M-133


ジ ャ ズ と の 出 会 い



加 藤 良 一



2016年6月11日



私がジャズを聴きだしたのは、高校生のとき1960年代だった。ちょうど東京オリンピックが開かれた頃だ。
 当時のジャズ界はどんな状況だったかといえば、1940年代から盛んになったビ・バップからハード・バップへ移行した時代、まさにジャズの絶頂期だった。いっぽうで、ビートルズの衝撃的な出現で若者はこぞってリバプールサウンドに夢中になっていったロックの時代でもある。私も大いに影響を受けた一人だった。

 はじめて生演奏のジャズを聴いたのは、東横線の自由が丘駅前にあったジャズ喫茶<ファイブスポット>というライブハウスだった。この店は、ジャズ評論家「いソノてるヲさんが経営していたと、あとから知った。
 入口から地下へ緩くカーブしながら階段を下りると広いフロアがあった。階段の左壁には、世界的に有名なジャズプレイヤーの大きな肖像画が何枚も飾ってあった。店内はとても広く、突き当りにステージがあった。
 ジャズなどまったく知らない私は友人と一緒に恐る恐る店の中へ入っていった。せっかくだから、プレーヤーがよく見える場所がいい。うまい具合にステージの前のテーブルが空いていた。こんなところに座っていてもいいのかと思いながらもドラムスの真ん前に陣取った。まだ酒は(いちおう)飲めなかったのでコーヒーしか注文しなかった。

 今から思えば、その時はジャズの楽しさとか面白さはよくわからなかったし、とにかく怖いもの見たさでちょっと背伸びしたようなものだった。なんとなくカッコつけて出入りしていたような感じだろうか。いずれにしても若かりし頃の懐かしい思い出の店だ。しかし、残念ながらその後、この店客あしが伸び悩み1980年代に閉店してしまった。今ではカラオケ店に様変わりしている。

 20歳を過ぎた頃には、ジャズを聴きに新宿の<DIG>や<DAG>に行くようになったが、あまり明るくない店内で、暗い感じの曲をしかつめらしい顔でじっと聴き入っている客の姿にはどうも馴染めなかった。心がうきうきするようなことはなかった気がする。

 我が家はクラシック音楽にはほとんど縁がなく、近所の福祉会館のようなところに置いてあったレコードプレーヤーで、備え付けのレコードを聴く程度だった。昔から我が家の音楽といえば歌謡曲が中心だった。


 あるとき、友人数人でレコード鑑賞しようと話が持ち上がった。ジャズとクラシックが好きな女性の下宿に45人がレコードを持ち寄っての聴き比べとなった。なかに一人クラシック音楽に詳しい男がいた。それは、当時東京教育大学(現筑波大学)の大学院生で、学内オケで主席のフルートを吹いていたKである。Kはそののち私のフルートの師匠になった男でもある。

 その日は、ジャズからクラシック、そしてロックやフォークソングへと次々にレコードを回し、あれこれ品評しあった。私はといえば音楽的な素養つまり5本の線とオタマジャクシが大の苦手だったので、もっぱら聞き役、体で感じたことを喋っていただけだったと思う。
 何の曲かは忘れたが、ジャズを聴いていたとき「スウィング」についての話しになった。スウィングがどんなものか、聴いていてこれかな! とは感じつつも(みんなわかったような顔をしていたが)私にはいま一つわからなかった。
 すると、Kが「バッハだってものすごくスウィングしているんだ」と言い出した。そこで、Kが持参したバッハをみんなで聴くことにした。もちろん曲名は覚えていない(もしかしたらブランデンブルグ協奏曲ではなかったかと、今では思う)が、その気になって聴いてみると、なるほどね、クラシックだってスウィングしているものなんだ。と、なんとなくわかったような気がしてきたものだった。

 スウィングSwingの本来の意味は「揺れる」とか「振れる」というようなことらしく、ジャズでは、ジャズ特有のリズムの「ノリ」や「躍動感」を表すという。あまり明確な定義はなさそうな気もする。

 余談だが、そのまんま<SWING>というジャズクラブが銀座にある。三か月ほど前、そこでジャズヴォーカルの吉本ひとみさんのライブを友人の野澤近太郎さんと一緒に聴いてきた。彼も自分で楽器をやるほど音楽好きだ。
(写真中央:吉本ひとみさん、右:野澤近太郎さん)



 話しをもとに戻すと、ではバッハをジャズでやるとどうなるか、というので出てきたのがジャック・ルーシェ・トリオの「Play BACH」というレコードだった。バッハのさまざまな曲がジャズにアレンジされている一枚。これを聴いて私は一発で気に入ってしまい、すぐにレコードを買いもとめた。これが初めてのジャズのレコードコレクションとなった。

 就職後、月刊誌「スイングジャーナル」を定期購読し大いに参考にした。当時使っていた再生装置は、いわゆるコンポーネントで、DENONのダイレクトドライブ・ターンテーブル、グレースのカートリッジ、ONKYOのアンプ、SONYのスピーカやレシーバーなどを特別に誂えた専用の架台に並べて聴いていた。ところが、カートリッジは消耗品だからときどき交換しなければならないし、ターンテーブルのベルトはいつしか緩んでくる、とメンテナンスは楽ではなかった。

 レコードも取り扱いには気を遣うし、今から思うとずいぶん手間暇かけて音楽を聴いていたものである。当時の録音装置はもっぱらカセットテープだった。まだCDなどのメディアがない時代である。FM放送をエアチェックしてはカセットテープに録音して楽しんでいた。そのために「FM fan」という番組表を掲載した雑誌もあったのである。今から思えば懐かしくも面倒な時代だった。

 そうこうするうち手持ちの装置が限界を迎えたのと時を同じくして、世の中はレコードからCDの時代に移り代わっていった。そろそろレコードの時代も終わるなと覚悟し、装置をすべて廃棄してしまった。ただ、もしかしたらいつか聴けるようになるかも知れないと、レコードだけはカビが生えないようたまに引っ張りだしてはメンテしていたが、そんなことをしているうちに、もうレコードが手軽に聴ける時代は訪れないと察しがついたので、何枚かのジャケットだけを記念に残してすべて捨ててしまった。取説も含めてみんな処分してしまったので、詳しいことは忘れてしまったが…。


 今は、ほんの小さな入れ物に大量の音楽を保存し、電車の中でも聴くことができるようになった。私は古いiPODを愛用しているが、中身の30%くらいがジャズだ。ビッグバンドもいいけれど、やはりピアノトリオを中心に、他の楽器やヴォーカルが加わったものが好みだ。

 タワーレコードのホームページに「初めてのジャズ~最初に聴くならこの5枚」と紹介されていた。
 「この中から1枚聴くだけでジャズを好きになる、5枚全て聴いたならもう立派なジャズ・ファン!ジャズも詳しい音楽ファンとして一目置かれるかも!?だそうだ。

1.ビル・エヴァンス 「ワルツ・フォー・デビィ」
2
.ソニー・クラーク 「クール・ストラッティン」
3
.キャノンボール・アダレイ 「サムシング・エルス」
4
.ジョン・コルトレーン 「バラード」
5
.チェット・ベイカー 「チェット・ベイカー・シングス」

 
 私もこの中の一部は持っていたが、みなさんはこの選曲をどうお感じになるだろうか?




      

        音楽・合唱コーナーTOPへ       HOME PAGEへ