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リコーダー奏者から指揮者へ

フランス・ブリュッヘン
Frans Brüggen




バッハの 『無伴奏チェロ組曲』 をリコーダーで演奏
 もう40年も昔の1973年、フランス・ブリュッヘン Frans Brüggenがリコーダー(ブロック・フレーテ)奏者として初来日しました。
 この時のコンサートではJ.S.バッハの 『無伴奏チェロ組曲』 の第1番から第3番までをアルト・リコーダーで演奏しました。当時、私はフルート(モダン・フルートつまり現代のフルート)と併せてリコーダーもやり始めたばかりでした。そして、ピエール・フルニエの 『無伴奏チェロ組曲』 全曲のレコード(アルヒーフ:3枚組)を毎日聴いていたところでしたので、それをリコーダーで果たしてどのように吹くのかたいへん興味を持って待ち望んでいました。

 ブリュッヘンはリコーダーだけでなくトラヴェルソも演奏しました。もっとも、トラヴェルソは得意ではないといっていたらしいですが。
トラヴェルソとは、英語のトラヴァースつまり縦笛(リコーダー)を横にしたものという意味で、正確にはフラウト・トラヴェルソ・横笛(フルート)と呼びます。起源的にはリコーダーが先になります。ただし、両者はどうみても同類の楽器とはいえません。発音原理としては息をエッジに当てて音を出すので同じですが、リコーダーはウインドウエイと呼ぶ吹き口がブロックで固定されていて自由度がありませんが、かたやフルートは歌口が解放されているので吹き方によって音程も変えられますし、音色にも相当ちがいが出てきます。また、楽器の材質によるちがいもその分だけフルートのほうが大きいのです。


リコーダーの公開レッスン
 来日したブリュッヘンは当時若い人にたいへんな人気でした。リコーダーという親しみやすい楽器のせいもあって若いファン層を獲得していました。かくいう私も若いファンの一人だったのですが、彼はまさにスーパースターでした。
 初来日ではツアーに先駆けて 「公開レッスン」 が企画されました。プログラムにあるように、「リコーダー音楽演奏技法の可能性」と題する講演と、アルト・リコーダーのソロとコンソートの公開レッスンのあとに質疑応答がありました。残念ながら私は質問するレベルにありませんでした。最後にブリュッヘン本人による演奏があったけれど、何を演奏したか記憶には残っていません。当時流行っていたヴァン・エイクの『涙のパバーヌ』だったかもしれません。
 ブリュッヘンは、とても気さくで飾らない性格の持ち主です。そんな面がよく現れていて印象に残っているのは、公開レッスンにセーター姿で登場してきましたが、なんと肘のところにはっきりとわかる穴が開いていたんです。クラシックの演奏家なのにこんなに気取らない人もいるのだと、なんともいえぬ親近感を抱きました。そんなカッコしながらもリコーダーをみごとに吹いてしまう。音楽以外に着るもののことなど興味はないとでもいいたげでした。おそらく豪奢な生活は嫌っているに違いありません。


リコーダー奏者から指揮者へ
 ブリュッヘンは、1934年オランダ、アムステルダムの生まれです。21歳のときにすでに王立ハーグ音楽院教授となり、1950年代にはリコーダー奏者として活動を始め、リコーダー演奏の可能性を拡げた古楽界の草分け的存在でした。

 今では、オリジナル楽器の<18世紀オーケストラ>Orchestra of the 18th Century 指揮者としての知名度が高くて、リコーダー奏者の経歴はあまり知られていないかもしれません。また、古楽器の収集家あるいは研究者として歴史的な古楽器を多数所蔵していましたが、現在その大半はフラウト・トラヴェルソ奏者有田正広が引き取っているそうです。ブリュッヘンは、のちに指揮者に転じてからは、楽器はまったく演奏しないといっており、事実指揮活動に専念しています。昔からのファンとしてはさみしい思いもありますが、優秀な後進が次々と育って良い演奏をしているからそれでよい、それが時代の流れだと答えるのです。


バッハの 『ミサ曲ロ短調』はこの世でもっとも美しい
 ブリュッヘンは、東日本大震災の直前に当たる201128日から19日の間に4回にわけて新日本フィルとベートーヴェンの交響曲全曲を作曲順に演奏しました。作品の背後に隠れた標題を意識しながら、ベートーヴェンの創作の流れに沿って聴衆も一緒に歩んで欲しいとの思いから、このベートーヴェン・ツィクルスに至ったようでした。ツィクルスZyklusとはドイツ語で、ある作曲家の一連の作品を何回かのコンサートで連続して演奏するような特定の目的や意図がある連続コンサートのことです。
 そして、ブリュッヘンがベートーヴェンとともに好んでいるバッハの 『ミサ曲ロ短調』 が、ベートーヴェン・ツィクルスに引き続き2月末に演奏されました。ブリュッヘンは、『ミサ曲ロ短調』 はベートーヴェンの交響曲全曲に並ぶ音楽であるとコメントしています。ベートーヴェンとバッハは、ともに音楽界の巨人、比類なき作曲家であり、あらゆる時を超えてもっとも偉大であると絶賛しています。


18世紀オーケストラ>のサイトhttp://www.orchestra18c.com/に次のように書かれていました。

"Frans Brüggen is a musician who is not an archeologist but a great artist"

「フランス・ブリュッヘンは、考古学者ではなく偉大な芸術家である音楽家です」



 
考古学者ではないという意味はおわかりと思いますが、リコーダーやフルートなどの古楽器の蒐集に力を入れていたが、それは当然ながら音楽を追求する手段であって、彼は偉大な音楽家だということです。それにしても上の写真は昨年来日したときのものですが、飾らない普段着のままです。ブレザーの下に着ているセーターの肘にはきっと大きな穴が空いていることでしょう。

 

2012年1月30日




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