえば工事現場の飯場みたいなものだろうか。そうする中で相互扶助の精神が発達していったという。
 このようなFreemasonの権益を守るため、入会にあたっては厳しい査定があり、権威を示すための特殊な入団式も行われた。そして、それらの活動や儀式は外部に対して秘密にされてきたことから、多くの憶測が生まれ、果ては陰謀を企てる集団とまで揶揄されるようになっていった。世界各地にあるFreemasonたちの集まった団体をフリーメイソンリーFreemasonryと呼んでいる。

 時代とともに石工職人ではない人たちも会員として参加するようになっていった。そうなると、職人は「実践的フリーメイソン」(operative)と称していたが、職人でないメンバーは「思索的フリーメイソン」(specurative)と呼ばれたそうである。その後Freemasonは、基本精神だけが残され、高度なインテリ層による思想結社となっていった。ただし、Freemasonの起源については諸説あるともいわれているので、ここに述べたことはひとつの見方であるとしたほうが無難であろう。


 Freemasonが石工職人のギルドであったことは、そのシンボルマークからも確かなことである。石工が用いたコンパスと直角定規を組合せ、中心に神GODと幾何学Geometryとを意味する「G」があしらわれている。
 コンパスの三角形と直角定規の三角形が作り出す形は、例のダビデの星を示しているともいうが、だからといって宗教団体ではない。Freemasonryには、独自の思想があるわけではなく、さまざまな思想が持ち込まれ、ときに無神論でもある。日本のFreemasonryは、秘密結社という雰囲気ではなくあたかもロータリークラブのように開放的なものだそうである。

 さて、先へ進もう。Freemasonの音楽家はモーツアルトをはじめとしてたくさんいる。たとえば、ハイドンが1785年にウィーンのロッジ<真の協調>に入団するとき、人間社会に欠かせないハーモニー「調和」と音楽のそれとを引き合いに出して挨拶したとされ、Freemasonと音楽の深い関係を示唆している。
 また、Freemasonが集会の最後に歌う曲は、古いスコットランド民謡の旋律に詩人ロバート・バーンズが《Auld Lang Syne》(オールド・ラング・ザイン=久しき昔)の歌詞を付けたもので、これはいま日本の学校の卒業式でよく歌われる《蛍の光》である。この曲は世界中で別れの曲として歌われていることはご存知のとおりである。Auld Lang Syneはスコットランドの古語である。

《オールド・ラング・ザインAuld Lang Syne蛍の光》
     (音源はYouTubeにリンクしています。音量にご注意ください。)

   PLAY Straight No Chaser             PLAY Mariah Carey 


 現在、我々が音楽で使う「音叉」はメイソン的小道具の一つだというから驚きである。U字型の下に柄が付いた金属性の棒から出る「イ=A」(ラ)の音は、純粋で透明な純音であることがFreemasonの思想と相通ずるという。

 Freemasonの音楽にはいろいろな象徴性が盛り込まれているが、もちろんFreemasonにしかない音楽技法や固有の表現というものがあるわけではない。そんな中でもフラットやシャープがそれぞれ3つ付く調性(変ホ長調とその並行調であるハ短調、イ長調とその並行調である嬰へ短調)は、Freemasonが大切にする「3」という数の象徴であるといわれている。いっぽうで、調号が1つも付かないハ長調は、明るく響くため「光」を象徴するものとして重要視されている。また、3拍子や2音ずつ連続するスラー音型なども特徴の一つであるという。


 次に、モーツアルトがFreemasonのために作曲したという音楽に目を向けてみよう。

歌曲《おお、友愛の聖なる絆よ K148
 PLAY Lobegesang auf die feierliche Johannisloge

 2音ずつ連続するスラー音型が多用されるのは、兄弟愛の象徴という。
 それは集会の最後に《Auld Lang Syne》を歌うとき、起立して輪になり、お互いに右腕を前にして両腕を交差させ左右のメンバーと手をつないで作る「友愛の輪」を象徴することと通底している。そういえば、「友愛」を掲げながらアッという間に辞職した某国の元首相は、Freemasonであるとかないとか囁かれているが、それはおいておこう。

カンタータ《汝、宇宙の魂に K429
 PLAY CANTATA " Dir, Seele des Weltalls "

 二人のテノール、一人のバス、男声合唱とオーケストラのための作品。作詞は一般にロレンツ・レオポルド・ハシュカとされているが、イグナーツ・フォン・シェファーではないかとの説もある。Freemason的調性である変ホ長調(3つ)で書かれている。

Dir, Seele des Weltalls, o Sonne,
sei heut das erste der festrichen Lieder gewaeiht!
O Maechtige, ohne dich lebten wir nicht,
von dir nur kommt Fruchtbarkeit, Waerme und Licht!


汝、宇宙の魂に、おお太陽よ、
今日こそ祝祭の最初の歌が捧げられんことを!
おお、力強き者よ、汝なしに我らは生きること能わず、
汝からのみ、豊饒と熱と光は来る!


 この曲は、ピアノ伴奏用に編曲されて今年(平成23年度)の全日本合唱コンクール・男声合唱部門の課題曲の一つとして選曲されている。男声3部というあまりない形式をとっている。
 我が男声合唱団 Vive la Compagnie(ヴィヴ・ラ・コンパニー)は、この曲を選んで今年のコンクールに挑戦している。とりあえず埼玉県大会では金賞を受賞し県代表権を獲得したが、続いて行われる10月の関東大会は果たしてどうなるものか。これからのブラッシュアップいかんにかかっている。

 原曲は上で述べたようにソロ、合唱、オーケストラ伴奏となっているが、課題曲は譜1に示したようなピアノ伴奏に編曲されている。また、詩はロレンツ・レオポルド・ハシュカとなっており、タイトルは「宇宙の魂よ、おまえに」と訳されている。



     113小節)
   

冒頭Dir, Seele des Weltalls,までユニゾンで歌い、そこから、o Sonne,と一気にハーモニーが広がり、とても輝かしい雰囲気の出だしとなっている。このSonne(太陽)は、「太陽讃歌」としてFreemason音楽によく登場するようであるが、太陽という自然物に神性を与えているところは汎神論的である。しかし、いっぽうで、Seele des Weltalls(宇宙の魂)は、逆に理神論を反映していて、Freemasonの多様性が表れているといってよいのではないか。
 いぜれにせよこのあたりにFreemasonらしさ表れているのだろうか。歌っていてとても気持ちが高揚する。Freemasonたちの意気込みとでもいったところである。



     譜23639小節)
  

 

 譜2に示したように詩の2行目にdas erste der festrichen Lieder(祝祭の最初の歌)とあるように、この曲はFreemasonの集会のはじめに歌うために作られたことがわかる。
 男声合唱団 Vive la Compagnie もいってみれば男声合唱の職人を任じている連中の集まりだから、この歌などまさにぴったりではなかろうか。大切に歌っていきたい一曲である。






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